30:妹からの返事
時にテディア国について話しながら、時に普段通り他愛もない会話をしながら、ロゼリアとアーサーの戻りを待つ。
そうして日が落ち夜と言える時間になる頃、室内にノックの音が聞こえてきた。
二人が戻ってきたのだ。
エヴァルト達と話すことで落ち着きを取り戻していたマーゴットの胸に、途端に緊張が舞い戻ってくる。
「ロゼリア様、アーサー様、ありがとうございました。あの、何か問題は」
入ってきた二人にマーゴットが駆け寄るように声を掛ければ、ロゼリアが問題は無かったと答えてくれた。
宿を出てステファンが住む屋敷へと向かい、身分を偽って中へ入る。周囲には気付かれないようシンディにのみ接触をし、彼女が一人になったところで事情を話してマーゴットからの手紙を渡す。
一連の役目を終え、シンディ以外の者に素性を知られることはなく屋敷を抜け出せたらしい。その手腕は流石の一言に尽きる。
「シンディとステファンの結婚式は二日後に執り行われるらしいわ」
「二日後……!?」
ロゼリアの話にマーゴットが驚いて声をあげた。
シンディからの手紙にはステファンとの結婚が決まったとだけ書いてあった。まさかそれが二日後に迫っていたなんて……。
だが考えてみれば、シンディが出した手紙は直接マーゴットの元に届いたわけではない。そもそも『マーゴット』という名前さえシンディは知らなかったのだ。
伝手を頼り、僅かな情報を手繰り寄せて、そうやって人から人へと託された結果ようやくマーゴットの元に届いたのだから、日数は相当要しただろう。
待たせてしまった事への罪悪感が募る。
だがそれはすぐさま『間に合った』と考えを改めることで胸の内に押し留めた。
今は後ろ向きに考えている場合ではない。結婚が二日後に迫っているとはいえ、まだ結婚してしまったわけではないのだ。
「彼女、マーゴットが来ている事を知って涙ぐむほど喜んでたわ。無事で暮らしていて良かったって、そう何度も言ってた」
「そうだったんですね……」
「手紙の返事も書いてくれたわ。といっても、時間が無かったからちゃんとしたものじゃないけど」
ロゼリアが三つ折りにされた便箋を手渡してくる。
シンディからの返事を口頭で預かるよりもと考え用意してくれていたらしい。こういった咄嗟の機転と細かな気配りはさすがロゼリアである。ドニとエヴァルトが感心すれば、ルリアが誇らしげに「さすが先生」と褒めた。
それを横目に、マーゴットはロゼリアに感謝を告げると共に便箋を受け取った。
手紙の文面はまたしても謝罪から始まっていた。
突然の連絡を詫び、自国まで来させてしまった事を詫びる。その文面からはシンディの罪悪感がこれでもかと伝わってきて、同時に、縋る相手がマーゴットしか居なかった事が分かる。
友人は居ただろう。親身に話を聞いて、この婚姻を非情だと感じて憤ってくれる人も居たはずだ。
だがオルテン家の侯爵家という立場がそれを許すまいとしていたに違いない。とりわけ相手は公爵家。社交界の上位にあたる家同士の結婚ともなれば容易に口を挟めるものではない。異論を唱えるなどもっての外。
だからこそ社交界から去ったマーゴットに助けを求めたのだ。
綺麗な文字は、そんな己の考えを身勝手だと綴って詫びている。
「式は明後日の午後から始まるそうです。明日の夜には一人になれる時間を作るって書いてありました」
手紙を読み終えたマーゴットが内容を要約して話す。
元よりシンディはマーゴットが来ている事も知らなかったのだ。突然手紙を貰い、事態を理解しきれぬままにそれでもと考えたのだろう。
「結婚が不本意だという事は誰もが分かっているはずだ。となれば、シンディ・オルテンが逃げないように常に誰かしらが側に居るだろうな。特にオルテン家夫妻は前例があるから猶更、みすみす逃げるチャンスを与えたりはしないだろう」
エヴァルトが言う『前例』とは言わずもがなマーゴットの事だ。
呪われた女児の双子、災厄を招く前に殺すべきだった娘、それが夜中に忽然と姿を消してしまった。
それがあるからこそオルテン家夫妻はやすやすとシンディを一人にはしないだろう。同じ轍は踏むまいと常に見張っているはずだ。
「どうにかしてシンディを逃がさないと……。でも公爵家の結婚が絡んでる以上、私の時みたいに上手くはいかないし、逃げられたとしても今度こそオルテン家は形振り構わず探し出すはず」
「形振り構わずって言うなら、シンディお嬢様のご友人にも迷惑が掛かるかもしれないな。侯爵家の権威を使って他家を巻き込んで、シンディお嬢様が罪悪感に駆られて戻ってくるのを待つ。……それぐらいやりかねないかもしれないぞ」
「そうね。それにもしも『公爵家の嫁が式直前に攫われた』なんて話にされたら国家間の問題に発展するわ。穏便にとまではいかなくても、こちらの非にならないように進めないと」
マーゴットがルリアとドニと話し合う。
二人の話はどれも可能性としては有り得るものだ。己の両親ながらそれぐらいやりかねないと考えてしまう。
ちなみにマーゴットがルリアとドニと話し合っている横では、同じようにエヴァルトとロゼリアとアーサーが話し合っていた。
もっとも、彼等の内容は……、
「式の最中に乱入して台無しにするのはどうだ。『結婚式』って言葉を聞くたびに思い出すぐらいの大惨事にすればオルテン家も二度と娘を結婚なんてさせないだろ」
「有りだな。どれだけ警備を敷いてようが俺が全部蹴散らしてやればいいわけだし、一番手っ取り早い方法だ」
「それなら事前に式の段取りを把握しておかないと駄目ね。誓いの言葉の直前にぶち壊しましょう」
という、些かどころか随分と荒々しい内容である。
これにはマーゴット達も話し合いを止め、なんとも言えない表情で各々の師を見つめた。
こちらもこちらでやりかねない、そんな思いがマーゴット達の胸に過ぎる。
エヴァルト達は各々の弟子のためにこの地にいる。……そのためだけだ。
もちろん『弟子の親友』は大事に考えており、有事の際には守りそのために戦ってはくれるはず。
普段はドニに対して意地悪な態度を取るエヴァルトだって、仮にドニが危機に陥れば助けるだろう。ルリアに対しても同様。ロゼリアとアーサーも同じである。
だが他の者達、それもテディア国の国民に対してはと言えば……、正直なところ『どうでも良い』というのが彼等の考えなのだ。それを隠そうともしないあたりが彼等らしい。
「お師匠様達を自由にさせちゃ駄目ね。協力してもらっている恩はあるけど、それはそれこれはこれで対応しないと」
「俺、いざとなったら師匠を止められるかな……。いやでもあの人が本気で戦ったらそれだけで国家間の問題になりかねないし、いざとなったら俺が止める……!」
「先生まで物騒な話をしてる……。これはエヴァルト様とアーサー様に感化されてるんだわ、普段は知的で落ち着いた方なのに」
マーゴット達が師の暴走を危惧し、とりあえず彼等だけの話し合いを止めねばと物騒な会話に加わった。
◆◆◆
『式の最中に乱入して台無しにする』というエヴァルトの案をそれとなく却下し、ひとまず今夜は就寝となった。
明日の日中に具体的な作戦を練り、夜にシンディと落ちあって作戦を伝える。その場で彼女を保護し、翌日の式を出来るならば中止させ、そこまでいかずとも延期させる。
とにかく時間を稼ぐのだ。その間にルミニア家に事情を説明して納得してもらう。
「それが駄目なら……。でもあまり大事にしたら他の人に迷惑が掛かるかもしれない。シンディだってそんなことは望んでないはず。一番良い方法を見つけないと」
夜。既に窓の外は暗くなり、月が真上を過ぎた深夜と言える時間帯。
マーゴットは一人椅子に座り考え込んでいた。テーブルにはシンディからの手紙。読むたびに胸が痛くなる。
室内にはルリアも居るが、彼女は既に眠っている。
二人一部屋の割り振り。ルリアとは同じタイミングで布団に入ったのだが、どうしても寝付けずに起きてしまったのだ。夜更かしをしている場合ではないと分かっていても睡魔は一向に訪れず、一人で起きているとあれこれと考え込んでしまう。
それがまた眠気を追い払い、体は疲れているのに頭だけは活性化して考えが湧き上がる。かといって名案は浮かばないのだから悪循環だ。分かっていても眠れない。
そして眠れない原因の一つに、胸の内の靄が再び戻っているのもあった。
皆と話している時は靄は消えさり、各自部屋に戻りルリアと過ごしていた時も靄は舞い戻ってくる事は無かった。
だが寝ようとすると途端に胸の内が渦巻き始めたのだ。まるで睡魔の代わりのように。睡魔と違い寝かせまいと、体が鉛のように重くなり、胸を圧迫されているような息苦しさが付き纏う。
「これが伝承の正体。呪いなんて有り得ないと思ってたけど、まさか魔力が原因だったなんて。私もちゃんと知っておかないと」
エヴァルトが研究所に話をつけて調べると言っていたが、それに加わらせて貰おうか。研究所員達に比べれば知識はまだまだだが、自分は献体にもなれるのだから役に立てるはず。
研究を進め、対策を考え、そうして証明された研究結果を手に「呪いなんて馬鹿々々しい」と鼻で笑い飛ばしてやるんだ。
そんな事を考えて胸の内の靄を掻き消そうとし……、
ガタンッと聞こえてきた音に驚いて肩を震わせた。
「……窓?」
見れば、閉めたはずの窓が開いている。
建付けが悪かったのか、それとも風が強いのか、眠る前に確認はしたがきちんと閉めていなかったのか。
そんな事を考え、マーゴットはルリアを起こさないようにそっと椅子から立ち上がり窓へと近付き……、
「……シンディ?」
窓の外、暗い夜道に立つ一人の少女の姿を見つけた。




