12:人嫌いの魔導師様
「出会った頃のお師匠様、随分と素っ気なかったですね」
過去を思い出しながらマーゴットが話す。自然と表情が和らぐのは、懐かしさと、そして今の師の変化が面白いからだ。ルリアとドニも同様に微笑んでいる。
もっとも当のエヴァルトは気が気ではないらしい。赤くなったかと思えば気まずそうに眉根を寄せ、マーゴットとルリアの話を止めようとしたりドニを脅したりと落ち着きがない。
「あれは……、人付き合いが嫌いだったから仕方ないだろう。ほら、もうこの話は終わりだ。ルリアもドニも明日またギルドで仕事を受けるならさっさと家に帰って寝た方が良い」
昔話に耐え切れなくったエヴァルトが解散を促してくる。
さすがにこれに食い下がる気は無いようで、ルリアとドニが大人しく席を立った。マーゴットも彼等を見送るために玄関へと向かう。
「それじゃぁマーゴット、また明日ギルドでね」
「うん。また明日。ドニ、ルリアのことを家まで送っていってあげて」
「あぁ、もちろんだ」
明日も会うので別れを惜しむことなく、軽く言葉を交わして去っていく彼等を見送る。
二人の後ろ姿が見えなくなるまで見守り、マーゴットは扉を締めると再びリビングへと戻っていった。
そこではソファに移ったエヴァルトが居た。……いつの間に用意したのか酒を飲みながら。
彼の飲酒は珍しい事だが、これは先程の恥ずかしさを誤魔化すためだろうか。
「お師匠様、お酒なんて珍しいですね」
「あんな恥ずかしい話をされたんだ、飲まないとやってられないだろ」
溜息交じりに話すエヴァルトの隣にポスンと腰掛けて、マーゴットは思わず笑みを零してしまった。
「師を笑うなんて酷い弟子だな」
「ごめんなさい。でも昔のお師匠様の事を思い出したらどうしても面白くって……」
「さっきも言ったけど、あの時は酷い人見知りだったんだ。……まぁ、別に今も人見知りが直ったわけじゃないけど、それでも我ながらマシになったと思ってるよ」
「そうですね。お師匠様、ギルドの人達ともよく話すようになったし、研究所の所長さん達も以前とは変わったって言ってましたよ」
凄い変化だとマーゴットが笑いながら話せば、エヴァルトが肩を竦めた。
苦笑を浮かべているのは彼も己の変化が満更でも無いのだろう。
次いでワイングラスをテーブルに置くと、そっとマーゴットの頭に手を置いてきた。
「あの時はこんな風になるとは思っていなかったんだ。……こんなにマーゴットの事が大事になるなんて、想像もしなかった」
「……お師匠様」
エヴァルトの声は普段よりも優しく落ち着いており、マーゴットの耳から入り込むと胸にまで溶け込んでいった。
彼の瞳が真っすぐに自分を見つめてくる。出会った当初の拒否するような鋭い眼差しでもなく、魔力量を計るときの厳しい眼差しでもない。
優しい瞳だ。その瞳を見つめ返し……、
瞬間、トクン、とマーゴットは己の胸が高鳴るのを感じた。
「あ、わ、私、お酒に合うものを作ってきますね!」
「ん? 別にこれ一杯にするから作らなくても良いけど」
「大丈夫です! 作ります!」
すぐさま立ち上がり、キッチンへと向かった。
◆◆◆
エヴァルトとマーゴットの家から離れ、ルリアとドニは夜道を歩いていた。
話題は継続して過去のエヴァルトの事だ。当時弟子入りを果たしたマーゴットから彼を紹介されたのだが、その時の態度の酷さと言ったらない。
ルリアとドニが挨拶をしても興味がないと言いたげに返し、挙げ句にマーゴットの弟子入りを認めはしたが邪魔だと思えばすぐに追い出すとまで断言する。ルリア達に対しては関わるつもりはないとまで言い切ったのだ。
「最初はマーゴットを預けるのに不安だったよな」
「一緒に暮らすのは反対して、近くに家を買ってそこから通うように提案しようと思ったわね」
「あれは酷かったもんなぁ」
当時の事を思い出してドニとルリアが笑った。
◆◆◆
エヴァルトが師になってくれたとマーゴットから聞き、ルリアとドニは初めて世界に名を馳せる魔導師と顔を合わせた。
……のだが、その態度はあまりに酷かった。
鋭い眼光で睨みつけてきたかと思えば、マーゴットを弟子にこそしたが親しくするつもりはないと断言する。そのマーゴットに対してだって、興味が失せたり邪魔になったら追い出すとまで言い切っているのだ。
嬉しそうに紹介してくるマーゴットとの温度差は相当なものだった。
そんな冷たい男とマーゴットがひとつ屋根の下で暮らせばどうなるか。
マーゴット当人はすっかりとエヴァルトの事を信じているが、散々な目に遭うのは火を見るよりも明らか。
出自のせいか、それとも生家にあんな対応をされてもなお根から人を信頼する性格なのか、そういった点に関してマーゴットは今一つ危機感が薄いのだ。
師弟という立場の差を利用してこき使われるか、もしかしたら暴力を振るわれるかもしれない。それどころか脅してマーゴットの事を無理やり……。
大事な親友をそんな目にあわせられない。
危機感の薄いマーゴットを自分達が守らなければ。
そうルリアとドニは考えていた。
エヴァルトと会いひとまず彼等と別れた直後、雑貨屋に入りながらもさっそくその問題で頭を抱えてしまう。
「でもマーゴットがやる気になっているから無下に引き離すのも可哀想よね……。エヴァルト様ほどの魔導師が他に居ないのも事実だし」
「味方になってくれればいざという時にマーゴットの事を守ってくれるかもしれないしな。でもこのままっていうのも……」
「あ、ねぇドニ、あれって……」
ふと何かに気付いてルリアがドニを呼ぶ。「見て」と促す方向に居たのは、つい先程会ったばかりの、そして話題の人物であるエヴァルトだ。
彼はルリア達に気付いていないようで、仏頂面とさえ言える表情で店内に入ってきた。カウンターに居た店主が彼を見て意外そうな顔をする。
「これはエヴァルトさん、珍しいですね。どうしました?」
「……鍵は売っているか?」
「鍵? えぇ、いくつか揃えてはおりますよ」
「見せてくれ」
エヴァルトは店主相手だろうと素っ気ない態度だ。
だが店主はそれに慣れているのか臆すことなく、すぐに了承すると店内の一角へと向かっていった。店頭に並べている分と、棚にしまっている分、それらの鍵を手早く取り出して再びエヴァルトの元へと向かっていく。
店主が来た時に咄嗟に棚の裏に隠れたルリアとドニは、並んで身を隠しながらも顔だけを出して彼等の様子を窺った。
「真剣に選んでるわね……。鍵を買って何をするつもりなのかしら」
「マーゴットと暮らすから貴重品をしまうのかな。でもそれなら金庫の方が良いか。鍵なら、たとえば部屋に立ち寄らないようにするとか?」
「……もしかして、マーゴットを閉じ込めるつもりなのかも」
ルリアがポツリと呟くように口にした言葉にドニがぎょっとする。思わず「えぇ!?」と声をあげて慌てて口を押えた。
幸いエヴァルトと店主は気付かなかったようだ。それにひとまず安堵するも、すぐさま別の危機感が胸に湧く。
「と、閉じ込めるって、マーゴットをか!?」
「そうよ。マーゴットが外に助けを求められないように閉じ込める……。そのための鍵を買おうとしてるのかも」
「そんな! すぐに止めないと!」
「落ち着いてよドニ。『そうかもしれない』って話。それに正面から止めに入っても私達がエヴァルト様に敵うわけないでしょ」
今は様子を窺って、鍵を買う理由を突き止めなくてはならない。
そう声を潜めながらルリアが諭せば、落ち着いたのかドニがコクコクと頷いてきた。
そうして改めて棚の影に隠れてエヴァルトと店主の会話に耳を澄ませる。居合わせた客が怪訝な顔をしているが、それを気にしている余裕はない。
「一番頑丈で、だが手軽に掛けられるのが良いな」
「どこに着けるかによっても変わってきますよ」
「そうか……。つけるのは部屋の扉だ」
部屋の扉というエヴァルトの言葉を聞いて、ルリアとドニが顔を見合わせた。
やっぱり、と心の中で声をあげる。先程ルリアが口にした最悪な可能性が刻一刻と深まっていく。
これは今すぐにでもマーゴットに知らせた方が良いだろう。どうにか気付かれないように店を出て、エヴァルトが帰るより先にマーゴットを安全な場所に避難させなくては……。
そう声を潜めて話し合っていると、店主が幾つか鍵を手に取りながら「部屋ですか」と話を続けた。
「エヴァルトさんは一人暮らしですよね。玄関ならまだしも、部屋に鍵なんて必要ですか? それともお客さんでも?」
店主の声色には疑いの色はない。きっと商品を選ぶための情報と雑談めいたものだろう。
だがルリアとドニからしたらこの問いかけは重要なものだ。言質を取らなくてはと棚に身を寄せて、少しでも聞き逃すまいと真剣な顔付きで耳を澄ませる。
そんな盗み聞き二人に気付くことなく、エヴァルトは並べられた鍵を眺めつつ口を開いた。
「客というか……、お、女の子と暮らすんだ」
「女の子と? エヴァルトさんが?」
「そ、そうだ。だから部屋に鍵があった方が、その子もきっと安心できるだろう……、だから、その……、用意しようと思って」
エヴァルトの声は随分としどろもどろだ。世界に名を馳せる魔導師らしい威厳も無ければ、マーゴットから紹介された時のあの冷ややかさも無い。
これにはルリアとドニは再び顔を見合わせてしまった。互いに目を丸くさせ合う。
その間にもエヴァルトは一番頑丈であり扱いやすいという鍵を購入し、花柄の可愛らしいマグカップと皿も一緒に買って店を出て行ってしまった。
カラン、と扉に着けられた鐘が鳴る。
それを聞き、身を潜めていたルリアとドニはようやく棚の影から出てきた。
「……とりあえず、様子を見ましょうか」
「……そうだな」
二人が扉を見つめながら話せば、店主が不思議そうに首を傾げていた。
◆◆◆
「あれは驚いたけど、今考えればあれこそエヴァルト様だったな」
「そうね。マーゴットに付いて回るようになったのは半年経ったぐらいからかしら」
初対面でこそ素っ気ない態度ですぐにでも追い出すと言い切っていたエヴァルトだったが、半年経つと何かとマーゴットを呼ぶようになり、一年目では自ら弟子と――それも『出来の良い弟子』だの『自慢の弟子』だのと――紹介するようになっていた。
一年半が経つとマーゴットをより褒め倒し『愛しいマーゴット』発言も頻繁に出るようになっていた。
その変化に合わせてマーゴットの影響で町にも顔を出すようになり、結果、今の彼がある。
「あれだけの人嫌いを懐柔しちゃうんだもの、さすがマーゴットね」
うんうんと頷きながら話すルリアに、ドニも同感だと頷いて返した。




