15:お忍びお嬢様とその一行
幾つか店が並んでおり、パン屋や花屋、喫茶店、その先に雑貨屋がある。
一つ一つの店は小さくどこにでもあるような店構えだ。それらが並ぶ光景は違和感など一つも覚えさせず、どこの町に行ったとしても似た光景を目の当たりにするだろう。
仮に「奥にまだ部屋がある」と聞かされたとしても、せいぜい物置か従業員の休憩室ぐらいに考えるはずだ。
裏取引が行われているなんて話したところで笑い飛ばされかねない。それほどまでに件の雑貨屋は溶け込んでいる。
「それじゃあ俺達は裏口の方に行くから、中に入って取引の現場を押さえたら本部に連絡を入れてくれ」
「分かりました」
「現場を押さえてから摘発まで多分時間があると思うが、そこは上手く時間を稼いでほしい。合図がくればすぐに駆け付ける」
「はい」
周囲に怪しまれないよう歩きつつ、手早く作戦を確認する。
といっても複数個所で同時進行する難しさこそあるが、各チームでの作戦自体はシンプルなものだ。
中に入り、合言葉を伝え、違法取引が行われている店の奥に踏み込む。
客を装い取引現場を魔法で記録し、証拠を押さえたことを本部に伝える。
本部では各所から連絡が集まり、全ての取引現場の証拠を押さえたことを確認次第、検挙の合図を各地に送る。
そして一斉検挙の流れだ。
マーゴット達は内部に入り込み違法取引の証拠を押さえる役目である。
「俺達が担当する現場では稀少生物の違法売買が行われてるはずだ」
「稀少生物……、もふもふの予感。生物を身勝手に売買するなんて許せまもふね」
「もふ……? まぁなんにせよ、マーゴット達なら怪しまれる事はないだろう。良いところのお嬢様が稀少生物欲しさにお忍びで現れた、そんな風に奴等は考えて油断するはずだ」
ハドックの話にマーゴットは頷いて返した。
先程彼が話していた事を思い出す。マーゴット達は新米で、相応の身分の出で、それがどうしても見た目や仕草から漂ってしまう。冒険者としての威厳は無い。だが今回の作戦では逆にそれが相手の油断を誘うようだ。
頑張らないと、と意気込み、マーゴットははたと我に返ると「意気込んだら駄目」と自分に言い聞かせた。今の自分は稀少生物欲しさにお忍びで違法取引現場を訪れるお嬢様なのだから。
「それじゃ、俺達は裏手に行く。お互い上手くやろう」
「はい。ハドックさん達もお気をつけて」
各々の役割を担うべく別の道へと進む。
だが分かれる直前、男達に囲まれて引きつった表情をしていたエヴァ改めエヴァルトが「俺は」と言いかけ「私はマーゴット達に付いていく」と言い出した。
「マーゴット達に? 俺達と行かないのか?」
「あぁ、……じゃなくて、えぇ、そうなの。マーゴット達は合同の依頼も潜入も初めてだから、何かあったら判断に困るかもしれないだろ。……いや、困るかもしれないでしょう」
「確かにそうだな。エヴァ、きみは潜入捜査も慣れてるんだよな。それならマーゴット達に付いて貰った方が良いかもな」
「そうでしょうおほほほほ」
最後の謎の上品笑いは自棄か限界か。どっちにしろ許可は得たとエヴァルトが上機嫌で返してマーゴット達の方へと近付いてくる。
ルリアとドニはもはや呆れる気もないと受け入れ、マーゴットだけは眉間に皺を寄せて低い声で「よろしくおねがいします」と全く心のこもっていない歓迎の言葉を告げた。唸らないだけ有難いと思って欲しい。
店の裏手へ向かうハドック達の姿が見えなくなった瞬間、盛大な溜息が聞こえてきた。言わずもがなエヴァルトである。
肩を落として項垂れて、全身から疲労感を漂わせている。ここが屋外でなければしゃがみ込んで頭を抱えていたかもしれない。
自信家で常に余裕を纏っている彼らしからぬ態度だ。だがそれほどまでなのだろう。
「……お師匠様」
「言いたいことは分かる。分かるが何も言わないでくれ。そして出来れば金輪際、今日のことは口にしないでくれ」
「あの手この手に出るにしても、自分で許容できる範囲のあの手この手にしてください」
「分かった。反省してるよ……」
まさかこんなに上手くいくなんて……、とエヴァルトが掠れた声で呟く。世界一の魔導師とは思えない情けなさではないか。
これにはマーゴットも肩を竦めてしまった。色々と言いたい事はあったが今のエヴァルトを見ていると口に出すのは酷に思えてしまう。というか今回の件は弟子としてあまり言及もしたくない。
さっさと終わらせて無かった事にするのが互いの為だ。そう考えて、マーゴットは気持ちも意識も全てを依頼へのやる気に切り替え「行きましょう」とルリア達に声を掛けた。
「さっき決めた配役通り、やりとりのメインはルリアね」
「任せて。私はお嬢様のお忍びの買い物に同行するメイド。さぁマーゴットお嬢様、もふもふのペットを買いましょうねぇ」
「俺はお嬢様の買物についてきた警備だな。エヴァルト様は、俺達が金で雇った案内役って事でお願いします」
「……分かった。素の声で喋ってもハスキーボイスで色気があるだのなんだの言われてうんざりしてるんだ。今回はあんまり喋りたくないから三人に任せるよ」
散々嬉しくない褒め言葉とアプローチを貰ったからか、今回のエヴァルトからは虚脱感が漂っている。
「これは重症」とマーゴットは思わず呟いた。
「今夜の夕飯はドニの仇を取るためにピーマン尽くしにしようかと思ったけど、今のお師匠様にピーマン料理を出したら本当に心が折れちゃうかも」
「そうだな。俺は別に気にしてないから、夕飯は普通にしてやってくれ」
普段は八つ当たりされているドニすらも今のエヴァルトには同情めいた視線を送っている。
そんな悲壮感纏うエヴァルトはさておき、マーゴット達はやる気に満ちていた。
だがそれを表に出すわけにはいかない。自分達はお忍びで買物をするお嬢様とその一行を演じなければならないのだ。
落ち着いたり覚悟を見せては怪しまれるので、あえて緊張をしながら、それでいて興味が抑えきれないとそわそわと周囲を見る。ルリアがコソリと「マーゴットお嬢様、じろじろと見てはいけませんよ」と小声で窘めてくるが、それも勿論演技である。
そのかいあってか怪しまれることなく、ルリアが店員に合言葉を伝えると店の奥へと案内された。
穏やかな雰囲気が漂う店内とは違い、奥の一室は随分と殺風景だ。向かい合うように二つのソファと合間にテーブルが一つ置かれているだけで他には何もない。
座って待つように告げて店員が部屋の外へと出て行く。パタンと扉が閉められた。
室内にはマーゴット達だけ。だがもちろん作戦について話し合うことはせず、マーゴットは率先してソファに腰掛けた。隣には交渉役としてルリアが座る。
ドニとエヴァルトはソファには座らずマーゴット達の後ろに立った。お嬢様とメイド、護衛、雇われの案内役、その関係から考えた配置だ。
そうしてしばらくすると一人の男が現れた。年はエヴァルトより少し上ぐらいだろうか。部屋に入るなり鋭い視線で一同を見渡し、待たせた事を詫びもせずにドカと向かいのソファに腰を下ろし己が売人だと説明しだした。
身形、佇まい、目つき、口調、全てから粗暴な雰囲気が漂っている。希少生物を違法で売買しているのだから当然と言えば当然か。これで善良そうな人が現れた方が警戒してしまう。
「話は聞いた。友人に自慢できる稀少なペットが欲しいんだろう。うちなら選び放題だが、どうしてここを知ったんだ?」
男の口調には嘘を許すまいとする圧があるが、ここで不必要に臆してはいけない。かといって敵意を持って睨み返すのも得策ではない。なのでマーゴットはツンと澄ますだけで終わらせた。
代わりに喋るのはルリアである。だがルリアも友好的に話すことはせず「話す必要が?」と逆に尋ねて返した。
「ここに通された、それだけで十分ではないんですか」
「それはそうだな。まぁこっちとしては金を払ってここでの事を黙ってくれりゃ十分だ」
「金銭は用意しております。口外に関してもご安心を。むしろこのような場と繋がりがあると知られたらこちらの方が困ります」
知られたくないのはお互い様。
そうルリアが淡々とした口調で断言すれば、売人の男が「それもそうだ」と言い捨てて説明をし始めた。
曰く、全ての稀少生物をここで管理しているわけではないという。
男が客から要望を聞き、建物内に該当する生物がいれば見せ、近くの取引場に居れば手下に持ってこさせる。いなければ今回の話は白紙に……というのが売買の流れらしい。
あえて遠方の生き物を取り寄せたり捕獲に行かないのは、取引が長期に渡り情報が漏れることを危惧しているのだろう。
管理と取引を各所に分けているのもリスク分散のためだ。有事の際には仲間はおろか保管している稀少生物すらも捨てて逃げ、そしていざという時は自分達もまた捨てられる。まるでトカゲの尻尾切りを推奨しているようなシステムである。
「それで、どんな生き物が良いんだ」
「お嬢様は愛らしく柔らかな生き物を希望しております。たとえば猫や兎、鳥、犬のような。そういった生き物は?」
ルリアがあげた例は漠然としており、該当する生物はかなりの数いるはずだ。
そして同時に、若い少女が好みやすい生物である。この場で例に出しても怪しまれないだろう。なおかつ広くないこの建物内ならば小柄な生き物を多く管理しているだろうと踏んでの事だ。
幸いその予測は当たっているようで、売人の男はルリアから希望を聞くと部屋の隅に控えている部下の男に目配せをした。あごで扉をさすのは「持ってこい」という指示か。受けた部下が部屋から去っていく。
戻ってきた部下の男は箱を一つ手にしていた。テーブルに置くとカタカタと揺れて微かな動物の息遣いが聞こえる。
「今すぐに用意出来るのは犬が一種類。残念だが猫や兎は品切れ中だ」
売人の男の口調からは生き物を扱う者の優しさは微塵も感じさせない。商品としか考えていない証だ。
扱う手つきにも優しさはなく、犬の首根っこを掴むと箱から出してテーブルに置いた。
「……っ」
思わずマーゴットが言葉を詰まらせた。
箱から取り出されたのは一匹の子犬。白銀色の毛をしており、部屋の明かりを受けて毛が細かに輝いている。薄水色の瞳とあわせてまるで全身が宝石のようだ。
だがマーゴットが言葉を失ったのはその毛色の美しさからではない。
子犬は噛みつき防止のための頑丈な口輪を着けられ、更には暴れないように首輪から短い鎖で重しに繋げられている。
口輪があって吠えられない代わりに唸り、噛みつけないと分かっていても男の手にぶつかろうする。小さな体で懸命に抗おうとしているのだ。
小さく愛らしいはずの子犬から憎悪の色が濃く漂っている
酷い、とマーゴットは心の中で呟いた。
だがここで男を非難するわけにはいかない。今の自分は違法と分かっていても自慢したさに稀少生物を金で買おうとしているお嬢様なのだ。
「この犬が稀少なの?」
「あぁ、珍しい毛色だろ。毛の一本一本が光を受けて輝くんだ。部屋の中より夜の月明かりの方が派手に光る。夜会で披露すりゃ誰だって羨ましがるぜ」
男がどれだけ犬が稀少かを語る。
それを聞き、マーゴットは憐れな子犬をじっと見つめ……、
コホン、と聞こえてきた小さな咳払いに、ぴくりと肩を震わせた。




