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29:母国の土地

 

 マーゴット達の母国、テディア国。

 大陸にある国の一つで、とりわけ栄えているというわけではないが、さりとて小国という程ではない。程よく繁栄し、そしてこれからも更なる繁栄の道を辿るであろう国だ。

 オルテン家があるのは国の中央。だが今オルテン家の者達はステファン・ルミニアが住む田舎にいると聞き、そちらへと進路を変えた。


 マーゴットが僅かに安堵したのは、オルテン家の屋敷に戻らずに済んだからだ。

 もっとも家族と対峙する事には変わりはない。それでも、嫌な思い出ばかりの屋敷に戻るより見るもの全てが新しい田舎町の方が気分が晴れる。


「田舎になるとどこの国もそう変わらないな」


 とは、田舎町の景色を眺めながら歩くアーサーの言葉。

 覚悟の上なのか、それとも根からの性格か、彼はテディア国に着いてもなおあっけらかんとした言動である。彼だけを見ればまるで観光ではないか。

 見兼ねたエヴァルトが「お前なぁ」と溜息交じりにアーサーを呼んだ。


「その緊張感のない態度、どうにかならないのか」

「緊張感が無かろうといざという時に戦えれば良いだろ」

「確かにそうだが、少しぐらいは深刻な空気を出してみろ。そもそもこの旅でよくまぁあれほどグースカ眠れるな。下船の五分前まで寝るなんて信じられん」

「あれは確かに寝てた俺が悪いんだが、さすがにもう少し早く起こしてくれよ」


 エヴァルトの不満にアーサーも言い返す。

 そんな二人のやりとりにやれやれと言いたげに露骨に溜息を吐いたのはロゼリアだ。「まったく男達は」とはっきりと口にする。


「男部屋は優雅さがなくて嫌ね。その点、私達の朝は快適だったわ。三人で外の席で朝食を取ったの。朝の海は輝くように綺麗で、風は気持ち良くて、朝食も美味しい。最高の朝ね」

「なんだそれ、聞いてないぞ。アーサーはともかく俺もドニも起きてたんだから、声を掛けてくれても良いじゃないか」

「嫌よ。せっかく女だけの優雅な時間なんだもの」


 歩きながら話すエヴァルト達は相変わらずだ。

 アーサーに対して緊張感がどうのと訴えているエヴァルトでさえ、ロゼリアの話を聞いて「ずるい」なんて子供じみた事を訴えている。ロゼリアはこの訴えに余裕の笑みでコロコロと笑い、アーサーに至っては「朝食も昼食もくいっぱぐれた」と文句を言っている。

 この会話の緊張感の無さと言ったら無い。アーサーだけではない、エヴァルトとロゼリアだって同類だ。


 ……もっとも、これは各々弟子を気遣っての事だ。


 テディア国に着いてからマーゴット達は気分が沈み、会話も碌に出来ずに居た。

 田舎町だけあって故郷らしい面影はあまりない。どちらかと言えば自分達が住む町マレールに似ている。自然溢れる長閑な景色と緩やかな光景は、これが只の旅であったならきっと心を癒してくれただろう。

 だけどやはり、ここは母国なのだ。そう考えるだけで胸の内に鉛のような重さが纏わりつく。

 とりわけマーゴットはこの土地に降り立ってから言いようのない違和感を覚えていた。胸中は落ち着かず、ルリアとドニに案じられても力無く「大丈夫」と返すだけがやっとだ。そのルリアとドニの声にも覇気がない。


 エヴァルト達はそんな弟子達を案じ、他愛もない会話をして気を紛らわせようとしてくれている。

 現に暢気な会話をしつつもエヴァルトはマーゴットの隣から離れず、ロゼリアも同様。普段は素っ気ないどころか意地の悪い態度を取るアーサーでさえ、弟子の歩調に合わせて歩いているのだ。


 その気遣いを有難いと思う。

 だからこそマーゴット達も彼等の会話に対して「お師匠様ってば」とぎこちないながらも笑って返した。



 ◆◆◆



 ステファンが住む屋敷がある村から少し離れた町。そこにある宿屋で部屋を取った。

 一階は受付と飲食店を経営し、二階・三階を宿泊用の部屋にする。どこにでもあるような宿だ。

 ここから更に進むと宿泊施設は途端に少なくなり、同時に宿泊客は珍しがられる。

 滅多に人が来ない田舎に六人の宿泊客ともなれば否が応でも目立ち、田舎特有の情報網で話が広がりかねない。ステファンに、それどころかオルテン家の者達にまで気付かれてしまう恐れがある。

 ゆえに、まだ宿泊客がそこそこにいる田舎町に宿を取る事にしたのだ。幸いこの町は小さいながらに商人達の行き来が多いようで、それを目当てに立ち寄る旅客も多いという。紛れるには適している。


「それじゃぁ、行ってくるわね」


 そう告げたのはロゼリア。

 今の彼女は目深に赤いローブを被っている。ローブには金色の刺繍が施されており、更に両腕や胸元には金を基調とした装飾品。彼女が動くたびに全身が煌びやかに輝いている。

 普段の長い髪とは違い、今は肩口で切り揃えられた黒一色の髪型。言わずもがなウィッグである。

 その姿に普段のロゼリアらしさはない。変装なのだから当然だ。それでいて豪華な装飾を着ける事で変装らしさを消している。


 ロゼリア曰く、下手に地味に徹して身を隠すよりもある程度の装飾を纏った方が人の目を欺けるらしい。

 とりわけ今の彼女はヴィデル国らしからぬ装いをしており、更にはエヴァルトの認識阻害の魔法も掛けられている。周囲の目には『旅行に来た異国の女性』としか映らないだろう、それもヴィデル国以外の国だ。


「ロゼリア様、本当なら私が行かなきゃいけないのに、申し訳ありません」

「良いのよ。こういうのは得意だから任せて」


 手間を掛けさせたことをマーゴットが詫びれば、ロゼリアがパチンとウィンクと共に返してきた。


「顔も割れていない、警戒もされていない、そもそも私達がテディア国に来たのも知られていない。そのうえエヴァルトの認識阻害の魔法付き。これなら公爵家どころか王宮にだって潜り込めるわ。試しにテディア国の王宮に潜り込んで、機密情報の一つでも取ってこようかしら」

「ロ、ロゼリア様、そんな事しなくて大丈夫です。シンディに手紙を渡してくれるだけで十分ですから」

「冗談よ。それぐらい私には楽ってこと。それにいざとなったらアーサーを置いて逃げるから安心して」


 あっさりと悪びれることなくロゼリアが言い切る。

 これに対して「ひでぇ言い草だな」と文句が聞こえてきた。

 もちろんアーサーである。彼は紺色のローブを被り銀色の装飾品を纏っている。ロゼリアの変装に合わせているのだ。髪型も髪色も普段と違う。

 二人並ぶ姿は美しくまさに異国の美男美女だ。それでいて普段のロゼリアとアーサーらしさはない。

 さっとローブを脱ぎ捨てウィッグを外せば一瞬にして印象を変えてしまうだろう。


 そんな二人はさして緊張する様子もなく、「それじゃ行ってくるわね」「エヴァルト、ドニ坊、留守は頼むぞ」と告げて部屋を出ていった。



 パタン、と扉が閉まり、マーゴットは深く息を吐いた。

 自分の都合でここまで着いてきて貰ったうえに面倒事を頼んでしまった。いくらロゼリアとアーサーが適任とはいえ、迷惑をかけてしまった事に心労が募る。

 ……妙に募る。いや、心労だけではなく体力的な疲労も。テディア国に着いてからだろうか、心も体も重い。

 力無く椅子に腰掛ければ、いち早く気付いたエヴァルトが案じるように名前を呼んできた。


「マーゴット、大丈夫か?」

「なんだか少し疲れちゃったみたいです」


 マーゴットが溜息交じりに返し、ルリアが用意してくれた暖かなお茶を感謝と共に受け取った。

 ゆっくりと口を付ける。美味しいお茶だ。……だけどそれを飲んでも披露は癒えない。むしろ普通のカップすらも重く感じ、持ち上げるだけで疲れてしまう。

 そんなマーゴットを見つめ、エヴァルトが「これは」と呟いた。


「……魔力の循環が鈍ってるな」

「魔力が?」


 エヴァルトの言葉に、マーゴットはカップを両手で持ちながら首を傾げて尋ねた。

 魔力は体内にあるもの。目には見えず、魔法を使うと消費し、そして時間と共に回復する。

 たとえるならば体力に近いだろう。もっとも体力と違い魔力には根本の質に差があったり、そもそも魔力を持たない者がいる。そっくり同じとは言えないが、目に見えず、消費したら回復させるという点では似たようなものだ。


 マーゴットは質の良い魔力を宿しており、それも魔力量は魔導師の中でも秀でている。

 その循環が鈍っているとは……?


「極稀に、一定の条件下で魔力の循環が鈍る事があるんだ。それも魔導師によって条件が変わるし、そもそもが滅多にない事だから、さすがの俺も明確に判断は出来ないんだが」


 説明するエヴァルトの口調は歯切れが悪く、どう判断するべきか迷っているのが分かる。

 彼ほどの人物が断言出来ないのだからよっぽど珍しい状態なのだろう。曰く、殆どの魔導師は無意識にその状況を避けるため、前例が非常に少ないのだという。


「きっとマーゴットにとってはこの土地そのものが相性が悪いんだろう。……もしかしたら、これが『呪われた女児の双子』が『災いを招く』とまで言われた所以かもしれない」


 眉根を寄せて渋い表情で告げてくるエヴァルトの話に、マーゴットは「え……」と小さく声をもらした。


 胸の内で濁った靄が渦巻いているような不快感。

 外の空気を入れるために開けた窓から生温い風が入り込んでマーゴットの頬を撫でた。



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