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05:二度目の仕事と買収師匠

 

 一回目の仕事はエヴァルトのせいで手応えは皆無だった。

 もっとも仕事自体は成功し、それどころか依頼されていた量より多く薬草を採取し、高額で売れる石まで持って帰る事が出来た。上出来どころではない。

 だがマーゴットには不満でしかなかった。


「あれは依頼じゃないわ。ギルドを仲介した、お師匠様の指示のもとのお使いよ」

「そうねぇ。まぁ確かにエヴァルト様の指示で採取しただけだし、お使いと言えばお使いだったわね。それで、今回の依頼は何にするの?」

「今回の依頼はこれよ! これならきっと三人で出来るわ!」


 マーゴットが得意気に一枚の依頼書をルリアに差し出した。



 というわけで、今回はマーゴットが選んだ依頼である。

 といってもマーゴット達は新米中の新米でしかなく受けられる依頼は限られており、どれも難易度の低いものばかりだ。熟練の冒険者ならば依頼書を手に取りすらしないレベルで、せいぜい新米から脱した者達が初心を思い出すために受けるようなもの。

 到底胸を張って受理するような代物ではないのだが、そこは無視してテンションを上げておく。こういうのは気合いと勢いが大事なのだ。


「新人はちょっと過剰なぐらいにやる気があった方が良い」


 とは、依頼受領の手続きをしてくれたギルド長の言葉。

 だがふと依頼書を見ると「なんてことだ!」と声を荒らげた。


「ギルド長さん、どうしました?」

「これは……、特別難易度の依頼だ。まさかこんな依頼が紛れ込んでいたなんて!」

「特別難易度? 森に行って怪我した小動物を捕まえて保護施設に連れていくことがですか?」

「そうだ。この動物は小さくて狂暴性もないが……、なんか、こう……捕まえにくいと思うんだ。多分きっと何かが危ない」


 ギルド長の説明は漠然としており歯切れも悪い。それを聞いてルリアとドニが顔を見合わせた。二人の表情はなんとも言い難いものだ。

 だがマーゴットだけはギルド長の話を信じ、「そんな……!」と悲痛な声で嘆いて息を飲んだ。

 まさか自分が選んだ依頼がそんなに危ないものだったなんて……。危うく依頼を受けて危ない目に遇うところだった。

 どう危ないのかは微妙に分からないが。多分危ないのだろう、ギルド長もそう言っているし。


「それなら別の依頼にします。この依頼は熟練の冒険者にお願いしてください」

「いや、一度受けると決めたからにはやり通すべきだ。それに難易度の高い依頼を受けた方がマーゴット達の成長にも繋がるだろう」

「ギルド長さん、そんなに私達のことを……。そうですね、すぐに諦めてたらいつまでも新米のまま。私達、やりきってみせます!」

「あぁ、その意気だ。だが三人では無理だな。特別難易度の依頼には国家資格のある者の同行が必要なんだ」


 誰か適任者は居ないか……、とギルド長が記憶を引っ繰り返すように呟く。

 ちなみにこのやりとりの間、ルリアとドニは「今回も早く終わりそうね」「街で買い物できるかな」と話している。たまたま居合わせた冒険者達も誰もが肩を竦める程度で、中には窓から外に顔を出して「そろそろ出番ですよ」と誰かに話しかけている。


 だがマーゴットだけはギルド長に真摯に向き合っていた。

 心の中ではだいぶ嫌な予感がしているが。

 というか、八割、否、九割この後の展開が分かっているのだが、それでも人を信じる心を失ってはいけないと自分に言い聞かせてギルド長の話を聞く。


「国家資格のある適任者……、そんな方がこの街にいらっしゃるんですか?」

「一人だけだが居る。彼に同行してもらえば依頼もこなせるだろう」

「そ、その一人とは……」


 誰なんですか、とマーゴットがギルド長に迫る。

 それとほぼ同時に勢いよく出入り口の扉が開かれた。


「その一人とは、エヴァルトさんだ」

「やぁみんなこんにちは。たまたまギルドに来てみたけれど、なにか面白い話をしてるみたいだなぁ」


 ギルド長の言葉と現れたエヴァルトの声が被さる。

 ギルド長がわざとらしく「おぉ、これはエヴァルトさん!」と彼を呼びよせた。


「今ちょうどあんたの話をしていたんだ。いやぁ、驚くほど良いタイミングで来てくれた。なんて偶然なんだ」

「そうか。俺もなんとなくギルドに立ち寄ってみようと思っただけなんだが。それで、話ってなんだ?」

「マーゴット達の依頼についてなんだが、これが特別難易度の依頼で、国家資格保持者の同行が必須なんだ。エヴァルトさん、あんた国家資格保持者だろう。一緒に行ってやってくれないか? あんたしか頼めそうな人がいないんだ」

「なるほど、そういう事か。それなら仕方ない。うん、ギルド長とは長い付き合いだしマーゴットがこれから世話になるからな。それに師として、頼まれたなら応じよう」


 という二人のやりとりはなんとも演技臭くて白々しい。前もって打ち合わせしておいたのが丸分かりだ。台本すら存在していそうである。

 これにはさすがにマーゴットも頭の中で【信頼】という単語がガラガラと崩れていくのを感じた。思わず冷めた目でいまだ白々しい会話を続ける二人を見つめる。

 ちなみにルリアとドニに至ってはもはや呆れも湧かないのか、動物保護のために必要な道具は何かと話し合い始めていた。ルリアが「今回の報酬は四分割かしら」と気にしているあたり、もうエヴァルトが着いてくることに異論を唱える気も無いのだろう。


「そういう事だ、マーゴット。今回は国家資格保持者として俺が同行するからな」

「……お師匠様、二回目にして裏工作はどうかと思います」

「何の事だかさっぱりわからないな。それじゃ行こうか。……おっと、そうだギルド長、これを」


 エヴァルトが胸ポケットから小さな封筒を取り出し、ギルド長へと手渡した。

 中に何が入っているのかは生憎とマーゴットからは見えない。だがギルド長が中を確認して満足そうに頷いて己のポケットにしまうあたり、きっとこの白々しいやりとりのお礼に違いない。


「買収師匠。弟子としてはせめてお金じゃないことを祈るばかりです」

「人聞きの悪い呼び方はやめてくれ、マーゴット。それよりほら、さっそく出発しよう。ルリア、ドニ、二人とも用意は出来たか?」


 ギルド長に渡したものを誤魔化すためかエヴァルトが背中を押してくる。――ちなみにその際「お金じゃないから安心しなさい」と言っているのだが、いったいどうしてこの言葉でマーゴットが安心できるのか――

 この強引が過ぎる展開にマーゴットはムスと唇を尖らせたまま、それでも背を押されれば歩かざるを得ず足を動かした。といってもエヴァルトは無理やりに押しているわけではなく立ち止まって抗う事は出来るのだが、かといって言及したところで彼が引くとは思えないからだ。


 弟子入りして早四年、共に生活しているだけありエヴァルトの事はよく分かっている。

 きっとどれだけ問い詰めたところでしらを切って誤魔化すだろう。下手すると魔法で姿を消すかもしれない。そうなればお手上げだ。

 つまりマーゴットはこの決定を受け入れるしかないのだ。


「対象の動物を探すのは私達ですよ。捕まえるのも私達です。お師匠様は見てるだけですからね」

「分かったよ、俺は何もせず見守ってる」

「絶対ですよ。約束してくださいね。もしも何かしたら三日間ずっとピーマンですからね!」


 約束ですよ! とマーゴットは再三どころではなく何度も確認しながらギルドを出ていった。



 ◆◆◆



 今回の依頼は『鉱石兎』という動物の保護。

 西の森に負傷している鉱石兎がいるらしく、治療のために保護施設に連れてきてほしいのだという。


「鉱石兎は狂暴でもないから保護はそう難しくないだろうな。ただ怪我をしてるなら警戒して逃げるかも」

「そうね。森の中で野生動物に逃げられたら捕まえるのは難しいわ。罠を仕掛けた方が良いかも。ドニ、罠は持ってきてる?」

「一応、使えそうなもの一通りは持ってきた。ただ闇雲に仕掛けても対象の鉱石兎を捕まえられるか分からないんだよなぁ」


 どうしたものか、とドニとルリアが悩む。

 彼等の話にマーゴットも加わり、あの罠はどうか、餌を使っては、と話し合った。

 これぞ冒険者の活動だ。依頼をこなすために頭を使い、話し合い、道具を選び、そして現地で行動する。まさに冒険者という流れに、まだ負傷した鉱石兎の目撃場所まで到着していないというのにマーゴットの胸にやる気が満ちていく。


「ドニ、ルリア、三人で頑張りましょうね!!」

「あ、あぁ、そうだな……。突然どうした、マーゴット?」

「もちろん頑張るわ。ただ今回は三人じゃなくて……」


 話の最中にルリアがチラと一方向を一瞥すれば、つられたのかドニも横目でそちらを見た。となればマーゴットも視線をやる。

 そこに立つのはエヴァルトだ。彼は三人分の視線を受けながら苦笑を浮かべ、大袈裟に肩を竦めて見せた。


「今回の俺はあくまで『同行者』だから、依頼に関しては三人が頑張ってくれ」

「という事よ、ルリア、ドニ、私達三人が頑張るの! さぁ、どんどん進むわよ!待ってて、鉱石兎!」


 エヴァルトに行動制限を約束させ、やる気に満ちたマーゴットが足取り軽く進む。

 それをドニが追いかける。……だがルリアは速度を変えることなく、ゆったりと歩くエヴァルトの隣に並んだ。


「エヴァルト様なら、今回の依頼も簡単にこなせますよね?」

「この俺だぞ、当然だろ。対象の鉱石兎だけをこの場に引き寄せて、保護用のケースに入れるなんて本を読みながらでも出来る。やろうと思えば遠隔で保護施設まで送ることも出来るからな」


 あっさりとエヴァルトが言い切った。

 その口調は己の実力に対しての絶対的な自信に溢れているが、実際に世界に名を馳せる魔導師なのだからこれは驕りとは言えない。

 彼が淡々と口にしている事はどれも難易度が高く、並の魔導師どころか上級の魔導師でさえも無理だと根を上げるレベルだ。だがエヴァルトには出来る。それもあっさりと容易に。

 マーゴットの許可が下りれば彼はすぐさま実行し、あっという間に依頼完了してしまうだろう。こうやって話している最中にぱぱっと済ませてしまうかもしれない。


 ……もっとも、


「それをやったらピーマンどころじゃないと思いますよ」

「……分かってる。当分マーゴットが口をきいてくれなくなるからやらない」




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