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36:いつもそばに


 

 一度眠り、昼前に目を覚ました。

 眠る前に見た窓の外はまだ夜明けで薄暗かったというのに、今はもう眩しい程に光が差し込んでいる。カーテン越しでさえ晴天が分かり、自然と外からの光で室内が照らされている。

 もそもそと起床し着替えや身嗜みを整えていると、「うぅん……」と声があがった。隣のベッドで眠っていたルリアだ。

 彼女はまだ寝ていたいようで、薄っすらと目を開けて「先に下で食べてて」と告げると再び目を瞑ってしまった。すぐさま穏やかな寝息が聞こえてくる。

 ならばとマーゴットはあまり音をたてないようにと準備を終え、そっと部屋を出ていった。


 通路を歩いて階段を目指す。その途中、エヴァルトが泊っている部屋の前で立ち止まった。

 控えめにコンコンと扉を叩く。


「お師匠様、起きてますか? ご飯を食べに行こうと思うんですけど……」


 時間を考えれば起こすにはまだ早い。だがもし既に起きていたのなら、きっとエヴァルトは「声を掛けてくれれば良かったのに」と言いだすだろう。拗ねてドニに八つ当たりするかもしれない。

 なので起こさない程度の声量で室内に問いかければ、扉の奥から微かな物音がした。

 ガチャと扉が開いて出てきたのはもちろんエヴァルトである。身形も整っているあたり、起きて室内で過ごしていたのだろう。


「おはよう、マーゴット」

「おはようございます、お師匠様。ご飯を食べに行くんですが一緒にどうですか?」

「もちろんだ。ルリアはまだ寝てるのか?」

「一度は起きたんですけど『先に食べてて』ってまた寝ちゃいました」

「きっと疲れてたんだろうな。俺としてはマーゴットと二人で食事が出来るんだから、ルリアには少し寝坊してほしいぐらいだ」


 冗談めかしたエヴァルトの話にマーゴットは思わずクスと笑った。二人で食事なんていつだってしているではないか。

 だがそう告げるも、エヴァルトが「外で二人で食べるのはまた別だ」と反論しだす。この言い分もまたマーゴットの笑みを強めた。



 昼時の飲食店は程々に混雑しており、田舎町であっても活気に溢れている。

 だが幸い満席というほどではなく、空いている席に着いて朝食を注文した。

 しっかりと味付けされた肉料理と暖かなスープ。近所のパン屋と提携しているらしくパンはふっくらとしていて、二人分を大皿に盛りつけられたサラダは瑞々しい。

 昨夜あれだけ動き回ったからか、料理を前にすると途端にマーゴットのお腹が空腹を訴えだした。慌てて腹部を押さえれば察したエヴァルトが苦笑を浮かべる。


「……聞こえました?」

「聞こえはしなかったけど、マーゴットのその仕草で予想がついて、今の言葉で確信した。まぁでも、食欲があるってことは良い事だ」


 楽し気に笑うエヴァルトに、マーゴットは恥ずかしさでほんのりと頬を赤らめ……、だが食欲には勝てず「食べましょう!」と開き直るとさっそくとパンに手を伸ばした。




「私達を墓地に案内したのはステファン様の奥様達の幽霊だったんでしょうか」


 そうマーゴットが疑問を口にしたのは、食後のデザートを堪能している最中。

 この店の人気メニューであるプリンとオレンジジュースを頼んだマーゴットの問いに、紅茶を優雅に飲んでいたエヴァルトが「そうだなぁ」と些か歯切れの悪い返しをした。

 自信と才能に溢れた彼ら叱らぬ口調、さすがのエヴァルトも昨夜の出来事に関しては断言しかねるらしい。


「幽霊と考えるのが妥当なのかもしれないな。個人的にはあまり信じられないんだが、信じざるを得ないか」

「ステファン様の奥様達は自分を殺したステファン様を恨んで、それで幽霊になってしまった……」


 元々ステファンの周りに殺された妻達の幽霊が出るという噂はあった。

 さすがに信じる者は少なかったようだが、それでも声を聞いただの姿を見ただのという目撃情報は細々とあがっていたのだ。

 そして昨夜マーゴット達を宿から誘い出し、墓地に連れて行ったシンディこそ、正体は亡きステファンの妻達の幽霊だった……。


 突拍子もない話だ。

 だが目の前で姿を消すなど魔法でなければ出来ず、そして魔法が使われていない事はエヴァルトが断言している。

 魔法ではない魔法に匹敵する何か。それが幽霊、思いの強さゆえに現世に残る今は亡き者。


「シンディ・オルテンの姿を使ったのはそうすればマーゴット達を誘い出せるからだろうな」

「お師匠様達を起こさないようにしたのも幽霊だとして、なぜそんな事をしたんでしょうか?」

「それは俺も疑問に思ってたんだが、もしかしたらステファンの亡き妻達はシンディ・オルテンの事も案じていたのかもしれない」

「シンディのことも?」

「あぁ、自分達と同じように家のために宛がわれた女性。それもシンディはまだ若い。憐れみと、まだ間に合うという思いからマーゴット達を呼んだ。俺達を呼ばなかったのは、俺達は各々の弟子の為に来たのであってシンディとは無関係だからかもしれない」


 シンディを救おうと考えてテディア国に来たマーゴットとルリアとドニ。対してエヴァルトを始めロゼリアとアーサーはシンディに対しての思い入れは無い。弟子を助けるためにこの地まで来たのだ。

 その差から、ステファンの亡き妻はマーゴット達だけを呼んだ。


 あくまで仮説だが、と付け足すエヴァルトの話に、マーゴットは納得だと頷いて返した。

 それと同時に、やはり胸の内に疑問が湧く。


「……ステファン様の奥様達は、本当にステファン様を恨んでいるんでしょうか」

「どういうことだ?」

「シンディのことを心配して私達を呼び寄せるほどに優しい方が、恨みだけでずっと付き纏うのかなって思ったんです」


 結婚後にステファンから酷い扱いをされたのかもしれない。寿命と見せかけて実は……という可能性もある。

 だけどそれとは別の理由もあるのかもしれない。だがそれが何かはまだ分からない。

 自分の考えながらはっきりしないもどかしさを抱きつつ、マーゴットはエヴァルトを見つめた。弟子のもどかしさが伝わったのか彼は眉尻を下げて案じるようにこちらを見ている。


「お師匠様はいつも私に付き纏いますね」

「酷い言い方……、ではあるが、確かにギルドの依頼に関しては付き纏ってると言われても仕方ないな。もしかして俺も幽霊みたいだって言いたいのか?」

「そうじゃありませんよ。でも、今回だってテディア国まで着いてきて、墓地に行く時も一緒に来てくれたから」


 依頼にもあの手この手で付いてきて、今だって一緒に居る。

 それを話せばエヴァルトが「当たり前だろ」とはっきりと言い切った。


「大事だと思うから側に居たい、何かあれば自分が守ってやりたい。そう思うのは当然だろ」


 カップを片手に話すエヴァルトに、マーゴットは少しだけ頬を染めながら頷いて返した。

 何気なく言われた『大事』という彼の言葉に心臓が跳ねた。だが今はそんな場合ではないと小さく首を横に振って考えを改める。


「お師匠様は私を大事に想ってくれていて、だからいつもそばに居る。……もしかしたら」


 マーゴットが小さく呟く。

 それとほぼ同時にルリアが「お待たせ」と現れた。彼女が声を掛けたのだろう隣にはロゼリアも居り、別の方向からはドニとアーサーも現れてテーブルに近付いてくる。

 一気に人が増え、自然とこの話は終わりとなった。




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