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37:姉妹の再会

 


 少し早めに夕食を取り、夜の闇が広がり始める頃合いに宿を出てステファンの屋敷へと向かう。

 町にはまだ住民や旅客の姿があちこちにあったが、町を出て屋敷のある村へ進むにつれて人の姿が少なくなっていく。村に到着する頃には人と擦れ違う方が稀で、少し離れた場所にあるステファンの屋敷周辺に至っては人気は全く無くシンと静まりかえっていた。

 そんな静けさの中に佇む屋敷はなかなかに迫力があり、幽霊が漂っていると噂されてもおかしくない。

 歴史ある屋敷なのか手入れはされているがどことなく古めかしさがあるから猶更だ。


「……ここにシンディが」


 屋敷を見上げてマーゴットがポツリと呟いた。

 鬱蒼とした屋敷。独特な雰囲気に眺めているだけで気圧されそうになってしまう。


 なによりこの家には両親がいる。

 かつて自分を『呪われているいるから』という理由だけで殺そうとした両親。

 二度と彼等とは会わないつもりでいたが、まさかこんな形で自ら近付くことになるなんて……。


 不安が胸を過り無意識に胸元を掴めば、マーゴットの隣にエヴァルトが立った。


「……お師匠様」

「マーゴット、大丈夫だよ。何も不安に感じることなんて無い」


 穏やかな声。優しい声と言葉はマーゴットの耳から入り胸に溶け込み、渦巻いていた不安を緩やかに溶かしていく。

 彼が居てくれて良かった。そう心から思う。

 だが感謝の言葉をマーゴットが口にするより先に、エヴァルトが得意げな笑みを浮かべると拳でトンと己の胸元を軽く叩いた。


「なんていったって、他でもないこの俺が居るんだからな」


 自信たっぷり、むしろたっぷりどころか溢れかねないほどの自信を感じさせる断言。これ以上の頼りがいを感じさせる言葉があるだろうか。

 思わずマーゴットはパチンと目を瞬かせ、次の瞬間には胸中のざわつきもどこへやら小さく笑い出した。


「お師匠様ってば、こんな時に何を言ってるんですか」

「何って、事実だろ。俺程の魔導師が居るんだから全て上手くいく。もし今夜シンディ・オルテンを連れ出せなくても、明日の式に乱入してぶち壊せば良いんだ」

「そうですね、お師匠様ほどの魔導師が……。まだその作戦諦めてなかったんですか!?」

「予備の作戦だよ。俺が居るから大丈夫とはいえ、失敗した時の事も考えておかないとだろ」


 物騒な作戦だというのに、話すエヴァルトには悪びれる様子一つとして無い。

 まったく、とマーゴットは小さく溜息を吐き……、だがこのやりとりもまた彼が自分を案じてくれているからだと理解し、呆れの表情を笑みに変えると歩き出す彼の隣に並んだ。


「お師匠様、全部終わってまたいつもの生活に戻っても、私の依頼に付いてきますか?」

「そりゃあもちろん、どんな手を使っても付いていくさ」

「……それは、私のことが大事だからですか?」

「マーゴット?」


 マーゴットが囁くような声で問えば、疑問を抱いたのかエヴァルトが足を止めて尋ねてきた。

 てっきりしつこさを怒られるか呆れられるとでも思っていたのか、不思議そうな表情だ。更には「どうした?」と様子を窺ってくる。

 そんなエヴァルトに対して、マーゴットはじっと彼を見上げたままもう一度「私が大事だからですか?」と疑問を投げかけた。

 心臓が痛いぐらいに跳ねる。


 先を行くルリア達が足を止めてこちらを見ている。それが分かっても今は彼女達に説明するよりもとエヴァルトを見つめた。

 彼が一瞬言葉を詰まらせ、次いで応えるように真剣な表情を浮かべた。普段は穏やかな瞳が今だけは熱い。


「あぁ、そうだよ。マーゴットが大事だ。だから今も、元の生活に戻っても、ずっとそばにいる」


 夜の静けさの中、エヴァルトの熱を帯びた声がはっきりと告げてくる。

 それに対してマーゴットは自分の胸元をぎゅうと掴んだまま「はい」と上擦った声で返した。

 緊張と心臓の高鳴りで体が強張る。外気温で暑いのか体が熱いのか分からない。それでもぎこちなく足を動かし「行きましょう」と歩き出した。

 対してエヴァルトがまたも首を傾げたのは、突然マーゴットが尋ねてきて、かと思えばすぐさま歩き出してしまうからだろう。だがマーゴットが歩き出すのならと言いたげに隣に並ぶ。


 もしかしたら、これが答えなのかもしれない。


 そうマーゴットは心の中で考え、「あのね、お師匠様。私ずっと考えてたんですが……」と隣を歩くエヴァルトに声を掛けた。



 ◆◆◆



 ステファンの屋敷は当然だが警備が居る。とりわけ今はオルテン家の者達も来ているので警備は厚く、門にいる警備も不審な者一人通すまいと目を光らせている。

 普通であれば忍び込むのは不可能だろう。どうすべきかとマーゴットが考えていると、屋敷から年若い一人のメイドが出てきた。

 小走り目に門へと近付き警備と何やら話し込む。何かあったのか、警備は庭園の奥へと駆けて行き、彼の不在を預かるようにメイドが門の前に立った。


 そんなメイドがこちらにチラと視線をやり、コクリと頷いた。


「今よ、行きましょう」


 一部始終を壁に隠れて見ていたロゼリアが囁くような声で合図を出す。

 曰く、昨日シンディと会った際に屋敷に忍び込む方法を決めていたのだという。今門に立っているメイドはシンディの身の回りの世話をしており信頼できる人物らしく、今回の件を知り協力を買って出てくれたらしい。

 そのおかげで見つかることなく屋敷の敷地内に入り、暗がりに乗じて屋敷の裏へと進んだ。



 短く綺麗に刈られた芝生、あちこちに咲き誇る花、周囲を囲む草木。それらを眺めながら過ごすための木製のテーブルセットまで設けられており、さすが公爵家の屋敷だけあり裏手と言えども綺麗に整えられている。

 客を迎えるための豪華な庭園とは違う、家族だけで穏やかな時間を過ごすための空間。そんなイメージを与える。


 マーゴット達が屋敷の裏に到着するのとほぼ同時に、屋敷の背面に設置されていた扉がキィと音を立てた。

 普段は使用人が使っているのだろう質素な扉だ。そこから恐る恐る周囲を窺いながら顔を出したのは……、


「シンディ!」


 その顔を見て、堪らずマーゴットが駆け出した。

 周囲の様子を窺っていたシンディもまたマーゴットに気付くと「お姉様!」と声をあげて駆け寄る。

 五年ぶりの姉妹の再会。懐かしさや再会できたことへの安堵、置いていった事への申し訳なさ、それらが胸に一気に押し寄せ、マーゴットは強くシンディを抱きしめた。彼女もまた背に腕を回して応えてくる。


「あぁ、良かった……!」

「お姉様、突然手紙を出してしまってごめんなさい。お姉様が危ない目に遇うかもしれないって分かっていたけど、私、怖くて……」

「良いの、大丈夫よ。私の方こそ何も言わずに置いていってごめんなさい」


 互いに今までの事を詫び、そして再会を喜び合う。

 だがこうやっていつまでも抱きしめ合っているわけにはいかない。そう考え、マーゴットはゆっくりとシンディの体を放した。


「シンディ、貴女の結婚について、ステファン・ルミニアについて、聞いてほしい話があるの」


 そうマーゴットが前置きをすれば、シンディが真剣な表情でコクリと頷いた。


 ステファン・ルミニアと七人の妻。両家の繋がりと資産だけを求めた、親と子供どころの年齢差ではない政略結婚。

 その果てに亡き妻達は幽霊となり彼の側に残っている。きっと今も、この屋敷に……。


「そんな、でも幽霊はただの噂で……」

「私達もそう思ってた。でも昨日の夜に確かに見たの。……シンディの姿で」

「私の? そんな、私はずっと屋敷に居ました」

「やっぱりあれは本物のシンディじゃなかったのね」

「私もこのまま結婚したら……、死んで、幽霊に……?」


 さすがに幸せになれると楽観視はしていなかったが、かといって死後幽霊になり彷徨うとまでは思っていなかったのだろう、元より顔色の悪かったシンディの顔からさぁと血の気が引く。

 不穏な話だ。その不穏さが自分の未来なのだから怯えるのも当然。

 そんなシンディの震える肩にマーゴットは手を置き「大丈夫よ」と告げた。はっきりと目を見て、自分が不安を抱いた時にはいつもエヴァルトがそうしてくれるように。


「私達がなんとかしてみせる」

「セシルお姉様……」

「今は『マーゴット』よ。それでね、シンディに頼みたいことがあるの」


 マーゴットが「良い?」と問えば、シンディが不思議そうにそれでもコクリと頷いて返す。

 その返答を得て、マーゴットは屋敷を見上げた。

 手入れのされた大きな屋敷。この屋敷の中にステファンがいる。そして彼の周りには、あの美しい墓石に名前を刻まれた七人の女性達も……。


 それは恨みゆえだろうか。殺された憎悪からだろうか。理不尽な己の死を嘆いてかもしれない。

 だけど、もしかしたら……。


「確認したい事があるの、だから、ステファン様を連れてきてくれないかしら」


 そうマーゴットが頼めば、シンディはもちろん、このままシンディを連れ出すものだと考えていたルリア達までもが「え?」と困惑の声を漏らした。




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