20:お師匠様達の話し合い
エヴァルト達が立ち寄ったのは町にある一件の酒場。
田舎だけあって栄えているとまでは言えないが、数少ない夜まで開いている飲食店だけあり席はそこそこ埋まっている。殆どの利用者はギルド帰りの冒険者達だが、田舎という土地柄からか、もしくは町の穏やかな雰囲気に当てられてか、喧騒はなくほのぼのとしている。
そんな酒場の一角にエヴァルト達は居た。
テーブルには酒とつまみ。一見すると他愛のない酒の席に見えるだろう。実際にエヴァルトの認識阻害の魔法が展開されているため、周囲はこの一卓をさして気にもかけずにいる。
「それで、話したい事ってなんだ? ロゼリア」
話を切り出したのはエヴァルト。
問われたロゼリアは優雅な所作でワインを一口飲むと、赤い口紅を引いた美しい唇で「それがねぇ」と悩まし気な声を出した。
「オルテン家がどうにもきな臭い動きをしてるのよ。あの家、今必死でマーゴットを探してるわ」
オルテン家とはマーゴットの生家だ。
『女児の双子は呪われている』という馬鹿げた迷信を信じてマーゴットを害そうとした。
実際にエヴァルトはオルテン家の者に会ったことはないが、話を聞くだけで腹立たしさが湧き上がってくる。
だが今それを表に出しても意味はないと心の中で己に言い聞かせた。ロゼリアとアーサーを相手に怒りをぶちまけても意味はないし、彼等とてオルテン家には腹立たしさを抱いているのだ。
「私の掴んだ情報だとオルテン家は今ちょっとまずい状況にあるみたいなの」
「まずい状況?」
「えぇ、馬鹿らしい話だけど当主が博打で大損したみたい。それで、博打での負けをマーゴットのせいだって考えて探してるのよ」
呆れを込めた声色のロゼリアの話に、エヴァルトが渋い表情を浮かべた。纏う空気が次第に冷ややかなものに変わっていく。
認識阻害の魔法が掛かっていても尚その静かで冷たい怒気は周囲に漏れ、近くで酒を飲んでいた者達が緊張した面持ちで周囲を窺い始めた。
阻害魔法のためエヴァルトには気付かないがそれでも居心地の悪い思いをしているのだろう。怪訝な顔をし、中には有事の際に備えて武器に手を伸ばしている者もいる。
見兼ねたロゼリアが「落ち着きなさい」とエヴァルトを制した。
エヴァルトの冷ややかな怒気は並の冒険者どころか熟練の冒険者でも目の当たりにすれば震え上がりかねないが、ロゼリアとアーサーはただ肩を竦めるだけだ。
「しかし、オルテン家の奴等は正気なのか? 国を三つも挟んだ先のギャンブルの結果をどうにかするなんて、マーゴットの嬢ちゃんどころかエヴァルトにだって無理だろ」
「あの家が正気かどうか疑わしいのは今に始まった事じゃない。何から何まで、自業自得と言える不幸だろうとマーゴットのせいにしてるからな」
「そのうち、家が傾くのも、ぼろ屋敷になって雨漏りするのも嬢ちゃんのせいにするかもな」
アーサーの話はもちろん冗談だ。それが分かっているからこそロゼリアはまったくと言いたげな吐息で返し、エヴァルトもまたそこまで言わせるオルテン家に対しての溜息を吐いた。
誰が聞いても馬鹿な冗談だと思うだろう。だがこんな冗談が出てしまうほどオルテン家は酷いのだ。
彼等は不幸があれば尽くマーゴットのせいだと考えている。
理由はただ一つ、マーゴットが迷信の中の『呪われた女児の双子』であり、災いを招く前に殺さなければならなかったからだ。
オルテン家の面々はいまだ迷信を信じており、ゆえに必死に探しているのだ。そこに家族愛も無ければ蔑ろにしていた娘への罪悪感もない、ただの身勝手すぎる保身。
見つけたら何をするつもりか……、考えるまでもなく、そして考えたくない話である。
「そもそも『呪われた女児の双子』なんて迷信自体が馬鹿げてる。あれはただ女児の双子は高い魔力をもって生まれることが多く、とりわけ片方に魔力量が偏る事例が多いってだけだ。むしろ喜ばしい事じゃないか。なのに呪いだなんだと蔑んで、挙げ句に親が手を下すなんて……」
これ以上喋っていると罵倒の言葉が口から溢れ出しそうで、エヴァルトは話を止めると代わりに酒の入ったコップへと手を伸ばした。豪快に煽って飲み干せば度数の高い酒が喉を熱するように流れていく。
そんなエヴァルトの態度にロゼリアとアーサーが小さく息を吐いた。複雑な胸中は分かる、これ以上話してもエヴァルトの気分を害するだけだし、自分達だって何一つ楽しくない。酒がまずくなるだけだ。
……だからといってここで話を終わりにするわけにはいかない。
「オルテン家を名乗る者達こそ表立った行動には出ていないが、金を使ってあちこちから情報を集めてるみたいだな。それに息の掛かった奴等を国外に出してる。大方、ギャンブルに手を出したのも嬢ちゃん探しの資金を得るためだろう。それで大損こいたら意味ない話だ」
「金銭面まで絡んでくるとなると、向こうもなりふり構っていられないだろうな。そろそろこの国にも入ってくるかもしれないな」
「国の上層部には注意するよう言ってあるが、さすがに一人一人裏取って調べるのは無理だ。いずれは俺達が直接対処した方が良くなるだろう」
既にその覚悟はしているのだろうアーサーの口調はあっさりとしている。エヴァルトとロゼリアも同様「そうだな」「そうねぇ」と軽いものだ。
いざとなれば自分達が動く、それは互いに確認せずとも承知している。むしろ今すぐに直接手を下したって良いのだ。
だが事を荒立たせればマーゴット達の耳に入る可能性は高く、そうなれば彼女達は師に迷惑を掛けたと考えかねない。外敵からは勿論だが、不安や心労から弟子を守るのも師の役目だ。
「もうしばらくは様子見が良さそうだな。オルテン家の出方を窺って、いざとなれば直ぐに動けるようにしておこう。……といっても、俺はいつでも動けるけどな」
「右に同じく。むしろ俺としては今すぐにでも叩きに行きたいぐらいだ。待つっていうのはどうにも性に合わねぇ」
「血の気が多いわね。こういう時は優雅に構えておくものよ」
いつでも行動できることを確認し、それでも今は動くべきではないと決める。
オルテン家はどれだけ愚行を続けていようが資金難に陥っていようが貴族の家だ。それを潰したとなれば国も面子に関わるとこちらを責めるはず。最悪、国家間の問題どころか争いに発展しかねない。
もちろんだが対策はしている。国家間の問題になったとしても、自国であるヴィデル国はエヴァルト達の味方をし、なおかつ争いにまでは発展しないよう努めてくれる。相手の国とてマーゴットの件を知れば納得し落としどころを見つけてくれるだろう。
そのために面倒な人付き合いを我慢して国に貢献しているのだ。
エヴァルト程ではないが、アーサーもロゼリアも元々は他者との交流を避ける傾向にあった。
アーサーは他者と連絡を取り合うだの人に剣技を教えるだのは面倒だと考え、どれだけ国が後進育成を求めても応じることはなかった。ロゼリアも同様、己の知る情報も、それを得るための術も、他者に教えるのは時間の無駄と考え乞われても断り続けていた。
だがマーゴット達と出会い、抱えている事情を知り、彼女達を守るために国に協力することにした。自分達の持つ技術や知識を提供する代わりに、入国者の調査や有事の際の後ろ盾を求めたのだ。この提案にヴィデル国の上層部は喜んで応じて今に至る。
「何かあればまた連絡をくれ」
エヴァルトがロゼリアとアーサーに告げたのは、酒場を出て帰宅の途中。
「情報交換の時にはまたルリア達の依頼に同行しましょうね。教え子が立派に依頼をこなす姿を見てたら感動しちゃった」
「ドニ坊は活躍してなかったが、まぁ剣士なんてもんは活躍の場が無い方が良いから仕方ないな。今度どれだけ強くなったか個人的に見てやれば良い」
「そういえば、マーゴットが明日掃除の手伝いにアーサーの家に行くって言ったな。俺の可愛いマーゴットに掃除をさせるなんて……、お前じゃ無ければ魔法の実験材料にしてくれてたところだからな」
「ルリアも一緒に行くって言ってたわね。私も部屋を散らかせばルリアが掃除してくれるかしら。でも可愛い教え子に掃除をさせるなんて忍びないわね」
あれこれと話しながら歩き、大通りで三人それぞれ別の道へと進む。
さして別れを惜しむことがないのは、取ろうと思えばいつだって魔法で連絡を取り合えるからだ。更に言えば弟子達が常に一緒に行動をしているのだから、この場で交わすのは「じゃぁまた」これだけで十分だ。
なにより、弟子の関係で繋がっているだけであって元々親しいわけでもないし、個人的に深く関わり合おうとは思っていない。
そんな冷めた感情が胸にあり、そして相手の胸にあるのも知っている。
もっとも、別れの間際には、
「それじゃ、俺のマーゴットのために協力よろしく」
「可愛いルリアのために、力を合わせましょうね」
「まったく手の掛かる弟子を持つと苦労する。まぁよろしくやろうぜ」
と、各々弟子への愛を口にして別れるので、きっと傍目には「気の合う三人」とでも映るのだろう。




