33:路地裏の窮地
「ドニ、どうするの?」
「あいつら追って来たわ。私の魔法で壁を……、でも魔法が使えるのを知られてるから、向こう側に回り込まれてるかも」
行く手を阻む壁は高く、飛び越えるための足場もない。
どうするのかと話している最中にも男達が道に入ってきた。「こっちだ!」と仲間を呼び寄せている。
このままでは……、とマーゴットが顔色を青ざめさせていると、ドニが「二人は奥へ」と告げると男達の方へと歩き出した。
彼の手にあるのは大振りのナイフ。狭い道ならば剣よりも小回りの利くナイフの方が良いと考えたのだろう。
「ここなら囲まれる心配もないし、背中を取られることもない」
「ドニ……」
「一対一に持ち込めば俺は負けない。ここで負けたら師匠に怒られるどころか破門だからな」
最後に冗談めかして笑って見せ、ドニが距離を詰めてくる男達へと向き直った。
彼の背中しか見えなくなりマーゴットの胸に不安が湧く。
だが不安に駆られて不要な事をしてはいけない。戦うと決意し『負けない』と宣言したドニを信じなくては。
そう自分に言い聞かせ、マーゴットはルリアと共に一歩下がった。
男達はマーゴット達を追い詰めたと考えたようで、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている。
だが細道だけあり列になるしかなく、並ぶ中の一人が「狭いな」とぼやくのが聞こえてきた。それを皮切りに、男達が面倒な所に逃げ込んだと不満を口にする。
「まぁ良いさ。少し手間取ったが、捕まえて連れて行けば金になるんだ」
先頭の男が結論付けるように話し、次いで手にしていた武器を構えるとドニへと切り掛かってきた。
他の男達は狭い道のため列になってそれを眺めるしかない。手を出せないことを歯痒そうにする者も居れば、「やっちまえ!」だのと煽っている者もいる。
……自分達が眺めるしか出来ない事こそドニの狙いだと気付かずに。
◆◆◆
「……凄い」
目の前で繰り広げられる攻防に、マーゴットはそんな場合じゃないと分かっていながらも感嘆の言葉を漏らしてしまった。
男達の動きは早く、持ち慣れた武器で躊躇いもなくドニに攻撃を仕掛けてくる。
その動きや致命傷を狙う動きから、彼等が相当の場数を踏んでいることは素人のマーゴットにさえ分かった。金で雇われた所謂ごろつきと呼ばれる輩だろうが、実力は確かだ。
だがそれ以上にドニは強い。迷いなく襲い掛かってくる刃を巧みに躱し、ナイフの刃で受け止め、それ以上の素早さと威力でやり返す。
一撃一撃は的確で、時には武器ではなく己の拳を使い、そして狭い場所を利用して壁に叩きつけたりと着実に男達を倒していった。
既に八人居た男達は半数に減り、今まさに戦っている一人がドニの足払いからの鋭い一撃に地面に倒れ込んだ。
これで三人。最後尾に着くリーダー格の男が苛立たし気にドニを睨みつけ……、だが何かに気付くと表情を一転させて笑みを浮かべた。
何かとマーゴットが疑問と嫌な予感を覚える。それとほぼ同時にリーダー格の男の背後に複数の人影が見えた。
何やら話している様子から見るに彼等の仲間だろう。声と人だかりで人数は分からないが、それでも片手の数以上は居そうだ。
予期せぬ敵の増援にドニが「げぇ」とあからさまに嫌そうな声をあげた。
さすがに五人を相手にした彼には疲れの色が見え、あちこちに傷を負っている。……もっとも、地に伏せている男達と比べれば軽傷とすら言えない負傷なのだが。
「仲間がいたのかよ……」
更なる追加はさすがに厳しく、ドニの表情が渋いものになる。
マーゴットもこの展開には不安が胸に宿り、魔法での援護方法や壁を超えて逃げる方法を考えた。
だがそんな考えが一瞬で掻き消えたのは、ドゴッ! という豪快な音と男の悲鳴が聞こえたからだ。
ドニが倒したわけではない。もちろん、ドニが倒されたのでもない。
その音と悲鳴は細い道の入り口、男達が邪魔をしてマーゴット達からは見えない場所から聞こえてきた。
「な、なに……?」
ただでさえ敵に増援が来て危機的状況だというのに、更に問題が起こったのか。
思わずマーゴットが不安で呟けば、寄り添っていたルリアも同じように眉根を寄せている。ドニが数歩後退って近付いてきたのは有事の際にマーゴット達を守るためだろう。
その間にも轟音が二度続き、男達の動揺が波のように細い道にまで伝わってくる。
リーダー格の男は警戒をドニからそちらへと移しており「なんだてめぇ!」と粗暴な怒声をあげた。
それに対しての返事はなく、再び音と悲鳴が聞こえる。
誰かが現れ、男達を倒してくれている。
それをマーゴットが理解すれば、今まさにその『誰か』が道の先に見えた。
「師匠!」
咄嗟に声をあげたのはドニだ。
道の先で男達を圧倒的な強さで倒していくのは、紛れもなく彼の師であるアーサー。その強さと言ったら無く、一撃で敵を倒しているそれも表情は苦も無くと言いたげに。
そうしてあっという間に増援を倒し、細道へと入ってきた。
リーダー格の男がナイフを構え……、だが見舞った一撃は華麗に避けられ、その倍は威力がありそうな一撃を喰らい更に壁に叩きつけられた。
痛いどころではなく、呻く間も与えられずに、おまけに用済みと言わんばかりに襟首を掴まれ後方へと投げ飛ばされる。
あまりの強さに残っていた二人も見て分かる程に怯み、あっという間にアーサーに倒されてしまった。
たった数分のことだというのに、戦況は一転し気付けば男達は一人として立ってはおらず、全員が地に臥せ大半が呻きすらしない
だというのに戦況を引っ繰り返した当人であるアーサーは呼吸一つ乱すことなく、倒した者達に一瞥すらせずにいた。
「細い道に誘い込んで一対一に持ち込むとはよく考えたな、ドニ坊」
「師匠、来てくれたんですね!」
安堵と共にドニがアーサーに駆け寄る。
それに対してアーサーが「俺だけじゃない」と背後を見るように促した。
道の入り口、そこに居るのは……。
「お師匠様!」
「先生!」
師の姿を見つけて、マーゴットとルリアが同時に駆けだした。
エヴァルトが「マーゴット」と呼んでくれる。それだけでマーゴットの胸にあった不安と恐怖が消え去り、安堵感が湧き上がる。
彼の目の前に立てば体の強張りが解れていくのさえ感じられた。
「マーゴット、無事でよかった。遅くなってすまない」
「いえ、大丈夫です。ドニが守ってくれたし。でもどうしてここに?」
エヴァルト達はどれだけ声を掛けても起きる様子無く、それどころかエヴァルトとロゼリアに至っては部屋に入ることすら出来なかった。
なのになぜここに居るのかとマーゴットが問えば、エヴァルトが説明しようとし……、
「私が説明するから、男二人はあいつらを捕縛しておいて」
ぐいとエヴァルトの肩を押すようにして現れたロゼリアに邪魔をされた。
「説明なら俺が」
「私に力仕事をさせる気? ルリア、マーゴット、話してあげるから邪魔にならないようにこっちに来て。ほら、ドニも」
マーゴット達を呼び寄せるロゼリアはまるで幼子相手の教師のようだ。
その有無を言わさぬ強引さにはエヴァルトも勝てないのか、「どうしてこの俺が」と文句を言いながらもアーサーと共に男達の拘束に取り掛かった。
それが面白く、思わずマーゴットが笑ってしまう。先程までの危険が嘘のようではないか。
◆◆◆
マーゴット達が宿屋を出てからしばらく、ロゼリア達は目を覚ましたという。
どうして今まで気付かなかったのかと疑問に思うほどの不穏な空気。悪夢を見た朝よりも激しい胸騒ぎ。
跳ね起きるや部屋を飛び出し、そして三人が通路で落ち合うのとほぼ同時に、宿屋の女性店員が驚いた様子で声を掛けてきた。
『お連れのお客様達から部屋の鍵を開けるように頼まれたんですが、合鍵でも開かなくて』
女性店員からマーゴット達が自分達を起こそうとしていた事、そして彼女達が既に宿屋を出ていってしまった事を知り、慌てて宿を飛び出したのだという。
「どこに行ったのか分からなかったけど、探している時にちょうどあの男達を見つけたのよ。作戦がどうの、依頼がどうのって話をしてたから、今回の件に絡んでいると思って後を着けたの」
「そうだったんですね」
「まさか私達が入国したことがバレてたなんて、オルテン家を甘く見てたわね。でもどうやって私達の邪魔をしたのかしら。部屋は扉に細工出来るとしても、起こさないようにするなんて魔法でも使わないと無理だわ。でも魔法を使えばエヴァルトが気付くはずよね」
「それなんですが……。あの男の人達とロゼリア様達が起きれなかったのは関係無いのかもしれません。もしかしたら、それとは別にシンディが関係しているのかも」
「シンディ・オルテン? 彼女はステファンの屋敷に居るんじゃないの?」
「いえ、私達はシンディを追いかけてたんです」
自分達もまだよく状況を把握できているわけではない。
それでもと今度はマーゴットが今に至るまでを話し始めた。




