24:掃除を終えて
アーサーの家は物が散乱している。場所によっては足場も無いほどだ。
しかもその足場を無くしているものが、仕事の報酬がたっぷり入った袋だったり高価な石や貴金属、果てには滅多に見つからないと言われている稀少な砂なのだ。気軽に箒で掃いてちりとりで掬ってゴミ箱へ……ともいかない。
なので散乱しているものを種類別に分けて、都度アーサーに処分について聞く。
彼からの返事は常に「売れそうなら売って飯でも食うか好きなもん買ってくれ」である。何から何まで大雑把なあたりが彼らしい。
そんな家主の無頓着さのおかげもあって、家の中は散々たる状況だが掃除自体はさくさくと進んだ。
昼食を取ることも出来たし、何度か休憩も出来た。スカイが求めていた書類も見つかり、彼は感謝と「後日改めてお礼をさせてください」という言葉を告げて帰っていった。
感謝の度合いが妙に深いのは、それほど重要な書類だからと、そしてアーサーの家の惨状とマーゴット達の片付けの迅速さを目の当たりにしたからだろう。
そうして無事に掃除を終える。
三人掛かりで朝から掃除をしたおかげで家の中は見間違えるように綺麗になった。疲れはしたが、気持ち的には爽快感と達成感が胸をしめる。
「アーサー様、もう散らかさないでくださいね。と言っても無理だと分かってるので、せめて少しでも長持ちさせてくださいね。せめて一ヵ月ですよ」
「分かってるって、マーゴットの嬢ちゃん。次は一ヵ月は持たせてみせる」
「アーサー様、これ本当に貰っていって良いんですか? この石もネックレスも、売れば相当の金額ですよ?」
「適当に売って三人で分けてくれ。元々追加報酬だの何だので貰ってるようなもんだからな、うちにあっても宝の持ち腐れだ」
マーゴットとルリアに対して返すアーサーは、例えるならば気さくな兄といった様子である。
だいぶ大雑把な性格でドニに対しては意地の悪い師だが、他人に、それも年下の女性であるマーゴット達に対しては優しい性格なのだ。
もっとも、マーゴットとルリアを労いつつもドニに対しては「一週間ぐらいしたら様子を見に来い」と命じているあたりは相変わらずだが。
それでも三人で夕飯でもとお金を出してくれるので、優しさが分かりやすいのか分かりにくいのか微妙なところである。
そうしてアーサーから貰ったお金で夕食を済ませ、それぞれ自宅へと帰る。
明日の集合はギルドではなく辻馬車の乗り場だ。今日アーサーの家から発掘された石や貴金属を換金するため大きな街へと向かう。
「せっかくだから美味しいもの食べましょうね。パフェ、ジェラート、クレープ……。お昼はどこかお店に入る? それとも食べ歩き? 想像するだけでお腹がもふもふ鳴ってきちゃう」
「前回の換金額も凄かったけど、今回も期待できそうね。ギルド長達がこの話を聞きつけたらしくて、アーサー様にギルドを仲介させて欲しいとか他の冒険者も受けたいとか言ってたけど、絶対に譲れないわ。アーサー様に言っておいてね、ドニ」
「分かってるよ。というか、ルリアが心配しなくても師匠はギルドに依頼なんて面倒臭がってやらないだろ。せいぜい俺に『掃除の依頼を出しておいてくれ』って押し付けるだけだし。この仕事は師匠のあのずぼらな性格が直るか、弟子に迷惑を掛けないように整理整頓を心掛けるまで俺達専属だ」
「「なるほど、ずっと永久に私達の独占ってことね」」
マーゴットとルリアが即答すれば、師の信頼の無さにドニが肩を落とした。
……肩を落としつつも「俺もそう思う」というあたり、ドニもまたアーサーの性格は直らないと考えているのだろう。
◆◆◆
「アーサー様のお家の掃除が正式な依頼になったら、お師匠様は付いてきますか?」
そうマーゴットが尋ねたのは帰宅してしばらく。
就寝前に暖かなお茶をと用意していたところ、自室で研究していたエヴァルトが部屋から出てきたので少し話をする事になった。他愛もないひとときだ。
マーゴットはぐっすりと眠れるカモミールのハーブティー、対してまだ研究を続けるというエヴァルトには頭がすっきりするミントのハーブティー。両極端ながらに温かく柔らかな香りを放つカップを手に向かい合って座る。
「アーサーの家の掃除か……。そりゃあどこであろうと付いて行きたいけど、あいつの家は酷いからな……。そうなったら流石に家で待ってるかな」
「なるほど。つまり私達が確実にお師匠様抜きでこなせる依頼って事ですね」
「だけどマーゴットはそれで満足か? 冒険者として達成感は得られるのかな?」
エヴァルトに問われ、マーゴットはふむと考え込んだ。
次いで小さく溜息を吐いてふるふると首を横に振る。たとえ念願の『三人だけで依頼達成』となったとしても、内容がアーサーの家の掃除では達成感も有って無いようなもの。
いくらギルドを介した依頼だとはいえ今までの延長線上でしかないのだから、これを一人前になっただの自立だのとは考えられない。
「そもそもは、お師匠様が私達の依頼に付いてこなければ良いんです」
「さぁ研究の続きに戻ろうかな」
「ルリアとドニは一人で暮らしてるのに、私だけこの家を出ちゃ駄目って、それも子供扱いですよ。分かってるんですか?」
「この研究成果が出たら報告に行かないと。また護衛と観光案内も依頼するから、その時はよろしくな」
「反省どころか次の約束まで! もう、お師匠様ってば!!」
マーゴットが不満を訴える。
だがエヴァルトはどこ吹く風で、怒る弟子も可愛いと言いたげにふわふわとマーゴットの頭を撫でると「おやすみ」と部屋へと戻っていってしまった。
残されたマーゴットは体よく逃げられたことにむぅと頬を膨らませつつ、彼の手の感触が残る自分の頭に触れた。
「……これは子供扱いなのよね」
小さな声で呟く。
先程のエヴァルトの態度は暖かく穏やかで、そして幼い子供を相手にしているかのような優しさだった。……それらしか無かった。
これはまさに子供扱いだ。マーゴットからしたら子供扱いは不服ではあるが普段通りと言える。
だけど昨日の夜は違っていた気がする。
家族との一件を語り終えたエヴァルトは、マーゴットを見つめて「俺はマーゴットのものだ」と言ってきた。
あの時の彼の瞳も、声も、表情も、纏う空気も、全てがマーゴットの胸を高鳴らせた。
普段の子供扱いとは違う、体を内から焦がすような熱があった。
あれは気のせいではないはず。
思い出すと恥ずかしくなる。
……だけどけっして嫌ではない。
出来るならばまた。
今度は見つめ合うだけではなく……。
「わ、私ってば何を考えてるのかしら……! 駄目だわ、今は一人前に依頼をこなすことを考えないと!」
ぽっと浮かんだ熱っぽい意識を無理やりに押しとどめ、マーゴットは飲み干したカップを軽く洗うと自室へと戻っていった。




