34:妹の影
「あれは間違いなくシンディでした。……でもルリアもドニも見ていなくて。それに、移動する速さがおかしいんです」
「確かにそれは変な話ね。私達が起きれなかった事と関係あるのかしら」
ロゼリアも今一つ何が起こっているのか分からないらしく眉根を寄せて考えている。
男達を拘束し終えたエヴァルトとアーサーも合流するものの、やはり回答は出なさそうだ。
そんな中、マーゴットは生温い風に頬を撫でられ、反射的に風が吹いて来た方向へと視線をやった。
「シンディ!!」
咄嗟に声をあげる。
マーゴットが視線をやった先、道の角に立っていたのはシンディだ。彼女はマーゴットが自分を見たことに気付いたのか、またもさっと道の角に隠れてしまった。先程と同じように自分を追わせようとしているのか。
今回もシンディの姿を見られたのはマーゴットだけだ。これだけ人数が居るのにと考えれば、やはり違和感が募る。
「シンディはやっぱり私をどこかに連れて行こうとしてるんだわ。……私、行かなきゃ」
今回よりも更に危ない目に遇うかもしれない。それでもこのまま宿に戻るわけにはいかない。
そうマーゴットが訴えれば、気持ちを察してくれたのだろう誰もが同意を示してくれた。
「俺がマーゴットと一緒に行こう」
「お師匠様、良いんですか?」
「次にマーゴットに何かあれば俺が守ってやるからな。それで、ルリアとドニはその間に警備を呼んできてくれ」
エヴァルトの指示にルリアとドニが揃えて頷いた。
次いでエヴァルトが視線を向けたのはロゼリアとアーサーだ。
「警備が回収に来る前に、誰からのどういう依頼だったかを聞き出して言質を取っておいてくれ。多少荒くするのも仕方ないだろうな。……多少は」
妙に裏を含んだ言い方でわざとらしく「程々に」と付け足す。
その言葉の裏には「徹底的に痛めつけろ」という真逆の意味が込められているのだが、ロゼリアとアーサーがそれに気付かないわけがなく、同時に異論を示すわけがない。二人とも麗しい笑みを浮かべ「分かったわ」「任せろ」と言い切った。
これは荒れる……、とマーゴット達が考えたのは言うまでもない。だが宥める気にならないのは危険な目に遇わされたからだ。
「よし、それじゃぁ行こうかマーゴット」
「はい!」
エヴァルトに促され、マーゴットは彼と共に先程シンディが消えた先へと向かっていった。
◆◆◆
入り組んだ道を、シンディは少しだけ姿を見せながらどこかへと進んでいく。
どれだけ足早に進んでも追いつかず、声を掛けても戻ってくる様子はない。
やはりおかしい。だけどおかしいと分かっていても進むと決めたのだから立ち止まるわけにはいかない。
そうしてシンディを追いかけ、しばらくすると広い場所に出た。
一角には背の高い木が生い茂っており小さな森のようになっており、この一帯だけは家屋も無い。まるで別世界に足を踏み込んでしまったような感覚さえした。
「ここは……、墓地か」
「墓地?」
入り口の門を眺めていたエヴァルトの言葉に、マーゴットは驚くと同時に彼にぴたりとくっ付いた。
真夜中の墓地。そう考えると途端に目の前の光景が恐ろしく思えてしまう。とりわけ今は深夜、それも森から微かに梟の鳴き声が聞こえてくるのだから、怖がるなという方が無理な話だ。
くっ付くだけでは足りずにエヴァルトの服をぎゅうと掴めば、その怯えようが面白かったのかエヴァルトが小さく笑みを零しながら「大丈夫だ」と宥めてきた。彼の手がマーゴットの肩に触れる。
「俺が一緒なんだから怖がる必要は無いだろ」
「で、でも、墓地って……。どうしてシンディはここに? もしかして、ステファン様に憑いている幽霊がここに連れて来たんじゃ……。それって、シンディも……。そんな!」
「落ち着きなさい、マーゴット。それよりシンディはどこに居る?」
「シンディは……、あ、あっちに居ます!」
墓地の中、すっと消えるように奥へと進んでいくシンディの後ろ姿があった。
どれだけ急いでも追いつけず、辿り着いたのは墓地……。そう考えると不気味さが増して、生暖かい風すらも奇妙に感じられる。
背に冷たいものが走り体がふるりと震える。
だがそれでもと己を奮い立たせて墓地へと足を踏み入れた。……エヴァルトにしがみついたままだが。
「シンディはどうして墓地に連れて来たんでしょうか。そもそも、私達が追いかけてるのは……」
「マーゴットにしか見えていないあたり、本物のシンディ・オルテンかどうか怪しいな」
エヴァルトの言葉に、マーゴットの胸に恐怖とさえ言える不安が湧き上がった。
墓地という場所柄からか街灯は少なく、明かりも抑えられている。薄ぼんやりとしか照らさず、その光を受けているのは並ぶ墓石。美しく飾られた墓石が多いものの、夜の暗がりの中でぼんやりと光る様は恐怖しかない。
シンディはそんな墓石を気に掛けることなく、墓地の中を進んでいく。
そして、墓地の一番奥、周囲を美しい花に囲まれた一際立派な墓石の前で立ち止まっていた。
「シンディ……」
マーゴットが名前を呼ぶ。
今まではマーゴットが姿を見るやすぐさま道の角に消えてしまっていた彼女は、今はどこかに行く様子もなくじっと墓石を眺めている。
大きく立派な造りの墓石だ。美しい掘り込み、周囲を囲う瑞々しい生花、小まめに手入れをされて常に花を手向けられているのだろう。夜の暗がりであってもこの一区間だけは神聖さを感じさせる。
シンディはそんな墓石をじっと眺め……、
そして次の瞬間、ふわりとまるで煙のように消えてしまった。
「……えっ!?」
目の前に居たはずの人物が一瞬にして消え去り、マーゴットが声をあげた。
「どうした?」
「どうって……、今、シンディが消えて……。魔法を使ったんでしょうか」
姿を消す魔法や認識阻害の魔法、それらを組み合わせたのか
だがマーゴットの立てた仮説に対して、エヴァルトが首を横に振って否定してしまった。
曰く、魔法を使った痕跡は僅かにも感じ取れなかったらしい。シンディを追いかけている間どころか宿の部屋に居た時から、終始魔法の気配はない。
つまり、今起こっている状況には魔法以外の何かが関与しているという事だ。
信じられないものを見て動揺するマーゴットとは逆に、説明するエヴァルトは随分と落ち着いている。
「シンディ・オルテンはこの墓石を見つめていたんだな。それで、消えた」
「そ、そうですけど……、でも魔法を使った痕跡は無いって……。お師匠様も見ましたよね? シンディが煙のようにふわっと消えて……」
「マーゴット、落ち着いて聞いてくれ」
混乱するマーゴットを宥めるためか、エヴァルトがゆっくりとした口調で告げる。
それに対してマーゴットは胸騒ぎを訴える胸元をぎゅうと掴み、それでも彼を見上げた。
「俺は一度としてシンディ・オルテンの姿は見ていない。追いかけていた時も、彼女がここに立っていたという時も、俺には何も見えていなかったんだ」
はっきりと告げてくるエヴァルトの話に、マーゴットは小さく「え……?」と声を漏らした。
エヴァルトと、そして先程までシンディが居た場所を交互に見る。
確かにそこにシンディが立っていた。ようやく追いついた彼女は墓石をじっと見つめ、そして煙のようにふわりと消えてしまった。
彼女の痕跡は既に無い、だがマーゴットの記憶には確かに残っている。
だがエヴァルトは終始シンディの姿は見えていなかったという。ここに辿り着くまで一度として。
彼だけではない。ルリアとドニも見えていないと言っていた。結局、最初から最後まで、シンディの姿を見ていたのはマーゴットだけだ。
「そんな、どうやって……」
「理屈は分からないが、この墓石に関係があるのは事実だろうな」
回答を求めるようにエヴァルトが墓石へと近付いていく。彼にしがみついていたマーゴットもつられるように進み、墓石の前に立った。
特殊な石を使っているのか夜の暗がりでも微かに輝きを放っている。掘り込みは細かく華やかで芸術品のようだ。
「これは……、ルミニア家のお墓ですね」
墓石には大きくルミニア家の名が彫り込まれ、そして下部にはここに眠る個人の名前が記されている。
七人分、すべて女性。
生没年も記載されており、一番最近のもので没年が二年前、その次は五年前。どの女性も没年の差は数年だ。
「ステファン様の奥様達のお墓? でも名前が聞いていた名前と違う」
「結婚するために偽名を使っていた可能性があるな」
「偽名? どうして」
「理由は……。彼女達の生年に関係しているかもな」
「生年に? ……えっ!?」
墓石に記されている生没年。今は亡き女性達の生年を見て、マーゴットは驚愕の声を上げた。




