35:亡き妻達の真実
宿に戻ると既にルリア達は部屋に戻っていた。
男達は町の警備が連れて行き、必要な時には証言をさせるよう話を着けておいたという。
「雇ったのは案の定オルテン家だったわ。『マーゴットを連れて来い』っていう依頼だったみたい。それも手段は問わない、って」
「少し痛めつけたら報酬額まで全部話したぜ。……本当に少しだけだ」
補足してくるアーサーの白々しさと言ったら無い。更にはロゼリアが「ちょっと手荒に扱っただけよ」と後押ししてくるが、その横では各々の弟子がふるふると首を横に振っている。相当痛めつけたのだろう。
情報を聞き出すため。それと大事な弟子に危害を加えようとしていた事への制裁もあったはずだ。――「最後の方は流石に止めた」「警備に縋るようにして回収されていったわ」とは後々のドニとルリアの証言――
「それで、そっちはどうだったの?」
「私達は……、皆と別れた後にシンディを追いかけて、墓地に着いたの」
「墓地!?」
不穏な単語にルリアがぎょっとして声を上げた。
驚いているのは彼女だけではない。ドニも驚愕を露わにし、ロゼリアとアーサーも弟子程ではないが予想外の話に怪訝な表情を浮かべている。
彼等に対してマーゴットは墓地の事を簡単に説明し、そしてそこにある一際立派な墓石の前でシンディが姿を消したことを話した。これにもまたルリア達が驚くのだが当然だ。
「消えたって、シンディお嬢様が?」
「えぇ、消えたの。私達の目の前で煙のように。でもお師匠様はずっとシンディの事が見えなかったみたい。それに、ずっと魔法を使った痕跡は感じなかったって」
「魔法じゃないって、それならどうやって?」
「どうやったのかまでは私にも分からない。でも、私達が追いかけていたシンディがその墓石を見せたかったことは確かだわ」
ステファン・ルミニアの七人の妻達が眠っている墓石。そこには彼女達の名前と生没年が記されていた。
だが名前はすべて公にされている名前とは違う。どちらが本物かは調べてみないと分からないが、マーゴットは墓石に刻まれた名前こそが本物だと感じていた。
あの美しく神聖な墓石に、偽りの文字を刻めるわけがない。
「偽名ってどうしてそんなことを」
ドニが怪訝な声で尋ねてくる。
疑問ばかりが浮かんでくるのだろう、眉根を寄せた彼らしからぬ渋い表情だ。
「多分、公には出来なかったんだと思う。ステファン様の奥様達はみんな彼よりだいぶ年上だったから」
「だいぶ年上……? 女性が年上で年齢差があるから隠したって事か? そりゃ珍しいかもしれないけど、かといって偽名を使うほどじゃないだろ」
「珍しいとか、そういう年齢差じゃないの。墓石には没年と一緒に生年も刻まれていて……、ステファン様の最初の奥様は、亡くなった時七十五歳だったのよ」
マーゴットが墓石に記された文字を思い出しながら話せば、誰もが一瞬言葉を失った。
きっと話を理解出来ずにいるのだろう。
「七十五歳!?」
と、最初に声をあげたのはアーサーだ。
「な、七十五って……、今だってステファンは四十五歳だろ。最初の結婚って言うならもっと若い時だろうし、それじゃ年齢差は」
「ステファン様の最初の結婚が二十歳ぐらいだったはず。だから五十歳以上は年齢差があったと思います」
「五十歳差って……、嘘だろ……」
詳しく調べたわけでも、年齢差をきちんと計算したわけでもない。
だが大まかな計算とはいえ『年が離れすぎている』というのは事実で、現にアーサーは絶句している。
彼だけではなく誰もがこの話に驚きを隠せず、先程の墓地だのシンディの姿が消えただのと話した時よりも唖然としている。
そんな中で、最初に我に返ったのはロゼリア。
といっても未だ怪訝な表情をしており、それでも「他の女性達は?」と話の続きを促してくる。
これに返したのはエヴァルトだ。
「他の女性達も殆ど同じ、どの女性も七十歳前後だ。二年前に亡くなった七人目の妻に至っては、結婚した時に既に八十歳近かったらしい」
「それで四年間の結婚生活の後に亡くなったって……、寿命の可能性が高いわね。ステファンが高齢の女性とばかり結婚してたのは家の繋がり目当てかしら」
「だろうな。社交界では家の繋がりやどれだけ他家が傘下についているかが重要になってくる。年齢差があろうと、ルミニア家は傘下が増えて、女性側の家もルミニア家との繋がりや支援を得られる」
「年齢差こそ異様だけど、話だけなら珍しいものじゃないわね。そもそもステファンとシンディの結婚だって互い家の利益目的だもの、それの逆が今まで展開されてきたってことだし。今まで家のために高齢女性と結婚していたステファンが役目を終えて、褒美代わりに若い女を宛がわれた……、とも考えられるわ」
エヴァルトとロゼリアが互いの考えを共有し合う。
他の者達は二人の話を信じられないと言いたげな表情で聞いていた。とりわけ、シンディと同性で同年代のルリアは怒りとも言える表情で「有り得ない」と吐き捨てた。
社交界では政略結婚は常だ。だがそれでも普通の家ならば子供の事を考えて良縁を望む。
だがこの話には家の利益しかない。そしてそんな利益だけの結婚の末に、まるで報酬のようにシンディがステファンに嫁がされるという……。
誰が聞いても不快感を覚える話だ。政略結婚が常の貴族だって、これほど露骨に浅ましい話には顔を顰めるだろう。
だからこそステファンは田舎村に引き籠っていた。女性達が偽名を使っていたのも、露骨な年齢差を隠すため。
その小細工すらも嫌悪感に拍車をかける。
「ふざけた話だな」
とは、あまりに不義理過ぎる話に対してのアーサーの言葉。
「こんなの許せるわけない」とは、アーサーに続くドニ。彼もまた怒りを露わにしており、ルリアも同意している。
「これを公表すれば、結婚への批判があがって取りやめになるかもしれないわね」
「そうだな。まずはシンディお嬢様を連れ出して時間を稼いで、その間にこの事を公にしよう。呪われた女児の真相とマーゴットが殺され掛けていた事も合わせれば、オルテン家は動けなくなるはずだ」
違いの利益しか考えていない結婚だからこそ、悪評が広まれば解消されるに違いない。
悪名高い家同士が繋がって何になる。資産は一時的に増えるかもしれないが傘下は減るし、今後の他家との付き合いにも支障が出てくる。下手すれば孤立し共倒れだ。
それを狙うのはどうかと提案するルリアとドニに誰もが賛同する。
……ただ、マーゴットだけは賛同しつつも、言いようのない微かな引っ掛かりを覚えていた。
◆◆◆
今後の行動を決め、各自部屋に戻り一度休む事にした。
既に夜が明け早朝とさえ言える時間。窓の外を見れば薄っすらどころか明るくなり始めている。
出発が早い宿泊客はそろそろ起き出す時間だろう。あと少しすれば階下の飲食店が賑わいだし、町が活性化する。
だがシンディに会えるのは夜だ。となれば早朝から活動する必要も無い。
テディア国に入国している事が知られているのなら尚更、不用意に歩き回るのは得策とは言えない。
「今から寝れば昼には全員起きれるだろうな」
「そうね。というかあんたが一番怪しいのよ、アーサー。今度はちゃんと起こせば起きれるだろうから、よろしくね、ドニ」
「はい。師匠を起こす事に関して俺の右に出る者はいませんから、任せてください」
ドニ達が話しながら各々の部屋へと戻っていく。
「マーゴットも、今夜は……という時間じゃないけど、ゆっくり休みなさい」
「はい。お師匠様も休んでくださいね」
マーゴットが答えれば、エヴァルトが嬉しそうに目を細めて頭を撫でてきた。
やりとりを見ていたルリアが「先に準備しておくわね」と一言告げて就寝の準備に取り掛かる。
その際の「ごゆっくり」という言葉は茶化しだろうか。彼女の態度を見るに、準備を終えるやさっさとベッドに入って眠ってしまいそうだ。
そんなルリアを横目に見て、次いでエヴァルトと顔を合わせるとどちらからともなく苦笑を浮かべた。なんだか気恥ずかしい。だが窮地を乗り越えてこの長閑なやりとりがあるのだと考えれば安堵感が湧く。
「お師匠様、明日はお昼まで起きて来なかったら私が起こしにいきますね」
「マーゴットが来てくれるのか? それなら寝過ごそうかな」
「もう……。でも、次はちゃんと起きてくださいね」
先程どれだけ声を掛けてもエヴァルトが起きてこなかった事を思い出して告げれば、エヴァルトも察したのだろう苦笑しながら「分かってるよ」と返してきた。
どうして師匠達だけが起きてこなかったのか、それはまだ分かっていない。だがまずはシンディとステファンの結婚を阻止する事が優先であり、その前に体を休めなくては。
「おやすみ、マーゴット」
穏やかに告げてくるエヴァルトの就寝の言葉に、マーゴットも「おやすみなさい」返した。
「あと一歩と言うべきか、あと一歩は本当に必要なのかと疑問に思うべきか、ここまできてなおあと一歩が必要なのかと呆れるべきか」
そんな事をルリアがぼやきながらさっさと布団にもぐっていったのだが、生憎とマーゴットもエヴァルトも気付いていなかった。




