41:平穏ないつもの生活
全てが白日の下に晒されると、当然だがテディア国の社交界は騒然となった。
パーティーや夜会はこの話題で持ち切りで、事情を詳しく知っている者は居ないのかと探し回る。当分は落ち着くことはないだろう。
そんな中で、話題の渦中にあるルミニア家とオルテン家は真逆の行動をとった。
ルミニア家は好奇の視線に晒されるのを覚悟で社交界に出た。
招待された場なのだからと堂々とし、そして問われれば嘘偽りなく話す。
ステファンの妻達の名前を偽った事については「世間体を気にしてしまった」と己の非を認めるものの、ステファンと彼女達の愛については誰もが口を揃えて真実であると語った。
今までは社交の場に顔を出さなかったステファンも自ら挑み、そして妻達の事を問われれば隠すことなく話した。
随分と独特ではあるが彼の愛は確かなもので、そして若いシンディとの結婚を考えた経緯には妻達の深い愛が根底にある。この話には胸を痛める者さえ居た。
社交界は騒然としているが、近いうちにルミニア家は平穏を得られるだろう。
対して、さっさと田舎に引っ込んだのがオルテン家だ。
年齢差を隠しこそしていたが確かな愛があったルミニア家の真相とは違い、こちらは全て話したところで恥の上塗りでしかない。野次馬達の視線も、事情を知れば知るほど侮蔑の色が混じっていく。
それらに耐え切れず、オルテン家夫妻は田舎に逃げていったのだ。ステファンやルミニア家の者達にすら碌に話をせずに去っていったのだから誰もが呆れてしまう。
もはや彼等にはマーゴットを気に掛ける余裕も、シンディを連れて行く余裕すら無い。
◆◆◆
「お師匠様、シンディから荷物が届きました」
嬉しそうにマーゴットが包みを持ってくれば、朝食後の片付けをしていたエヴァルトも穏やかに笑った。
マーゴットがさっそくと包みを開ける。中にはお菓子やらジャムやらが詰められ手紙も添えられている。その手紙を読み、マーゴットがほぅと深く息を吐いた。
「ステファン様とうまくいってるみたいです。今度二人でこっちに遊びに来るって書いてありました」
「そうか。提案した身としてどうなるかと気にしていたが、うまくやれてるようだな」
あの事件の後、シンディはマーゴットと共にヴィデル国に戻ってきた。――まずはシンディの生活を落ち着かせるためどこにもよらずにヴィデル国に戻ってきたのだが、この件に関して、帰路は旅行と考えていたエヴァルトは少し不服そうにしていた。「俺が言い出したんだ……」と密かに己に言い聞かせていた事をマーゴットは知らない……――
そうしてしばらくシンディはマーゴットと共にこの家で生活しながらステファンと交流し、先月テディア国の彼の屋敷へと住まいを移した。
急がずまずは生活を安定させ、頃合いを見て養子になる予定だという。
シンディと共に暮らしていたのは半年、彼女が去ってまだ一ヵ月。
それでもシンディの事を話しているとマーゴットの胸には懐かしさが宿ってくる。
「なんだかテディア国に行ったのが昔の事のように感じますね」
「そうだな。テディア国はまだ随分と騒がしいみたいだが、こっちはどこ吹く風で落ち着いてるし、こうやって以前通りの生活に戻ると終わった気分になるな」
結局のところ、マーゴットこそオルテン家の者ではあるが、他の者達は今回の騒動に無関係だ。
テディア国に残っていたならばまだ当時者になったかもしれないが、海も国も渡ってしまえばもう蚊帳の外である。
どれだけ向こうが騒然としていようと異国の田舎にまでは話は届かず、シンディからの手紙や、時折エヴァルト達が国の上層部から仕入れてくる話でテディア国の現状を知るだけだ。
「これほど全く話題にあがらないと、なんだか遠い場所のことなんだなって思いますね」
「遠かろうと連絡が取れないわけではないし、それに向こうがこっちに来られるように俺達だってテディア国に行けるんだから寂しがる必要はない。次は二人で豪華な客船で行こう。途中で他の国にも寄って、一ヵ月ぐらいかけてあちこち回るんだ」
どうやら船旅欲が再熱したようで、エヴァルトがあれこれと候補を挙げだした。今すぐに乗船券を買いに走り出しかねない勢いではないか。
これにはマーゴットも「落ち着いてください」と苦笑を漏らしてしまった。
「とりあえず、しばらくは旅行よりお仕事ですよ」
エヴァルトを宥めつつ、出掛ける準備に取り掛かる。
向かう先はギルド。今日も依頼をこなすのだ。
シンディが滞在していた時はギルドの仕事は控えていたが、彼女がステファンの元へと住まいを移すのと同時に仕事も再開した。
ちなみに、仕事を控えていた最中はそれまでに貯めていた資金で自分とシンディの生活費を……、と思っていたのだが、何から何までエヴァルトが払ってしまっていた。
マーゴットも支払おうとしたのだが尽く彼に先手を取られ、話題に出せばすぐに有耶無耶にされる。強行突破だとお金を押し付けるも魔法を使って財布に戻される始末。結局マーゴットの懐事情はまったく変化なしだ。
「お師匠様、もしかして今日も依頼に付いてくるつもりですか?」
壁に掛けてあった鞄を取りながらマーゴットが問えば、エヴァルトが優し気に微笑んだ。
……だが微笑むだけだ。返答は一切しないし頷きすらしない。
その白々しい態度にマーゴットはじっと彼を見つめた。「お師匠様?」と呼んで返事を求めるも、それでもエヴァルトは微笑んだままである。
これは絶対に付いてくるつもりだろう。
「……もう、お師匠様ってば」
まったく、とマーゴットが溜息を吐いた。
ギルドの仕事を再開してからも、変わらずエヴァルトはあの手この手で依頼に付いてきていた。
依頼主やギルド長を買収する事もあれば、出発して歩いているとしれっと加わっている時もある。依頼書にサインを終えた直後にエヴァルト同行の条件を魔法で追記された事も有り、さすがにその時は『依頼書改竄は駄目ですよ!』と怒ってしまった。
今日もきっと同じだろう。こうやって見送っておいて後から現れ、依頼に付いてくるのだ。
それなら……、と考え、マーゴットは「行きましょう」と声を掛けた。
「ん? どうしたマーゴット。行きましょうって、ギルドに行かないのか?」
準備を終え、それでいて玄関へと向かうわけでもないマーゴットからの問いに疑問を抱いてエヴァルトが首を傾げる。
そんな彼に対してマーゴットは少し気恥ずかしさを抱きつつ、肩から下げた鞄をぎゅっと握った。
「もちろんギルドに行きますよ。……でも、どうせ依頼にも付いてくるなら、ギルドにも一緒に行きましょう」
マーゴットが恥ずかしさで少し上擦った声で告げれば、エヴァルトが一瞬目を丸くさせ……、
「あ、あぁそうだな。ギルドにも一緒に行こう。今すぐに用意してくるから待っててくれ!」
嬉しそうに返すと、すぐさま自室へと駆けていった。
次話、最終回です!
最後までお付き合い頂けると幸いです!




