毒舌少女とのやり直し
本日は、男と女の駆け引きの日。
バレンタインデー。
「ハア……」
「やめなよタク、幸せが逃げるよ」
溜め息をついたオレの背中をバシバシ叩く、この娘は隣に住んでいる幼馴染の『亜夢』。
アムとは同い年なこともあり生まれてからずっと一緒に育ってきた。
とても、仲が良かった。
うん、過去形。
現在は家が近所で同じ学校に通うクラスメイト。
それだけ。
もう一緒に遊ぶこともないし、どこかへ行くというイベントもない。
……いや、もとから一緒に出掛けたことないか。
オレは彼女に恋をしていた。
小顔で丸い目を少し太い眉毛が飾り、茶色いくせ毛をいつも三つ編みにしているアム。
気が強くて同級生からも頼られていた彼女に。
早熟だった小学六年生の夏、オレは勇気を振り絞り、彼女に告白して…… フラレた。
『ねえアム、オレと、お付き合いを、してくれないかな』
『……わたしは、タクのこと、男としてみたことない。男らしさが足りてないもの。一緒に居ても面白くないし、いつも大事にされてるとは感じられない。優しさが足りないだけじゃないわ、セミの脱け殻で遊んだりカブトムシにヒャッホゥとかしてるのガキじゃない。先週だって花火を振り回して周りを気にしなかったでしょ。男としてありえないんだからね、それにxxxxx……!』
罵詈雑言の往復ビンタが返ってきた。
そのときのオレには耐えきれない言葉の矢弾を浴びせられた。
あまりのショックに、後半なんて言われたのか記憶があやふやだ。
『ご、ごめん、なさい……』
それから…… 卒業まで口をきくことはなかった。
幸いなことにその後は同じ中学だったけど、別のクラスなので話す機会は一気に減った。
家が近所でも行動が同じなら、すれ違うこともない。
三年間で家族と一緒のときは何度か会ったが、それ以外一度も言葉を交わすことはなかった。
そして現在…… なんでか同じ高校の同じクラスになってしまった。
それを知ってから一年近く逃げ回って、追いかけてくるアムを躱して躱して…… だけど三学期の始まりに合唱祭というイベントの係に選ばれ、逃げられなくなり、こうして久しぶりに同じように登校している。
「タク、いつも言ってるでしょ、背筋を伸ばして」
「あぁ、うん」
だからといって、昔と変わらない態度をとられても、さ。
……いや、悲観的になることはない。
彼女の言う通り、いつも通りに過ごせば良いんだ。
「最小限、最小限、最小限……」
「なんの呪文?」
ともかく、今日はバレンタイン。
世の中の男子はチョコがもらえるかどうかでヒエラルキーを勝手に決めてしまう。
チョコのもらえた個数は勲章に等しいのだ。
もちろんオレはもらえない側。
家族からはもらえるけれど。
好きな人からもらえる本命チョコ、同級生だとか友だちだからという義理チョコ、交換しあうための友チョコなどなど、多種多様なチョコあれど、家族はその数にカウントできない。
「タク、どう? バレンタインチョコはもらえそうなの?」
いつも通り、彼女は距離感を気にせず踏み込んでくる。
バレンタインのチョコは、告白にも使われるとか考えないのかな。
「知らないよ、女の子の考えは。そういうアムは、誰かにあげるの?」
「さあね? お父さんとアニキたちのためにチョコケーキを焼いて疲れたわ」
「そりゃ、さすが……」
昨夜、晩御飯の後でケーキまで作り上げたのか、お菓子屋顔負けだなぁ。
彼女の家には母親がいない。
料理を作るのはもっぱら彼女の仕事だ。
昔から、たくさん食べる家族におかわりを配る手伝いをしていたから知っている。
だけど、なぁ……。
今日は、バレンタインデーだぞ。
男女で登校するって、そりゃあラッピングされたチョコとかを期待してしまうよ…… 彼女はオレにそんな気持ちがないと解っているから、空しい妄想だけど。
さっさと学校に行って、クラスの歌唱楽曲を選定する朝の会議を終わらせたい。
でも早朝の通学路に、他の人影は少ない。
積極的にアムが話しかけてくるばっかりだ。
「おはようって言ってから、一度も目があってない。人と話すときは目をみなさいよ」
彼女の態度は、まるで『告白』がなかったかのようだ。
オレが気にしすぎだといえば、そうなのかも知れないけれど。
「……オレだけなのかな」
まだ、気持ちを引きずっているのは。
☆
「タク、一緒に帰ろ?」
其処らでチョコの手渡し劇場となっていた、その放課後。
思っていたよりもたくさんの『義理』が渡され、どうにか中学三年間のZERO記録は振り払えた。
クラスのヒエラルキーの下であることはまだ免れないと思うけど。
「アムはもういいの?」
「ん、友チョコは配り終わったから」
見回すと、クラスの何人かが恨めしそうに『劇』を見ていた。
最下層からは、抜けられたようだ。
学校を出、肩から30cmの空間をキープして歩き、二人で商店街を抜けて自宅まであとわずか。
彼女の腕が、オレを引き留めた。
「タク、本命は、もらえた? 残念そうな顔してるから、義理チョコ止まりなのはミエミエだけどねっ」
その軽口に、ちょっとムカついた。
「チョコなんて、どうでもいいだろ……!」
「あっ、うん……」
咄嗟に語気強く答えてしまう。
しまった、そんなにキツく言うつもり、なかったのに。
「オレを振ったアムには、もう、関係ないんだから」
勢いは止められず、抑えていた言葉まで言い放ってしまった。
アムは少し怯んだような、悲しげな顔をしている。
夕焼けの下の彼女は、だけど、顔半分がキラキラと照らされて美しかった。
「それ……」
「そっ、それじゃ!」
オレはその場から逃げた。
チョコはもう、どうでもよくなっていた。
自分のカバンに入った義理チョコにすら怒りがわいてしまい困る…… 気持ちを切り替えたくて、シャワーを浴びることにした。
☆
夕飯を済ませ、自室で少しふて腐れていたらメッセージが届いた。
アムからだ。
『さっきは図々しくて、ごめんなさい』
急にどうした!?
アムは口でお兄さんたちをも負かす話巧者だ。
だから、オレは逃げたようなものなのに。
『今まで全然話せなかったから…… 最近、また話せるようになって、嬉しかったの』
……って言われてもなぁ。
オレ、フラレたんだぞ、お前に。
『ただ、昔みたいに仲良く、おしゃべりしたくて……』
仲良く?
あんなこと言われて、フラレたのに?
オレは眺めているだけのつもりだったメッセージに、また耐えられず返事をしてしまった。
『オレはフラレたんだ。あんな、在り方まで否定する言葉で』
『そのことずっと謝りたかったの』
……え。
『あんなこと言うつもりじゃなかった』
返ってきたメッセージは、彼女らしくないというか、弱々しい、女の子らしい言葉だ。
いや、正確に言うなら、彼女のお母さんが生きていた頃の彼女の言葉みたいで。
『本心じゃなかったの。あれは、思った通りに口から出てしまって……! ホント、ごめんなさい……』
思ってはいたんかい。
でも、今日の帰り道、少しだけ彼女が昔のアムに戻っていたような気はしていた。
彼女の茶色い髪に、夕日の赤が溶けて美しくて。
じゃあ、と言って立ち去るのが惜しくなってしまうくらい。
まだ気持ちがモヤモヤとしていたが、告白前の自分の気持ちが残っているのを強く感じて、オレは決めた。
もう一度、気持ちを確かめよう。
アムが幼馴染みのまま、友達のままでって言うなら、それに応えられないワケじゃないから。
『ごめんなさい、タク、許してくれる? ごめんなさい』
『別に謝って欲しいワケじゃ、ないから。オレこそ、さっきは言いすぎた。ごめん。昔のことは、もう気にしないで欲しい……』
『じゃあ、仲直りで、いいの?』
『いや、その前に…… 直に話したい』
もうメッセージだともどかしい。
オレは近くの公園にアム呼び出して、自分の気持ちをもう一度伝えるつもりだ。
☆
夜の公園に、アムはパーカー姿でやってきた。
トートバッグを肩に提げ、すっとオレの目の前まで近寄った。
石鹸のいい匂いがする。
「アム、風呂上がりだったのか。ごめん、なるべく早く終わらすから」
「んん、いい。あの、ね。タクが、付き合ってって、言ったときの話だけど…… あんな、ヒドい言い方して…… 仲直りなんて、できない、よね」
「いや待てって、いきなり泣くなっ!?」
なんで泣いた?
オレが、泣かせた?
いやいやいやいや、まだ二度目の告白してませんけど!?
あ、仲直りの話を聞かないで呼び出したから、か。
オレが泣かしてるわ、ごめん。
「タクのこと、好きだったの!」
「はっ?」
俺のこと嫌いって…… 男として見てないとか、散々な言われよう…… って思い出したら凹んできた。
「怖かったの。わたし、魅力なんてないから。家族だけだと口がもっと悪いし、幻滅されちゃうって思ったの。まして恋愛なんて全然わかんなかったし……」
え、アレより口悪くなるなんてあるの?
「いままでずうっと仲良しだったタクとの関係、変えたくなかった。付き合って、その先なんてわかんなかったんだ……」
それでも、結果として関係は壊れた。
オレは三年間、彼女の姿を見るたび怖かったから逃げた。
「失いたくなかったのに、あの言葉で、失っちゃって…… ぐす……」
いま思うと、彼女はオレを見つけるたびに話しかけようとしていたんだ…… 逃げてしまって、悪いことをした。
「ずっと謝りたかったけど、どう言えばいいのかわかんなくてっ…… ぐす……」
「じゃ、両想いだった? ってことか……」
信じられない。
自分の淡い期待が、まさか本当になるなんて。
いやちょっと待て、泣かせたままはマズイ。
「アム! まず、もう怒ってないし、仲直りだ、いいな」
「……ほんとう?」
ウンウンと首を縦に激しく振ると、アムはやっとすんすんと鼻を鳴らす程度に落ち着いた。
まだ涙は止まらないのか…… 知り合いや家族に見られたら恥ずかしさで死ねる。
彼女の兄さんたちに見られたらホントに命が断たれる。
でも、可愛い顔がやっと見られた気がする。
いままで、この顔から逃げていたんだ。
「わたしのこと、キライじゃ、ない?」
「キライじゃないよ」
恥ずかしくてまた逃げたくなる。
でも、アムが笑顔を見せてくれた。
「よかった……!」
その顔は、あの頃の、裏表のない彼女の笑顔で。
なぜか、懐かしい気持ちが身体を動かした。
「アム」
「な…… なに……!?」
オレは、アムを抱き締めた。
涙を自分の服で拭いたくて。
彼女を抱き締めたくて。
温めたくて。
「……わたしのこと、まだ、好きなの……?」
「そ、そういうことは、男に言わせてくれよ」
「ううん、わたしから言いたいの。三年、今年も半分以上話せてないから、四年間だわ。ずうっと想ってました。スキよ」
その声は、オレの胸の中で全部言ってる。
人には目を見てとか言いながら、でもアムの顔が熱いくらいなので、その体温にドキドキした。
服を掴む手も、震えてる背中も熱い。
抱き締めているのがウソみたいだったけどこう、体温まで感じて慌ててしまう。
触って解った細さ、柔らかさ、匂いに倒れそう。
「ありがとう。恥ずかしいのに、がんばってくれて。けど…… オレこそ頑張らなくちゃ。男だから」
彼女の匂いを吸い込まないよう上を見て深呼吸。
あ、ダメだいい匂い。
それでも三回目で覚悟を決める。
「アム、可愛いキミの声が大好きだ。いろいろ言っても世話焼きなキミが好きだ。中でも一番好きなのは、裏表のないキミの言葉が好きなんだ。付き合って欲しい」
怖がっていたけれど、ホントは聞きたかった。
彼女の、声が。
「うん…… タク、あの、そんなに言われると、恥ずかしいよ。ふふ、でも、今度はちゃんと大好きって言ってくれた…… んっ、好きな人に抱き締められるのって…… こんなに気持ちいいんだね……」
でも泣き止んではくれたらしい。
勇気を振り絞った甲斐はあった。
と、アムが両手でオレを押し退ける。
「今日の日付けの中だから、セーフだよね、コレ」
「チョコか!?」
「うん、本命…… もらって」
トートバッグの中身はコレか…… 仲直りできなくても手渡すつもりだったらしい。
嬉しくて、心の中で跳び跳ねる。
「ありがとう、嬉しいよ!」
本気で嬉しすぎる。
女ばっかの家に育ち、お隣さんの男ばっかりの家族風景に憧れてた。
母と姉二人からの過剰なスキンシップで、女というのは怖い、コロコロと本音を隠すモノだと誤解しかけていたけれど、男所帯の中のアムに家の女とは違う姿を見て、とても惹かれた。
物心ついてからも、ずっと。
たぶんそれは初恋で、告白し断られても消えなかった。
「オレは世界一幸せだ!」
「ふふ、昔から大げさなんだよ、タクは。わたしの煮物も世界一とか言って」
「仕方ないだろ、ボキャブラリーが少ないんだから」
これでも映画とか見て増やしてるつもりだよ。
手料理を振る舞ってもらったときにはすでに好きになっていたからなぁ、とても嬉しかったのを覚えてる。
彼女はまた、オレの胸に顔を押し付けた。
「……わたしだって世界一幸せなんだけど」
ZERO距離の彼女の呟きに、砂糖では敵わない甘さを受けてオレは負けた。
たぶん一生、敵わないと思う。
ご覧いただきましてありがとうございます。
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