40:この後について話し合い
翌朝、マーゴット達は早くに食事を取り、ステファンの使いで来ていた馬車に乗り込んだ。
シンディも一晩経ったからかだいぶ落ち着いており、食事の際には楽しそうに笑う事もあった。昨夜眠る前にマーゴットと二人きりでゆっくりと話をしたのも良かっただろう。
昨夜は早く寝なくてはと思いつつ、話は尽きなかった。
家を出た後の事、どんな所に行ったのか、今はどんな生活をしているのか。マーゴットが話せばシンディは「良かった」「凄い」と嬉しそうに聞いてくれた。
同時にシンディの話も聞く。親しいメイドの事、友人の事。今でこそ両親から政略結婚の駒として使われているがそれ以前は平穏だったようで、これにはマーゴットも「良かった」と相槌を打った。
そんな時間があったからか、再びステファンの屋敷に戻ってもシンディは落ち着いた様子だった。
今回は堂々と正門を通り、屋敷の中の応接間に通される。そこは広く調度品も揃えられており、さすがに全員とまでは言わないが大きめのソファも向かい合せで置かれていた。
通されてしばらくすると扉がノックされ、部屋に入ってきたのはこの屋敷の主であるステファン。
昨夜よりも随分と畏まった正装をしているのはこの後に説明の場が控えているからだろう。そこに結婚式の華やかさは無い。
「わざわざ足を運んでもらったうえ待たせて申し訳ない。……やはり全員は座れないか。すまない、これだけの人数が屋敷に来た事が無かったんだ」
部屋の狭さを詫びるステファンに、エヴァルト達が構わないと告げる。
三人掛けのソファに座っているのは、シンディとマーゴット、そしてルリア。
シンディとマーゴットが座った際にあと一人となり、シンディが落ち着くだろうと面識のあるルリアが座る事になったのだ。エヴァルト達の「女性を立たせて俺達が座るわけにはいかない」という遠慮もあった。
対して、向かいに座るのはステファンのみ。
彼の後に部屋に入ってくる者もいない。
「あの、お父様とお母様は、……いえ、オルテン家夫妻は?」
「彼等なら明け方に帰っていった」
「えっ!?」
思わずマーゴットが声をあげた。隣に座るシンディが息を呑む。
曰く、オルテン家夫妻は早朝ようやく日が登り始めた頃に屋敷を出ていったらしい。それも「ステファン様はまだお休みでしょうから」というそれっぽい理由を付けてステファンに挨拶もせず。
明らかな逃げだ。この話にマーゴットは頭痛さえ覚えて額を押さえ、シンディが顔を青ざめさせる。
ちなみに背後に立ったり壁にもたれかかって話を聞いていたエヴァルト達はと言えば、呆れを露わに随分な表情をしていた。どことなく「やっぱりな」と言いたげな表情でもある。
「今頃必死で言い訳を考えているんだろう。だが残念ながら、僕は今回の件を全て公表するつもりだ。今までの妻達の事も、これ以上の誤解を招かないように全て世間に話す。もちろんシンディとの結婚の事も」
「必要であれば私達も協力致します」
「ありがとう。マーゴットが家を出た理由も世間に知らしめるとなれば、オルテン家にはもう未来は無いな」
ステファンの言葉は容赦も無ければ慈悲も無い。
だが事実だ。格上の公爵家を騙して娘を結婚させ、しかもかつては迷信を信じて娘を殺そうとした……。
こんな悪評が広がればどの家だってオルテン家との繋がりを断つだろう。即没落とはいかなくとも、未来が暗いのは火を見るよりも明らか。
マーゴットとしては「ざまぁみろ」とでも言ってやりたいところだ。そんな気持ちが溢れていたからか、有事の際には協力してほしいとステファンに頼まれ「もちろんです!」と意気込んで返してしまった。
慌ててコホンと咳払いをし、立ちあがりかけたのを座り直して、更に思ったより出てしまった声量を詫びる。「私ってば失礼しました」という声が若干白々しいのは自覚している。
「結果的に、お父様とお母様は自分で災いを招いてしまったんですね」
「皮肉な話だが自業自得というものだな。ところでシンディ、きみはこれからどうするつもりだ?」
「わ、私ですか。私は……」
ステファンに問われ、シンディが小さく肩を震わせた。
両親が逃げ帰った事を知ってすっきりとしていたマーゴットと違い、シンディはこの話に顔色を青ざめさせていた。
彼女は両親に置いていかれたのだ。オルテン家に未来が無いとなれば自分も同じ道を辿る。ショックを受けないわけがない。
気付いたマーゴットはすぐさまシンディの手を握った。
「シンディ、私と一緒に生活しましょう」
「お姉様と……? でも、お姉様の迷惑になってしまう。私、双子なのに何にも出来ないし……」
「大丈夫よ。これでも立派な冒険者だもの、シンディを養うくらいどうってことないわ。さすがに侯爵家ほどの優雅さは保証できないけど」
だからとマーゴットが話せば、シンディの強張っていた体が僅かに和らいだ。
「お姉様……」と呼んでくる彼女の声には感謝の色が詰まっている。
だがシンディが返事をする前にステファンが彼女を呼んだ。
「姉妹で暮らすのも良いと思うが、僕の養子になるのはどうだろう」
「養子って……、シンディがステファン様の養子にですか?」
「あぁ。そもそも今回僕がシンディとの結婚を決めたのは、彼女が望んでると聞いたのもあるが、妻に年相応の結婚をするように言われていたからなんだ」
彼の七人目の妻、二年前に亡くなった女性。結婚当時既に八十歳を迎えており、話を聞く限り大往生と考えられる。
そんな彼女はいつもステファンの年上好きを笑い、そして『いつかは年相応の結婚をした方が良い』と話していたという。
『夫婦で一緒に年を取っていくのは素敵な事よ。もしも子供が出来たらより人生が華やかになるわ。ステファン、あなたいつも看取ってばかりじゃない』
そう苦笑交じりに、そして少し切なげに話していたのだという。
彼女だけではない。前の妻達も似た話をしていた。自分がステファンを置いて逝く身だからこそ彼の今後を案じたのだろう。
そうして七人目の妻を看取って二年後、オルテン家から娘が結婚を望んでいると聞いた。
随分と若い娘だ。まさに親と子。だがそこにステファンが違和感も何も覚えなかったのは、紛れもなく彼自身が年上を好み、親と子どころか祖母と孫ほどの年齢差の結婚を経てきたからだ。
自分が年上の女性を好むように、年上の男性を好む女性がいてもおかしくない。
そんな事を考え、結婚の話を受け入れた。
「シンディ、きみは若く美しい、きっと世の男は君との縁談を喜ぶものなのだろう。だが僕の目には子供にしか映らない。むしろ幼児と大差ない」
はっきりと幼児同然と言い切るステファンのこの言葉に、全員が「本物だ」と心の中で呟いた。
だが実際に、七十歳以上の女性を魅力的に感じる彼にとってまだ十七歳のシンディは赤子同然なのだろう。
「僕はやはり年上の女性が好きだ。だが僕の今後を案じ幸せを願ってくれた妻達の気持ちを無下にもしたくない。確かに、僕はいつも彼女達に置いていかれていた。……寂しくないと言えば嘘になる」
「ステファン様……」
「だからこの家で、僕の養子として共に年を重ねてくれないだろうか」
妻には迎えられないが養子として。
この話にシンディは目をぱちくりとさせていた。色々な事が突然過ぎて、果てには婚約相手だったはずの公爵から娘にと願われているのだ、理解が追い付かなくても仕方ない。
そんなシンディにマーゴットは宥めるように微笑みかけ、彼女の手を強く握った。
「シンディ、今回は貴女の意思で、貴女が自分で決めると良いわ」
「お姉様……」
「大丈夫、いつだって私が相談に乗るから」
そうマーゴットが告げれば、ステファンが「返事を急かす気は無い」と後押しする。
二人からの言葉を受けて、まだ事態が飲み込みきれずにいたシンディもゆっくりと頷いた。
◆◆◆
「お師匠の提案ですか?」
そうマーゴットが尋ねたのは、話し合いが終わってしばらく。
ステファンは来賓達に話をしに行くことになり、しばらく待つように頼まれている。
それも、ただ待つだけでは暇だろうと書庫や中庭を解放してくれた。それを聞いてルリアとロゼリアは書庫へ、ドニとアーサーは話ばかりで少し体を動かしたいと中庭へ。そしてシンディは「私も説明の場に」と決意を抱いた表情でステファンと共に部屋を出ていった。
ゆえに客室に残っているのはマーゴットとエヴァルトだけだ。
用意してもらった紅茶とお茶菓子を堪能しながら向かいに座るエヴァルトに問えば、彼は穏やかに微笑んで「うん?」と尋ね返してきた。
「シンディの事です。ステファン様の養子になるって。あれをステファン様に提案したの、お師匠ですか?」
「どうしてわかったんだ?」
「昨日の帰りにお師匠様とステファン様が話しているのを思い出したんです。それで、なんとなく」
特にこれという理由は無いのだがそう思ったのだと話せば、エヴァルトの笑みが強まった。
どうやら当たりだったようだ。
「ステファンが年上の女性が好きだと分かった時に、どうしてシンディと結婚する気になったのか疑問に思ったんだ。今まで恋愛感情あっての結婚をしていたなら利益の為とも考えにくい。そもそも、ステファンは社交界にあまり興味無さそうだろう」
「確かにそうですね。私、シンディの事とかステファン様の奥様達のことばっかり考えていて、どうしてステファン様が結婚する気になったのかまでは考えが回りませんでした」
「あの衝撃的な事実があったんだからしょうがないさ。それで、年上の女性が好きなステファンがわざわざ若い娘と結婚する理由となると、跡継ぎが欲しくなったのかと考えてね」
「だから結婚じゃなくて養子にって提案してくれたんですね。ありがとうございます」
「お礼を言われる程のことじゃない。俺としては、シンディを引き取る事になってマーゴットとの生活に割って入られるのが嫌だっただけだ」
苦笑交じりに話すエヴァルトに、マーゴットも「お師匠様ってば」と笑って返した。




