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エピローグ

誠の2試合連続の敗戦から1週間が経った日曜日──


 今日もオーシャンズのナインは本拠地である市民球場で野球教室をおこなっていた。


「忍さん、わたしにバットの握り方を教えてください」

「わたしも!」


 あいからず参加しているファンよりも選手や関係者のほうが多い状況だが、忍の周りだけは例外で、大勢のファンの女の子たちで人だかりができている。


 ここまではデジャヴを覚える光景だが、数週間前までとは違うのは、誠の傍にもファンの女の子が存在することだ。


「まこと~。はよキャッチボールしよ~」


 湖万里が新しく買ってもらったグラブを手にして、誠にキャッチボールの相手をするように促しているのだった。


「あんな~。うちな~、今からいっぱい練習してな~、誠みたいなピッチャーになんねん。それでオーシャンズに入んねん!」


 誠にとっては不本意な試合内容だったが、湖万里の心には響いたようだ。


 その小さな体をめいいっぱい使ってボールを投げ込む姿を見ると、誠の胸は暖かな感慨に満たされるのだった。


「ねえ、スギ……」


 そんななか、ふたりのがキャッチボールを傍らでみつめていた千早が声をかけてくる。


「なんだ?」


「スギが初めて海鹿内に来た日、あたしが廊下でスギが甲子園の準決勝でわざとボール球を投げたのを指摘したことを覚えてる?」


「ああ、あの1件があったから、少なくとも俺はおまえのもとで野球をやろうと思った」


「あれね、じつは最初に見抜いたのは鹿村さんなんだよ。あの時の映像をみていた鹿村さんが開口一番に言ったの『こいつ、この場面でわざとボール球を投げよった』って」


「なんだと……」


 キャッチボールをしている手を止めて、誠は驚く。


「あたしも最初は信じられなくて鹿村さんに訊き返したの。だってそうでしょ? 延長戦の裏の守り、2死満塁のカウント3‐2。ボール球を投げて見逃されでもしたら、即座に試合終了。同じ負けるにしても真っ向勝負をして痛打されるよりもはるかに悔いが残る結果になるでしょう。だから、コントロールミスだと思っていた。でも、鹿村さんは確信があったみたい。『今の1球は断じてコントロールミスやない。こいつは打者の特性を理解して、すべてを計算しつくしたうえでわざとボール球を投げて三振を奪いにいきよった』そして、続けてこうも言ったの『お嬢、もしこいつが女子高生の監督の下で野球なんてできへんなんて言ってきたら、いま言ったことを指摘したったらええ。こういう頭で投球を組み立てるタイプのピッチャーは、自分の野球理論に自信を持っている分プライドも高いが、自分と同等、もしくはそれ以上に野球を深く考えられる人間に対しては恭順を示すんや』って」


 もはや誠は、湖万里とのキャッチボールに集中できるような心境ではなかった。


 湖万里から投げられたボールを受け取った後は、投げ返すこともできずに無言で肩を震わせているのだった。


「スギ、もしかして、怒ってる?」


「怒ってねーよ!」


 恐る恐る問いかけてくる千早の声を、誠は一瞬で封殺する。


 そして、誠はグラウンド内にいる鹿村の姿を見つめる。


 この野球教室に参加しているものの、鹿村は誰に指導するわけでもなく、ただ退屈そうに大あくびをかまし、さらにズボンの上からぼりぼりとケツをかいているのだった。


「怒ってねーよ。ただ……あのおっさんの手のひらの上で踊らされていたのが悔しいんだよ」


 してやられた悔しさで誠はそれっきり黙り込んでしまう。


 結局、最後に残ったのは、メンタルがポンコツながらも、自分の野球観を理解してくれている思っていた女子高生監督が正真正銘のポンコツだったいう事実のみだ。 


 だが……いや、だからこそ、誠はオーシャンズをやめることはできなかった。


〝こうなったら、あのおっさんの野球頭脳のすべてを吸収してやる〟


 尊敬していた親分はもういない。だが、その代わりに性格は最悪ながらも、野球に関しては誠よりも上に位置する高みに到達しているヘッドコーチが存在している。


 なにより誠を慕い、ファン第1号となってくれた湖万里もいる。


 海しかないような片田舎。


 しかも、職業野球は職業野球でも知名度は限りなく低い独立リーグのチーム。


 だが、そんなところでも、学ぶべきものはあり、大事にしたい人はいる。


〝やるっきゃねえ〟


 誠はそう固く決意を新たにするのだった。


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