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02:マーゴットとお師匠様

 


 手早く朝食の準備を整え、トーストと紅茶とデザートのリンゴを堪能する。

 その後にマーゴットが向かったのは街の一角にあるギルドだ。


「おはようございます!」


 元気よく挨拶をすれば、顔馴染みの受付嬢達が挨拶を返してくれた。

 建物の奥から出てきたのはギルド長だ。恰幅の良い男性で、過去は冒険者として活躍していたと聞く。

 朗らかで気風の良い性格をしており、マーゴットを見るとまるで娘を見るかのように目を細めて表情を和らげた。


「マーゴット、もう届いてるぞ」

「本当ですか!?」


 何が、とは聞かずとも分かり、マーゴットは逸る気持ちを抑えきれずに小走り目に彼に駆け寄った。

 カウンターに手を着いて身を乗り出すように迫れば、その姿が面白かったのかギルド長が笑みを強めた。「まぁ落ち着け」と言いながら、まるで勿体ぶるかのように一枚のカードをマーゴットへと差し出してきた。


「ギルドの登録カードだ。もう知ってると思うが、身分証でもあるから無くすなよ。再発行は金が掛かるし面倒だからな」

「はい!」


 ギルド長の言葉にはっきりと返し、手元にあるギルドの登録カードに視線を落とした。

 そこにはマーゴットの名前が印字されている。それと国や協会の名前も。複製や偽造を防ぐため特殊な素材が使われており、傾ければキラキラと輝いた。

 ギルドの仕事を受けるにはこの登録カードが必要で、同時に、これがあれば国中はおろか友好条約を結んでいる他国のどのギルドでも仕事を受けられるのだ。

 そんな登録カードを眺めていると、横からひょいと一人の少女が覗き込んできた。

 ルリアだ。薄水色の長い髪がマーゴットの目の前でふわりと揺れる。


「登録カード、今日届いたのね」

「ルリア、おはよう」

「おはよう、マーゴット。ようやく冒険者デビューね」


 輝かんばかりの笑顔で告げてくるルリアに、マーゴットも笑って返した。

 ギルドに登録をし依頼をこなす者を『冒険者』と呼ぶ。これは職業名のようなものである。

 今日からマーゴットは冒険者を名乗る。今までは街の手伝いをして小遣いを稼ぐ程度しか経験が無かったが、これからは冒険者として正式に賃金を稼ぐのだ。

 そう考えるとマーゴットの胸に期待とやる気が満ちた。


 だがそんなマーゴットを他所に、ルリアは「でも」と話を続けた。


「よくあの人(・・・)が許したわね」


 その言葉に、期待とやる気で満ちていたマーゴットがすっと目を細めた。


「……許したというよりは、許させたという方が正しいわ」

「あぁ、やっぱり反対したのね。まぁするだろうと思ってたけど。……それで」


 話の途中でルリアが他所を向く。

 ギルドの出入り口。街の施設らしく両開きの大きな扉が設けられている。


 ……そこに張り付き、こちらをじっと見つめてくる一人の男性。


「今も許しきってはいないみたいね」


 ルリアの言葉に、マーゴットは参ったと言いたげに肩をすくめてみせた。



 ◆◆◆



「お師匠様、そんなところに張り付いていたら他のひとに迷惑ですよ」


 まったくと言いたげにマーゴットが出入り口へと近付き、張り付いていた男に声を掛けた。

『お師匠様』ことエヴァルトがなんとも言えない表情でマーゴットを見つめてくる。

 背が高く体躯も優れており、凛々しい印象を与えるまさに美丈夫と言える男だ。だがその整った顔付きも今だけはそこはかとない切なげな空気を漂わせている。

 元々の見目の良さもあって憂いを帯びたその顔は様になっており、世の女性ならば「この顔も趣がある」と胸をときめかせただろう。

 だがマーゴットは彼の切なげな視線を受けても折れることなく、むしろ「そんな顔をしても無駄ですからね」とぴしゃりと言いきった。


「だけどなマーゴット、俺は心配なんだよ。冒険者なんて危険の多い仕事をして危ない目にあったらどうするんだ? 仕事をするにしたって、もっと安全な仕事を選べば良いじゃないか。いつも寄ってる町の花屋が働き手を募集してただろ、あれなんてどうだ?」


 だから、とエヴァルトが説得してくる。なんとかマーゴットの考えを改めさせようと必死だ。

 もちろんマーゴットはこれにも屈せず、それどころか先程貰ったばかりの登録カードを彼の目の前に突きつけてやった。


「お師匠様がどう言おうとも、今日から私はギルドの冒険者なんです! 見てください、この立派な登録カードを!!」

「まさか俺が数日不在にしてる間に書類を提出して審査まで終えるなんて……。なんて行動力のある出来た子なんだ……。それならせめて俺と組もう。そうすれば俺が守ってやれる」

「国家魔導師は副業禁止!!」


 マーゴットが華麗に、かつ容赦なく一刀両断すれば、エヴァルトがガクリと肩を落とした。

 濃紺色の前髪がはらりと落ちて額に掛かる。同色の瞳は切なげに細められ、形良い唇からは深い溜息が漏れる。麗しいからこそ漂う悲壮感は一入だ。

 これにはマーゴットも罪悪感を抱いてしまった。思わず「お師匠様……」と呼んで彼の腕を擦った。


「お師匠様、私、冒険者として働きたいんです。危険な仕事は絶対に受けません。約束します」

「マーゴット……」

「だからどうか私を信じて、見守っていてください」


 エヴァルトをじっと見つめてマーゴットが告げれば、彼は眉尻を下げるように見つめ返し……、そして軽く息を吐くと共に柔らかく微笑んだ。

 まるで子供を愛でるような優しい微笑みだ。「そうだな」と穏やかな声色と同時に、マーゴットの頭にポンと手を置いてきた。


「この俺の弟子だ、どんな仕事だってこなせるよな」

「お師匠様……!」

「信じて見守ってるよ。ただし、本当に無理はしないこと、良いね?」

「はい!」


 師であるエヴァルトに諭され、マーゴットは元気よく返した。

 そうして依頼を選んでいるルリアの元へと駆け寄っていった。




「……見守るけど、どこで、どう、とは言われてないからな」


 そうエヴァルトが呟くと共にニヤリと笑ったのだが、あいにくとマーゴットは気付かなかった……。


 ちなみに、マーゴットは気付かなかったものの、ギルド内で居合わせた数人や近くを通りがかったギルド長はしっかりばっちりと目撃していた。

 だが誰もが心の中で「まぁそうなるだろうな」と呟くだけでさして気にもせずにいた。




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