06:鉱石兎
鉱石兎はその名前の通り見た目は兎である。ふわふわの体、ぴょんと伸びる長い耳、くりっとしたアーモンドアイ、どこから見ても兎である。
仕草も同様、鼻を小刻みに動かして周囲を嗅ぎ取る様子も、ぴょこんぴょこんと跳ねるような動きも、全てにおいてまさに兎である。中には耳が垂れたロップイヤーと呼ばれる種もいる。
だが額を見れば他の兎と違うことが分かる。
鉱石兎の額には美しい宝石が嵌めこまれているのだ。これが鉱石兎の名前の由来である。
「鉱石兎の額の石は宝石といっても高額で売れるようなものじゃないんだ。せいぜい子供のお駄賃程度、それも国が売買を禁止してるから違法の店でしか買い取ってくれない。疲れ損だな。だが極稀に高額になる宝石を持つ鉱石兎がいる。その見分け方は分かるかな?」
「見分け方……、鉱石兎の毛ですか? 毛の質が良い子は宝石も綺麗で高く売れるとか。毛並みがツヤツヤの子はツヤツヤの美しい宝石、毛並みがモフモフの子はもふもふした宝石。……もふもふした宝石ってどういうこと!?」
「待てよマーゴッド、運動能力かもしれないぞ。素早く動く優れた個体ほど石も価値が高いとか」
「マーゴットもドニも外れ。ルリア、分かるか?」
エヴァルトがルリアに問えば、ルリアがもちろんだと言いたげに頷いた。
そのうえ「はい」と高らかに手を上げる。まるで学び舎に通う優等生のような仕草ではないか。これには見ていたマーゴットとドニも笑ってしまい、エヴァルトも冗談に乗って「ではルリア君、答えを」と仰々しい物言いで促した。
「額の石の形です。通常の鉱石兎の石は楕円形で、三角形や四角形の石を持つ個体も少なくはありません。そして鉱石の形が難解であればあるほど希少になり高額になります」
「正解」
お見事、とエヴァルトがルリアに対して拍手を送る。つられてマーゴットとドニも彼女に向けて拍手した。
そうしてしばらく歩くと川にぶつかった。
鉱石兎の生息地はこの先だ。川を渡らなければならないが、流れの勢いが強いため入って渡るのはなかなか難しいだろう。足を滑らせたらバランスを崩して流されかねない。
だが幸い川幅はそこまでなく、点々としている石の上を渡っていけば川の向こう側に辿りつけるはずだ
よし、とマーゴットが気合いを入れるのとほぼ同時に、川を眺めていたエヴァルトがひょいと近場の石に飛び移った。そのままの勢いでもう一つ先の石へと渡る。軽やかな動きは平地にいるかのようだ。
「ほらマーゴット、俺の手を取って」
穏やかな表情で片手を差し出してくるエヴァルトは、まるでパーティー会場でエスコートを名乗りでるかのようだ。
そんな想像をするとなんだか気恥ずかしくなってしまい、マーゴットは手を胸元できゅっと掴んで「大丈夫ですよ」と返した。
「お師匠様に助けてもらわなくても自分で渡れます」
「そう言うなって。ここで滑って水浸しになったら鉱石兎どころじゃないだろ。確かに何もしないと約束はしたが、流されていく弟子を見送るのは忍びないから」
「流される前にはさすがに助けて欲しいんですが……。まぁいっか、お願いします」
師の介入で八割省かれるのは問題だが、川を渡るのを手伝ってもらうくらいは良いだろう。
そう判断してエヴァルトの手を取り、引っ張ってくる彼の力を利用してぴょんぴょんと石伝いに川を渡った。
「ルリアも手を貸せ。手伝ってやる」
「ありがとうございます、エヴァルト様」
「ドニは自分で渡れよ」
「……扱いの差が酷い」
「分かった分かった。落ちそうになったら荷物を投げろ、荷物は受け止めてやる」
「……ありがとうございます」
扱いの格差を感じたのだろうドニは恨みがましそうな表情をしている。
といっても彼もまた運動神経は優れているので川を渡るぐらいは造作ない。エヴァルトの手を借りる事も、ましてや川に落ちて荷物を放り投げる事もなく、跳ねるような身軽さで川を渡った。
川を渡った先は鉱石兎の生息地である。
といってもすぐに捕まえられるわけではない。相手は野生生物だ、あちこちに居るものの、人間の気配を感じ取るとさっと身を隠してしまう。
試しに罠を三つほど仕掛けて待つも、掛かったのは一つだけ。それも負傷していた鉱石兎ではなかった。怪我はさせていないが驚かせてしまったことを「ごめんね」と詫びて野に戻す。
挙げ句、鉱石兎同士で情報を共有しているのか罠に掛かるどころか近付いてくる兎すらいなくなってしまった。
こうなると罠は駄目だ。次の作戦を……、となったところでルリアがマーゴットを呼んできた。
「マーゴット、魔法で該当の兎を引き寄せることが出来るはずなの。ここに術式とやり方が書いてあるから、やってみてくれる?」
「魔法で? 分かった、やってみるわ」
「可愛い俺のマーゴッ」
「お師匠様は口出し禁止です」
割って入ってこようとするエヴァルトをぴしゃりと制し、マーゴットはルリアから手渡されたメモを読み込んだ。「せめて最後まで言わせてくれてもいいのにな」とエヴァルトがドニに愚痴っているのは無視しておく。
メモに書かれているのは魔法陣と呪文。それと発動の仕組み。
「使えるかと思ってメモしてきたんだけど、私には難しくて発動できそうにないの。マーゴットはどう?」
「これは……。大丈夫、これなら仕組みも分かるし発動出来るわ。任せて!」
さっそくとマーゴットはポシェットから羊皮紙を取り出し、メモに書かれている魔法陣を書き写した。
魔法は魔法陣と呪文で発動させるのが基本のスタイルであり、能力が高い者や慣れた魔法だとそれらを省くことが出来る。
だが基本スタイルを守れば誰でも出来るというわけではなく、仕組みを理解しなければならず、内にある魔力量も関係してくるのだ。
マーゴットは元々魔力量が高く、素質もあり魔法陣の仕組みもすぐに理解出来る。
これに関してはエヴァルトから「俺のマーゴットは才能に溢れてる。きっと俺の次に偉大な魔導師になれるはずだ。いつか師弟でナンバーワンとナンバーツーを独占しような」というお墨付きである。……若干どころかだいぶ弟子溺愛に溢れた墨な気もするが。
対してルリアは魔法に関してはさほど優れてはおらず、使える魔法も初心者レベルのもので魔導師と名乗るレベルには達していない。
ドニに至ってはまったく縁が無く、魔法陣を見ても「綺麗な柄だな」の一言で終わらせてしまう。
「そう考えるとバランスが良いな。魔導師のマーゴット、サポートのルリア。良いコンビだ」
「エヴァルト様、わざと俺を外しましたね。魔導師のマーゴット、サポートのルリア、そして剣士の俺で三人組です」
「そういう事は俺を超えてから言えよ」
「……くっ、このひと魔導師としてもだけど剣士としても優れてるから反論できない」
ぐぬぬ、とドニが悔しそうに唸る。それを見て得意げに笑うエヴァルトの大人気なさと言ったら無い。先程マーゴットに口出し禁止を言い渡された腹いせなのだろう「精進したまえ」と嬉しそうにドニを煽っている。
そんな二人を他所に、マーゴットは魔法陣を書き終えると羊皮紙を地面に置いた。風に飛ばされないように魔法石を重しに置いておく。これも魔法発動を補助してくれる道具の一つだ。初めて使う魔法は念には念を入れて発動させるのがマーゴットの中のルールだ。
「それじゃいくわね。初めて使う魔法だから安定しないかも。兎がきたら直ぐに捕まえてね」
「分かった、任せて。……あの二人は今は役に立たなさそうだから、私が捕まえるわ」
そう二人で話し合い、マーゴットはゆっくりと息を吸った。
胸元で手を組み、魔法陣を思い描き呪文を口にする。地面に置いた羊皮紙から風が起こりマーゴットの髪を揺らした。
手の中がほわと暖かくなった気がする。
魔法の発動だ。
眼前に広がる自然溢れる景色の中、カサと草場が揺れた。
そこからふわりと浮き上がったのは一匹の兎だ。
まるで透明人間に抱き上げられたかのように浮かび上がり、そのままふわふわと風に流されるようにこちらへと近付いてくる。
当の兎もわけが分からず唖然としているようで、暴れる余裕もないのかじっと運ばれている。マーゴット達のもとまでくるとようやく鼻だけを揺らして状況を探ろうとしだした。そんな兎をルリアがそっと抱き抱える。
「酷い、額の石が……」
抱き抱えた兎の顔を覗き込み、ルリアが言葉を詰まらせた。
マーゴットも魔法を一度解いて彼女の腕の中の兎を見て……、その悲痛な姿に眉根を寄せた。
鉱石兎の額にあるはずの魔法石、それが抉り取られている。傷痕は膿んで血が滲み痛々しく、見ているだけでマーゴットの胸が痛んだ。
早くこの子を保護施設に連れていって治療をしてもらわないと。そう考えてマーゴットが移動用のケースを取ろうとするも、ルリアが「マーゴット、後ろ!」と呼んできた。
「どうしたの……、えっ!?」
尋ねながら振り返り、目の前の光景にマーゴットは思わず声をあげた。