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38:ステファン・ルミニア

 


「待ってマーゴット、ステファン様を連れてくるってどういうこと!?」

「そんな事したらシンディお嬢様を連れ出せなくなるかもしれないだろ」


 ルリアとドニが動揺しながら尋ねてくる。

 二人の師も同様、マーゴットの趣旨が分からないと言いたげだ。

 だけど、とマーゴットは話を進めた。


「私、どうしてもステファン様に聞きたい事があるの。奥様について、この結婚について……。だから、ステファン様と話がしたい」

「話って……、でも、もしシンディお嬢様を連れ出すのに失敗したらどうするの?」

「その時は……」


 言いかけ、マーゴットは躊躇うように言葉を止めた。

 確かにこのままシンディを連れ出すべきだ。当初の計画通り、誰にも気付かれずにこっそりと屋敷を抜け出し、時間を稼ぐ。

 その間に、この結婚の目論見や今までのステファンの妻達の事、そしてオルテン家が謂れのない理由でマーゴットを害そうとした事を公にする。

 全てを世間に晒して悪評を呼び、双方の利益を無くして結婚を破棄に導く。


 それが一番だ。分かっている。

 仮にここでステファンを呼べば事が大きくなり、騒ぎを聞きつけてオルテン家の者達も来てしまうかもしれない。

 シンディは屋敷に連れ戻され、明日の式は決行されるだろう。

 そうなったら……、


「そうなったら式をぶち壊しましょう」


 予備の作戦を実行するまでだとマーゴットがはっきりと告げれば、話を聞いていたエヴァルトが「良い作戦だ」と頷いた。

 先程まで怪訝な表情だったアーサーは「よし任せろ」となぜか既にやる気を見せ、ロゼリアも「それも有りね」とあっさりと納得してしまう。ルリアとドニは賛同こそしないもののさして異論は唱えず、顔を見合わせて肩を竦めるだけだ。

 この物騒な話に驚いているのはシンディだけで、「セシル、……マーゴットお姉様?」と目をぱちくりとさせていた。



 そんなやりとりの末、マーゴットの頼みを聞いたシンディは驚きつつも応じてくれた。

 出てきた扉に戻ると中で見張っていてくれたメイドを呼び寄せて事情を話し、ステファンを連れてきてくれるように頼む。

 屋敷に入る手引きをしてくれたメイドとは別のメイドだ。それを見て、マーゴットは内心でシンディの周りが敵だらけでは無かったことを察して小さく安堵した。


 そうしてしばらく待つとキィと音を立てて再び扉が開いた。

 出てきたのは凛々しさと落ち着いた雰囲気を纏った壮年の男性。

 彼がステファン・ルミニアだろうか。古めかしくも由緒ある屋敷に見合った知的な男性だが、反面、鋭い目元は厳格で冷たい印象も与える。


「あなたが……」


 ステファンの名を呼ぼうとし、だが出かけた言葉を飲み込んだ。

 彼と一緒に見覚えのある男女が扉から出てきたからだ。


 オルテン家夫妻。

 マーゴットの両親。

『呪われた女児の双子、災いを招く娘』としてマーゴットを害そうとした人物。


「……っ!」


 マーゴットの体が小さく震えて強張った。

 頭の中にあったはずの考えが彼等を見た瞬間に渦巻いて整理がつかなくなる。

 この屋敷に居るのは知っていた、会うかもしれないと覚悟していた。ステファンに会うとなれば彼等が来るかもしれないことぐらい考えずとも分かっていた。

 それでもいざその姿を見ると動揺してしまう。


「セシル、お前なんでここに……」

「お、お父様……」


 過去の名を呼ばれれば更にマーゴットの中で混乱の渦が強まり、掠れる声を絞り出すのがやっとだ。

 そんなマーゴットの肩に何かが触れた。大きく暖かな感触。馴染みのある感触に、確認する前からこれがエヴァルトの手だと理解する。横を見れば彼が立ち、マーゴットと目が合うと穏やかな笑みで目を細めた。


「マーゴット」


 優しく名前を呼んでくれる。セシルではなくマーゴットと。

 その声と共に胸中の混乱が緩やかに溶け落ち、マーゴットは深く息を吐いた。ようやく呼吸が出来た気がする。

 次いで不安そうにしているシンディの手を掴んで自分達の方へと引き寄せれば、それを見た両親の顔が一瞬で険しくなった。


「シンディ、危ないからこちらに来なさい」

「で、でも、お父様……」

「良いから早くお父様の言う事を聞きなさい、シンディ。お父様は貴女のためを思って言ってるのよ」


 両親がシンディを呼ぶ。

『貴女のため』などと、どの口が。とマーゴットは心の中で悪態を吐き、代わりにシンディの手を握る己の手に力を入れた。放さない、そう心の中でシンディに告げる。

 それが癪に障ったのか、もしくはシンディの心が揺らいでいる事が許せないのか、元より険しかった両親の表情に怒りの色が混ざり始めた。


「セシル、お前は家を捨てたくせに、今度は妹まで巻き込もうとしているのか」

「家を捨てた? 私、そんな話になっていたのね」


 どうやら両親はマーゴットが家から逃げたことを『娘が家を捨てた』として世間に広めたようだ。

 考えてみれば彼等が嘯くのは当然、『迷信を信じて殺そうとしていたが察して逃げられた』等と口が裂けても言えるわけがない。

 それを鼻で笑ってやれば、話を聞いていたステファンが「どういうことだ」と怪訝な表情を浮かべた。


「オルテン殿、聞いていた話と違うようだが」

「それは……、この娘は昔から虚言癖があったんです。全て自分の都合の良いように嘯いて、挙げ句に家を捨てて出ていった。なぁ、昔からセシルには困らされたよな」

「え、えぇ、あの子には手を焼いたわ。今まで音沙汰無しだったのに、きっと妹の結婚を邪魔をしに来たんでしょう」

「……そうとは見えないが」


 いったいどちらが虚言癖だと言いたくなるほどにスラスラと嘯くオルテン家夫妻に対し、ステファンは落ち着いた態度でいまだに訝し気な表情を浮かべている。

 次いで彼はマーゴットをじっと見つめてきた。

 真偽を見定めるような鋭い視線。だが決して値踏みの色も侮蔑の色も無い。話を鵜呑みにせずに事態を判断しようとしているのだ。


 きちんと話をしなければ。

 確認すべき事がある。シンディのためにも、彼のためにも、……そして彼の妻達の為にも。


 そう考え、マーゴットは一度深く息を吐くと己を落ち着かせ、「ステファン様」と彼を呼んだ。


「お初にお目にかかります。シンディの姉セシル、今はマーゴットと名乗っております」

「そうか。僕はどちらの名で呼べばいい」

「マーゴットとお呼びください」


 マーゴットの返事を聞き、ステファンが「分かった」と一言だけ返した。

 素っ気ないのは警戒しているからだろうか。それでも何も言わずにいるのはマーゴットが話し出すのを待っているからだろう。

 聞いてくれるはず。そんな願いに近い期待を胸に、マーゴットはここに至るまでを説明し始めた。


『呪われた女児の双子』の伝承について、それを信じた両親が自分を殺そうとしていると知って家を出た事。

 その際に名前をマーゴットに変え、ルリアとドニと共に国を渡り、今はヴィデル国の小さな町に住んでいる事。

 この部分はマーゴットについての誤解を解くためなので長々と説明する気は無い。要点を搔い摘むだけだ。幸いステファンもそれを理解しているのか深く言及することはしなかった。


「それで、シンディから手紙が来て……」


 話が本題に入る。

 シンディからの手紙。それを受け、結婚を阻止するためにテディア国まで来た。

 宿に泊まった時にシンディの姿を見つけて追いかけ……、そして墓地に辿り着いた。


 不思議としか言いようのない昨夜の事を話せば、これには落ち着いて話を聞いていたステファンも僅かながらに驚愕の色を見せた。

 自分の亡き妻達がこの地に残り、自分の周りにいる。噂でしかなかったそれが事実と知り、見えないと分かっていても周囲を見回す。


 ……その表情に恐怖の色は無い。


「ステファン様の奥様達が私を墓地に連れて行ったのは、この結婚を阻止するのに協力してくれたからだと考えています。だけどそれはシンディのためだけじゃない」

「……僕の妻が」

「ステファン様、最初の奥様の事を覚えていらっしゃいますか?」


 マーゴットが問えば、ステファンが「最初の?」と不思議そうに返してきた。

 彼の最初の妻。もう二十年以上も昔の事。マーゴットが生まれる前だ。

 そんな過去の事を思い出しているのかステファンは僅かに目を細めた。


「もちろん覚えている。あのテーブルセットは彼女の希望で作らせたんだ。晴れた日にはいつも座っていた」

「ステファン様と結婚された時、既に七十歳近くだったと窺っています」

「それは……。そうか、墓石を見たなら分かるか。彼女は僕と結婚した年に七十歳になった」


 淡々とステファンが話す。

 そんな彼に、マーゴットはずっと胸に抱いていた疑問を投げかけた。


「ステファン様は、奥様達の事を愛していらっしゃいましたか?」


 はっきりと、嘘や誤魔化しは許さないという強い意思を込めて問う。

 それに対してもステファンは落ち着いた態度でゆっくりと口を開いた。


「あぁ、もちろん。今も心から愛しているよ」



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