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04:記念すべき初仕事(八割減)成功

 


 指定された薬草は危険な場所に生えているわけでもなく、採取自体は楽な部類だ。

 ただ薬草自体が他の草花と見分けがつきにくく、更に木の根元や他の草花が密集した中に紛れるように生えていたりと見つけるのに手間が掛かる。これだと思って採取しても本物は一割も無く他は全て雑草……なんて事も少なくないという。

 対策としては、それっぽい草を手当たり次第に採取して後ほど選別するか、もしくは現地で選別しながら採取していくか。

 前者は荷が嵩むし無駄足になる可能性が高く、対して後者は選別に時間が掛かるため量が採れない。専門家に依頼して同行してもらうという手段もあるが、それをすると手元に残る報酬が雀の涙以下になってしまう。

 難しいわけではないが、とにかく面倒。それでいて危険は無く難易度も低いため報酬も少ない。なんとも微妙な依頼である。


 ……本来ならばそうなのだが。


「光ってるわね」


 そうマーゴットが呟いたのは、目の前に広がる森の中でなぜか点々と光が灯っているからだ。

 日の光が反射しているわけでもない、光る生物がいるというわけでもない。


 さながら「ここだ」と言っているかのような光。

 というか多分「ここだ」と言っているのだろう。正確には「ここに薬草が生えてるよ、マーゴット」と言っているのだ。

 ここには居ない師の声を聞き、マーゴットは思わず目を細めた。


「さすがエヴァルト様ね。ピンポイントで薬草が生えてる場所を光らせてくれてるわ。しかも採取し終えると光が消える親切さ」

「あれ、でもここは光ってるけど草じゃなくて石が多い……、おぉ、高値で売れるやつだ。ついでに換金しておけってことかな」


 ルリアとドニが光っている場所へと近付き、目当ての薬草や希少な石を採取していく。

 迷う事も周囲を窺うこともなくさくさく歩いて、選別することもなくひょいひょいと摘む。

 その光景はギルドの依頼とは思えないほど長閑でいて緊張感は皆無だ。



 そんな状態なのだから時間も掛からず、一時間足らずで採取用の薬草袋三枚がいっぱいになりギルドに帰ることになった。

 早々に帰ってきたマーゴット達にギルド長や受付嬢が驚くも、マーゴットの膨れっ面を見て誰もが直ぐに理解をする。薬草の詰まった袋とおまけで取ってきたものを渡す際の「おつかれさま」という言葉は、きっと依頼完了に対してだけではないのだろう。

 だがなんにせよこれで依頼の殆どは終わりだ。あとはギルド側での薬草の識別結果を待ち、必要量に足りているかを聞くだけである。……聞くまでも無さそうだが。


 ちなみに識別結果を待つまでの間は自由だ。

 ギルド内で過ごしても良いし、外に出ても良い。次に受ける依頼を選ぶ冒険者も少なくない。中にはこの待ち時間を利用して簡単な依頼を受けて小銭を稼ぐ冒険者も居る。

 マーゴットはと言えば、初の仕事なので無理はせずギルド内で待つことにした。不満で頬を膨らませながら。


「やったわねマーゴット、記念すべき初依頼完了よ。そんなに頬を膨らませてないで終わったんだから喜びましょうよ」

「……私の記念すべき初仕事」

「探す手間が省けたから良しって考えようぜ。……まぁ、探す手間も選別する手間も全部省けて、文字通り『採取』だけの仕事になったけど」

「その手間がやりたかったのに……」


 膨れっ面のまま文句を言うマーゴットを、ルリアとドニが左右から挟んで宥める。

 マーゴットは二人の言葉を聞いてもやはり釈然とせず、唇を尖らせたまま「今夜の夕飯はお師匠様の嫌いなピーマンの肉詰めの肉抜きにしてやるんだから」と恨みがましく呟いた。



 ◆◆◆



「おかえりマーゴット、初仕事はどうだった? 疲れだだろう、少し休んで……、うわ、袋いっぱいのピーマン」


 うっ、とエヴァルトが何とも言えない声をあげた。整った顔付きに反してその声色は随分と渋い。

 だが膨れっ面最高潮の弟子が袋一杯に己の嫌いな食べ物を買って帰ってくれば誰だってこうなるというもの。

 これはさすがに不味いと考えたのか、エヴァルトが普段から優しい声をとりわけ柔らかくさせ「マーゴット、そんなに怒らないで」と宥めてきた。

 そこに世界最高位の魔導師としての威厳は無く、師としての威厳すらもない。年下の少女に縋りつく情けない男だ。見目が良いだけにより悲壮感が漂っている。

 だがマーゴットはこれにもツンとそっぽを向くことで返した。初仕事の八割を省かれた恨みは深い。


 もっともその恨みも、テーブルに並べられたご馳走を前にすると一瞬にして吹き飛んでしまった。


 テーブルの中央に置かれているのは見ているだけで食欲を掻き立てる豪勢な肉料理。大きな肉にはしっかりと焼き目が着いており、ソースは選べるようにしているのか小皿が並んでいる。肉料理を楽しむために隣には香ばしそうなパンが添えられており、こちらも食感を変えるため三種類もある。

 栄養バランスを考えたのだろう野菜も添えられている。温野菜にはソースが掛かっており、これだけでも見ているとお腹が空いてきそうだ。

 各々の席の前にはポットパイが置かれており、それを見てマーゴットは「これって」と呟いた。このポットパイは隣町にあるレストランのメニューだ。マーゴットはこのポットパイに目が無い。


「お師匠様、これ……」

「可愛い弟子の初仕事だ。お祝いしないとな」

「それでこんなに用意してくれたんですか?」

「これだけじゃない、デザートもある。それに夕食後に飲もうと思って良い茶葉を買っておいたんだ」


 エヴァルトの口調は随分と嬉しそうで、まるで自分が祝われているかのようだ。


「デザートはマーゴットが一番好きなベリーのタルトを買ったよ。だからほら、その袋いっぱいのピーマンはどこかに置いて早く食べよう。こんなに買ってなにを作るつもりだったんだ?」

「……ピーマンの肉詰め肉抜きにしようと思ったんです」

「うっ……、そ、それはほら、ピーマンの調理法は明日また考えれば良いから」


 エヴァルトの口調はまるで子供のご機嫌取りをするかのようだ。

 宥めつつもマーゴットの手からそっと買い物袋を受け取り背に隠すのは視界に納めさせないためだろう。そそくさと台所の隅に置いてしまった。

 その仕草には師らしい威厳も世界に名だたる魔導師らしさもないが、マーゴットにとってはエヴァルトらしいものだ。

 思わず笑みを零し、それを隠すためにツンと澄まして「仕方ないですね」と告げた。


「今日のことは許してあげます」

「本当かい? マーゴットはやっぱり優しいなぁ。それじゃ食事にしようか。せっかくの初仕事成功なんだから乾杯しよう」


 マーゴットの機嫌が直ったと知り、エヴァルトが嬉しそうにテーブルに着くように促してくる。

 そんな彼に従い、マーゴットは豪華な料理が並ぶテーブルの一脚に腰掛けた。


 手にしていた紙袋はそっとテーブルの端に置いておく。

 これにはピーマンは入っていない。


(なんだか出すタイミングを見失っちゃった……。明日の朝食にこっそり出そうかしら)


 嬉しそうなエヴァルトと彼が用意してくれた豪華な料理。そんな光景を前に平然と澄ました対応をした手前、袋の中身は出しにくい。

 もっとも師だけありエヴァルトにはお見通しなのか、彼はチラと紙袋に視線をやると愛おしそうに目を細めてマーゴットを見つめてきた。


「袋の中身は、街にあるパン屋で俺の一番好きなミートパイかな。それに俺がこのあいだ美味しいと言っていたジンジャークッキー」

「ど、どうして分かったんですか!? 透視の魔法を使うなんてずるいですよ!」

「透視の魔法なんて使ってないさ。これは、初仕事の報酬で師を喜ばせようとしてくれる可愛い弟子を持つ者の勘さ」


 得意気に話すエヴァルトに、マーゴットは恥ずかしさで頬を赤らめながら「早くご飯にしましょう」と照れ隠しで告げた。




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