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39:公爵と七人の妻

 


 はっきりとした返答。それでいて押し切るような強さが無いのは、彼にとって当然のことだからなのだろう。

 ステファンの答えにマーゴットはやっぱりと心の中で呟いた。隣に立つエヴァルトを見上げれば、彼は僅かに驚きの色を見せ、マーゴットの視線に気付くと肩を竦めてきた。知らされていたが流石に驚いたとでも言いたげな態度だ。


「本気か? さすがに年齢差がありすぎだろ……」


 唖然としながら呟いたのはアーサー。彼の隣に立つドニも唖然とし、師の発言に同感だとコクコクと首肯しだす。ルリアとロゼリアもこれには目を丸くさせている。

 驚いているのはこちら側だけではない。シンディも「え……?」と困惑の声を漏らし、オルテン家夫妻さえもぎょっとする。

 誰もが信じられないと言いたげな視線をステファンに投げかけていた。


 もっとも、ステファンは自身の発言が周囲を驚かせたとは露程も思っていないようで、まるで過去を懐かしむように木製のテーブルセットを眺めている。

 夜の暗がりの中で見ると陰鬱としているが、きっと晴天の元ならば清々しい光景なのだろう。

 そこに座り微笑む、かつての妻。


「最初の妻はあのテーブルセットを気に入っていた。それに彼女だけじゃない、皆あの場所でよくお茶をしていたんだ」

「仲睦まじく過ごしていた、という事か。随分な年齢差だと思うがな」


 エヴァルトが問えば、テーブルセットを見つめていたステファンが今度は彼へと視線を向けた。


「確かに年齢差はあるが、年上だからこその魅力が彼女達にはあるんだ。落ち着きがあり、長く生きたからこその包容力に溢れている。手には彼女達が時代を生き抜いた皺が刻まれ、その手が僕の手を優しく包んでくれる。あの安らぎは何物にも代えがたい」

「そうか……」

「孫を見るように僕を愛おし気に見つめ、そして時に少女のように恥じらう。刻まれた顔の皺が彼女達の微笑みをより美しく見せるんだ。白一色の髪もまるで雪原のように美しかった」


 過去の妻達を思い出し、ステファンの声が次第に熱が帯びていく。

 果てには、最初の妻から最後の妻まで、七人分の女性達のそれぞれの魅力を語り始めた。そのどれもが老年の女性らしさなのは言うまでもない。

「本物だな」というアーサーの呟きがマーゴットの耳に届いた。


 つまり、ステファンは今まで結婚した七人の妻達を全員愛していたのだ。

 非情な政略結婚でも何でもない、愛ゆえの結婚である。年齢差は凄いが。


「それなら、どうして奥様達は偽名を使っていたんですか? 公表しなかったのは?」

「世間体がどうのと親戚から言われたからだ。ルミニア家も相手の家もそれを望んでいたし、結婚出来るのなら無理を通す事も無いかと応じていた」

「このお屋敷に籠って社交界には出なかったと伺ってますが、それは?」

「社交の場は彼女達を疲れさせてしまう。無理をさせて足や腰を痛めさせてはいけないからな。……それに、僕達にはあまり時間が無いから、出来るだけ二人で過ごしたかったんだ」


 熱を帯びて話していたステファンの瞳に、一瞬だが寂しさの色が浮かんだ。


 彼は七人の妻達を全員愛していた。

 それはつまり、愛していた妻達全員に先立たれたという事だ。


「彼女達はみんな僕を置いていってしまった。だけど、僕のそばに今も居てくれているんだな」


 寂しさを宿していたステファンの瞳が己の隣を見つめる。

 何も無いそこに、かつて隣に居た妻達を思い出すかのように……。


「ステファン様の奥様達は、この結婚を阻止するために私を墓地に呼んだ。でもそれはステファン様に愛のない結婚をして欲しくなかったからだったんですね。愛してるから、ずっとそばに居て、見守っていた」

「昔から今もずっと彼女達は僕を心配してくれていたんだな。僕の悪評は聞いていただろうに、よく気付いてくれた、ありがとうマーゴット」

「実を言うと、最初は私も噂を信じていたんです。奥様達はステファン様を恨んでいて、だからとりついているんだって考えてました。でも、そばに居る理由は必ずしも恨みだけじゃないって、大事だからこそ側に居る事もあるって、そうお師匠様が教えてくれたんです」


 マーゴットがエヴァルトを見上げれば、彼が目を細めて微笑む。

 彼が常にマーゴットの側に居るからこそ、そしてその理由を「大事だから」と告げてくれたからこそ気付けたのだ。

 それを説明する時はさすがにほんのりと頬が熱くなってしまう。


 そんなマーゴットの話を聞いて、ステファンは何やら考え込むような表情を浮かべた。


「……シンディ・オルテン」


 しばしの沈黙の後、ステファンがシンディを呼んだ。


「元々僕はオルテン家夫妻から、君が僕との結婚を切望していると聞いていた。だが先程のマーゴットの話では、きみは僕との結婚を嫌がっているように思える」

「それは、その……」

「どちらが事実なのかを教えてくれないか」


 淡々としたステファンの言葉にシンディが臆してしまう。

 相手は年上の公爵家。ただでさえ立場は圧倒的に向こうが上なのだから、問われたところでそう容易に婚約解消を願えるわけがない。

 そんなシンディの胸中を考え、マーゴットは穏やかに彼女を呼んだ。


「大丈夫、何があっても私が付いてるから」

「マーゴットお姉様……」

「それにね、私が付いてるってことは世界一の魔導師が付いてるってことよ」


 自分だけではない。それどころか世界一の魔導師が味方だ。

 そう話せばシンディが僅かに表情を和らげた。深く一度頷いて返し、気持ちを落ち着かせるためにゆっくりと深呼吸をし、ステファンへと向き直る。


「ス、ステファン様……、私は、今回の結婚を望んではいません……」


 震える声でシンディが胸の内を告げた。

 それを聞いたステファンが静かに「そうか」と返す。その声には怒りや失望は無い。

 だが落ち着き払ったステファンに対して、今までやりとりを訝し気に眺めていたオルテン家夫妻がここで声を荒らげた。


「公爵、先程のシンディの発言は、ただ……、そう、セシルに言いくるめられているだけなんです」

「僕は今のシンディの言葉を信じる。今回の結婚は解消だ」

「そ、そんな……。ですがこんな直前で解消等と、明日の式はどうするんですか」

「式といっても呼んだのは身内だけの少数だ。事情を説明して詫びれば良い。……ところでオルテン侯爵」


 会話の最中に、ステファンが視線をゆっくりとオルテン夫妻へと向けた。

 元より鋭い目元に今は怒りと侮蔑の色が宿っている。底冷えするように冷たく、睨みつけられたオルテン家夫妻がたじろいた。


「僕に愛のない結婚をさせるつもりだったんだな」


 静かでいて怒りを携えた言葉。

 これには告げられたオルテン家夫妻も青ざめ、「これは」だの「その件は」だのと的を射ない言葉を漏らす。

 なんとか誤魔化そうと考えているのだろう。だがここまで話が進んでしまうと誤魔化しようもない。なによりステファンの視線は誤魔化しを許すまいと圧を掛けているのだ。


「もう良い、説明は明日に聞かせて貰う。マーゴット、悪いが今夜はもう遅いから話の続きはまた明日にさせてほしい」


 確かに今の時刻は深夜と言える。それに明日の式こそ中止になったとはいえ、ステファンは来賓達への説明が待っているのだ。

 それを考えればこのまま話を続けるより、明日の朝にまた落ち着いて話を改めるべきだろう。ステファンの中では『婚約は解消』と決まったのだから、後は話を詰めるだけだという気持ちもあるのかもしれない。


「君達は宿を取っているのか?」

「はい。町の宿屋に部屋を取っています」

「そうか。それなら、今夜はシンディも連れて行ってくれないか」


 ステファンの視線がシンディに向けられる。

 彼女は困惑を露わにしており、不安げにマーゴットを見つめてきた。

 このまま屋敷に残れば両親から何か危害を加えられるかもしれない。彼等の青ざめた表情を見るに、何か適当な理由を付けてシンディを連れて逃げる可能性もある。

 それを危惧しているのだろうステファンの提案に、マーゴットはもろんだと返した。


「宿屋までの馬車を用意させよう。少し待っていてくれ」

「はい」


 ステファンがメイドに指示を出す。

 それを見て、マーゴットは一段落したことを察して小さく息を吐いた。



 そうして馬車の準備を待つ間、シンディやルリア達と話していたマーゴットはふとエヴァルトがステファンと話していることに気付いた。

 何の話をしているのか。エヴァルトの話をステファンが頷いて聞いているように見える。

 だがメイドが馬車の用意が出来た事を告げると、ステファンは馬車の方へと向かい、エヴァルトはこちらへと歩いてきた。


「お師匠様、ステファン様と何を話していたんですか?」

「ちょっとね。それより馬車の準備が出来たようだ。疲れただろう、今日はもう宿に戻って休もう」


 エヴァルトに話を有耶無耶にされ、マーゴットは首を傾げながらも彼と共に歩き出した。



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