30:師を動かす唯一の弟子
【女児の双子は呪われている。
片方は家に栄光をもたらし、片方は家に災厄をもたらす】
テディア国に古くからある言い伝えだ。
殆どの者は馬鹿な迷信だと鼻で笑い飛ばすだろう。だが一部の者はいまだにこの話を信じている。
マーゴットの両親であるオルテン家夫妻も後者である。
両親の事を思い出せばマーゴットの口から溜息が漏れる。胸の靄がまた重みを増した気がした。
「元々、双子は高い魔力を持って生まれてくる傾向にある」
「そうなんですか?」
「必ずと言うわけではないが、特に女児の双子となるとその確率が高い。これは研究所や各機関も把握しているし、テディア国に限った事じゃない。専門に研究をしている機関もある。当然だが呪いなんてものじゃない」
先程までのエヴァルトの口調は歯切れの悪いものだったが、呪いを否定する口調ははっきりとしている。
それどころか声に若干だが怒りの色を込めているのは、自分達の知識不足を棚に上げて罪のない子供に『呪い』等と言うレッテルを貼ったことへの侮蔑があるのだろう。
魔導師だからこそ猶の事、自分の分野での浅はかかつ他者を害する行為が許せないのかもしれない。
「女児の双子は高い魔力を持ち、それもどちらか一方に魔力量が偏ることが多い。これもきちんと研究されている事だ。だがテディア国はそれすらも馬鹿げた言い伝えで片付けて、理屈も何も調べようともしなかったんだろうな」
エヴァルトは魔導師であり、同時に魔法の研究をしている。そんな研究員としての憤りもあって苛立ちを交えて話すエヴァルトに、ルリアが「この国は魔法を重要視しないんです」と注釈を入れた。
「私も少し魔法が使えますが、一部の親戚からはあまり使わない方が良いとまで言われてました。嫌悪という程ではないんですが、古い技術として軽視している感じで……」
「調べたところテディア国は昔から魔法の発展が遅かったらしい。そもそも土地自体が魔力と相性が悪いのかもしれない。そのせいで他国に遅れを取り、そんな歴史から根底で魔法を恨んでいるのかもな」
エヴァルト曰く、魔法を避け、独自の技術や文化を育む国は珍しくないという
だが流石に古くからの言い伝えを信じて魔力を持つ者を迫害する国は他には無い。
「相性の悪い土地に居続けて魔力の循環を鈍らせたままで居れば、いずれ魔法の暴発を起こしかねない」
「暴発?」
「魔法の発動を本人も抑えきれない状況だ。質が良く魔力量が多いほど魔法の威力も大きい、それが暴発するとなればどうなるか。しかも本人が魔法の知識も無いとなると止めようがない。これがきっと『呪われた女児の双子、片方は災いを招く』という迷信の真相だろうな」
女児の双子、その片方は高い魔力を有して生まれてくる。
だがテディア国は昔から魔法を軽視しており、そのうえ土地が悪く魔力の循環を鈍らせてしまう。
それでも迷信を信じず娘を大事にする親ならば、娘の魔力に気付いて相応の知識を与えたり、魔力の循環が鈍って体調を崩せば改善策を求めるだろう。暴発まではいかないはずだ。
だが迷信を信じ『呪われている』と判断し娘を蔑ろにすれば、魔法が暴発し、本人すらも止められない悲惨な結末を招く。
それが災厄だ。
ゆえに十二歳になる前に殺さなくてはと迷信で語り継がれていたのだろう。
十二歳というのは魔力の暴発が起こるタイミングか、もしくはその年代から魔力の循環が鈍り始めるのか……。
「私も……、そうなりかけていたんですね」
マーゴットが自分の体をぎゅうと抱きしめた。
今まで迷信を馬鹿げていると鼻から信じていなかったが、まさかそんな真相があったなんて……。
災いを招くわけがないと意地になってテディア国に残っていたらどうなっていたか。想像するだけで不安が湧き、体の中で渦巻く靄が濃くなる。
この靄こそ魔力の循環によるものでいずれ魔法の暴発を引き起こすのだと考えれば、自分自身が恐ろしくなりそうだ。
だがそんなマーゴットの不安を打ち消すように、エヴァルトがはっきりと「馬鹿げた話だ」と言い捨てた。
「何も調べず対策もせず『呪い』なんて言葉で考えることを放棄するなんて愚の骨頂だ。そもそも、こんなに可愛いマーゴットが呪われているなんて有り得ない」
「お師匠様……」
「安心しなさい。戻ったら直ぐに魔法研究所に連絡をしてテディア国に調査を依頼しておく。きちんと研究結果として発表すれば迷信を信じていた者達も納得するだろう。『女児の双子は呪われている』なんて、誰も二度と言い出しはしないさ」
真相を説明している時こそエヴァルトの声には苛立ちの色が混ざっていたが、マーゴットを宥める時には穏やかで優しい声に変わっている。
後押しのように顔を覗き込み「俺を信じて」と告げられ、マーゴットは胸の内の靄が緩やかに消えていくのを感じた。
こくりと頷いて返せばエヴァルトが目を細めて優しく微笑む。
「お師匠様は凄いですね」
「俺が? まだ何もしてないだろ」
「この国にある迷信について、魔力の循環が原因だってすぐに気付けたじゃないですか。ヴィデル国に戻ったあとの事も考えてて、だからやっぱりお師匠様は凄いです」
「そうかな」
エヴァルトが満更でも無さそうに笑うと、次いで彼はマーゴットの頭を撫でながら「それならマーゴットも凄いな」と褒めてきた。
これにはきょとんと目を丸くさせてしまう。
今までの話の流れでいったいどうして自分まで凄いと褒められるのか。
そんなマーゴットの疑問にエヴァルトが笑みを強めた。
「確かに俺は凄い。研究所だって俺が声を掛ければすぐに動くはずだし、なんだったら俺が直に研究しても良い。そうすればあっという間だ。研究成果の発表だって、俺が元になれば国が動くはず。うん、やっぱり俺は凄い」
「自画自賛っぷりも凄いですね」
「可愛い弟子が褒めてくれるんだから、それに乗らないわけがないだろ。それで、そんなに凄い俺を動かせるんだからマーゴットもやっぱり凄いって事になる」
どことなく悪戯っぽい笑みを浮かべてエヴァルトが言い切るが、マーゴットは相変わらず目を丸くさせたままだ。
だがそんな二人のやりとりに楽し気な笑い声が割って入ってきた。会話を聞いていたルリアとドニだ。
彼等は先程まで暗い顔をしてマーゴットを案じていたが、今は楽しそうに笑い声をあげている。ルリアが細い指先で目尻を軽く拭って、震える声で「そうね」とマーゴットに話しかけてきた。
「これだけ凄いエヴァルト様がマーゴットのためだけに動くんだもの、やっぱりマーゴットは凄いわ」
「そうそう。世界中探したって、エヴァルト様を働かせられるのはマーゴットだけだからな」
上機嫌な二人に告げられ、目をぱちくりとしていたマーゴットはしばし呆然とし……、そしてふっと軽く息を吐くと同時に彼等に続くように笑いだした。
魔法研究所の上層部から依頼が来た事を思い出す。
『エヴァルトが会議に積極的に参加するようにしてくれ』
そんな依頼だ。マーゴットからしたら首を傾げてしまうような依頼内容で、結局アップルタルトを焼くだけで簡単にこなせてしまったが、研究所の所長達からはたいそう感謝された。次も是非と念を押され、おまけに追加報酬まで貰っている。
あの時も、ルリアには『マーゴットにしか出来ない依頼』と言われた。
「そうね。世界に名を馳せる魔導師様が私の為に……、私の為だけに動いてくれるんだもの、これってやっぱり凄い事よね」
二人の言い方に乗るようにしてマーゴットが答えれば、ルリアとドニがその通りだと頷く。それどころかエヴァルトさえも満足そうに頷いているではないか。
次いでエヴァルトは窓辺へと近付くと少しだけ身を乗り出して外を眺めだした。夜風が彼の髪を揺らす。
「ロゼリアとアーサーはそろそろステファンの家に着いたかもな。あの二人なら上手くやってくれるだろ」
「そうですね。ロゼリア様とアーサー様なら心配は不要ですね」
マーゴットが返せば、ルリアとドニがもちろんだと続いた。師への信頼が現れた誇らしげな表情だ。
彼等が断言するのも当然である。変装や潜入に関してロゼリアの右に出る者は居らず、仮に危険な状況に陥ってもアーサーに勝てる者は居ない。
エヴァルトが魔法という分野で世界に名を馳せるように、二人もまた、自分達の得意とする分野においては他者の追随を許さぬ実力の持ち主なのだ。
そんな二人が失敗するわけがなく、仮に何か予想外の出来事があっても対処できないわけがない。
そうルリアとドニが己の師を誇れば、エヴァルトも同感だと頷いた。
次いで彼が笑みを強めて二人を見る。
「そんな二人を動かせるんだから、ルリアとドニも相当だと思うぞ」
窓辺に腰掛けこちらを向き、エヴァルトが笑う。
この言葉に今度はルリアとドニがきょとんと目を丸くさせた。
だがマーゴットだけはすぐさまふっと笑みを零し、それどころか耐え切れないと笑い声をあげてしまった。
先程までは自分に対して「あのエヴァルト様を動かすんだから凄い」と言っていた二人が、自分達の事となると途端に虚を衝かれたような表情を浮かべているのだ。
それが面白く、そしてさっきまでは自分が彼等のような表情をしていたのかと思えばよりおかしく思えてくる。
「確かに、あの二人を動かせるのもルリアとドニだけですね」
「そうだろ? なんだか俺だけが人見知りみたいに言われてるけど、あいつらだってよっぽどだからな。以前の二人を知ってる人が今回の件を聞いたら、驚くか、偽物を疑うかもしれない」
それほどまでなのだとエヴァルトが話せば、ルリアとドニが気恥ずかしそうに顔を見合わせた。
笑われる側に回る居心地の悪さ、だがそれ以上に『師が自分のためだけに動いてくれている』という事実が嬉しいのだろう、満更でもない表情だ。
それもまたマーゴットを笑わせた。
嫌な思い出しかない故郷。
そこに居るというのに気分は晴れやかで、不安も胸の内の淀みもすっかりと消えていた。




