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31:夜の異変

 


 夜の暗さ、二階という高さ、そして街灯の明かりが彼女を頭上から照らしているため顔ははっきりとは見えないが、間違いなくあれはシンディだ。

 なぜこんな所に居るのか。式を直前に控えた彼女を両親がみすみす一人にさせるとは思えないし、そうでなくとも、貴族の令嬢がこんな時間に一人で外にいるはずがない。


「シンディ……、どうしてそこに」


 咄嗟に大きな声で呼ぼうと考えたが、どこで誰に聞かれるか分からないと出かけた言葉を飲み込んだ。

 もしもシンディが誰にも言わずにステファンの屋敷を抜け出していたというのなら、ここで大声を出して周囲に気付かれてはまずい。

 そんなジレンマから、届くとも思えない声量で「今行くから、待ってて」と外に告げた。


 急いでルリアを起こす。

 寝ぼけていた彼女は「なに……?」と眠たげな声を出していたが、外にシンディが居ると知るや一気に目が覚めたのか跳ねるようにベッドから降りて窓へと駆け寄った。

 だがシンディの姿が見つけられないのか、目を細めて「どこ?」と不思議そうに尋ねてきた。


「ほら、あそこよ。道の角に……、あ、待って!」


 夜道に佇んでいたシンディはいつの間にか道の角へと移動しており、そのまますっと角を曲がってしまった。

 姿が見えなくなり途端に不安が胸に過ぎる。あやうく身を乗り出して窓から落ちるところだった。


「どこに行くつもりなのかしら……。もしかしたら誰かに着けられてるのかも。追わないと!」


 椅子に掛けていた上着を掴めば、ルリアが慌てた様子で「待って!」と呼んできた。マーゴットが一人で外に飛び出すと考えたのだろう。

 出来るならばそうしたい。直ぐに部屋を、それどころか宿を出てシンディを追いかけたい。

 だがシンディの考えも、そして外や彼女の周囲がどうなっているのかも分からない現状、迂闊な行動をしてはいけない。

 分かってると頷いて返す。まずはこの事態を全員で共有しなければ。


「私はお師匠様の部屋に行くわ。ルリアはロゼリア様の部屋に」

「分かった。起こしたらドニとアーサー様の部屋ね」


 単独行動は危険とはいえ、さすがに宿の中なら平気だろう。階は違えども同じ建物内なのだ。

 手早く行動を確認し、すぐさま部屋を飛び出した。



 部屋は全部で四部屋取っている。

 マーゴットとルリア、ドニとアーサーの二人部屋。そしてエヴァルトとロゼリアがそれぞれ一人部屋。

 マーゴットが向かったのは当初の予定通りエヴァルトが泊まっている部屋だ。扉を叩き、中に居るはずの師を呼ぶ。


「お師匠様! 起きてください、お師匠様!」


 時間を考えれば彼も既に眠っているだろう。

 遅い時間に通路で騒いでしまうのは他の宿泊客に申し訳ないが、さすがにそれを気にしている場合ではない。いくつかの部屋から何事かと宿泊客が顔を覗かせているが、何かしら起こっているのだと察して文句は言ってこない。

 だが他の客は起きてきたのに一向にエヴァルトからの返事がない。扉に耳を当てて中の様子を窺うも物音一つ聞こえず、ならばと魔法で連絡を入れてみるもこれにも返事は無い。


 おかしい、とマーゴットは妙な不安を覚えた。


 扉を叩き、名前を呼び、随分と騒がしくした。現に他の部屋の宿泊客達は起きてしまっている。魔法での連絡だって入れた。

 だというのにエヴァルトだけ起きてくる様子はない。

 ……まるで彼にだけ、マーゴットの声が聞こえていないかのようだ。


「どういうこと……?」

「マーゴット!」

「ルリア! それに、ドニも」


 名前を呼ばれて振り返れば、通路の先からルリアとドニがこちらに駆け寄ってきた。

 だが二人だけだ。ルリアが最初に起こしにいったはずのロゼリア、そしてドニと同室のアーサーの姿は無い。

 どうして二人だけなのかと問えば、揃えたように「起きなかった」と返してきた。


「マーゴットと分かれて、最初に先生の部屋に行ったの。でも声を掛けても全然起きなくて、おかしいと思ってドニとアーサー様の部屋に行ったのよ」

「ルリアに呼ばれて俺は直ぐに起きたんだ。でも師匠が全然起きなくて。それで、エヴァルト様は?」

「……こっちも同じ。ずっとドアを叩いて呼んでるんだけど返事も無いの。魔法で連絡を入れてみても駄目」


 ルリアとドニは直ぐに起きた。それどころか他の宿泊客達さえも騒動で起きてきた。だというのにエヴァルト達だけが起きないというのはおかしな話ではないか。

 ルリアとドニもこの事態を異常と考えているようで、深刻な表情で顔を見合わせている。


 もしかしたら、外に居たシンディと関係があるのかもしれない。

 そう考えるのとほぼ同時に「どうしました?」と声を掛けられた。

 訝し気な表情でこちらに歩いてくる女性。宿屋で働いている女性だ。今は階下の飲食店で給仕をしていたのか、宿の制服にエプロンを着けている。彼女もまた騒々しさに気付いて様子を見に来たのだろう。


「騒いでごめんなさい。私達、この部屋に泊ってる人を起こそうと思って。でもどれだけ声を掛けても起きてこないんです」

「中で何かあったんでしょうか?」

「分からないんです。でも、他にも一緒に来た人たちが起きてこなくて。部屋の合鍵はありますか?」

「はい。鍵なら予備のものが」


 宿屋に来た時の事を怯えていてくれたようで、宿屋の女性はマーゴット達を怪しむことなく同行者だと直ぐに判断し、「今持ってきます」と踵を返して去っていった。

 その言葉の通り、すぐさま彼女が戻ってくる。鍵束を持って。

 これで部屋の中に入れる。そうマーゴットが安堵するも、その安堵は抱くや否や「え?」という宿屋の女性の声に掻き消された。


「鍵が……。鍵穴には入るのに」

「開かないんですか?」

「はい。でも鍵穴には入るから、鍵を間違えてるわけでは無いんです。ドアが壊れてるわけでも無さそうだし」


 だというのにドアが開かない。

 不思議そうに話しながら試す女性の傍らで、マーゴットはルリア達と顔を見合わせた。


 やっぱりおかしい。

 嫌な予感がする……。


「あの、もう一部屋開けて欲しいんです。そっちに一緒に来てもらっても良いですか?」

「わかりました」

「私とルリアでロゼリア様のところに行ってみるから、ドニはもう一度アーサー様を起こしてみて」


 マーゴットが今後の事を決めれば、ドニが了承すると同時に自分達の部屋へと足早に戻っていった。



 エヴァルトの部屋と同様、ロゼリアの部屋もなぜか開かなかった。

 こんな事は前例がないと宿屋の女性が困惑する。

 そのうえ、戻ってきたドニはアーサーを連れてはおらず、マーゴット達と合流するなり「駄目だった」と首を横に振るのだ。曰く、何度名前を呼んでも、揺すっても、アーサーは眠り続けていたという。

 もしかしたら、仮に部屋に入れてもエヴァルトもロゼリアも同じ状態かもしれない。


「師匠は何もない時は起こすのが面倒なくらいだけど、異変があると気配で察して直ぐに起きる人だ。それなのに、これだけ呼んでも起きてこない。部屋の鍵のこともあるし異常としか考えられないよな」

「そうね。……多分、外にいるシンディに関係してるんだと思う。行ってみましょう」


 異常としか言えな状況下、師の助力も期待できない。

 だが行くしかないとマーゴットが決意すれば、ルリアとドニも同感だと頷いた。




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