投球のコンビネーション
先週、アントラーズ戦が終わった後のグラウンド。
自らの投手としての弱点を問う誠に対して、鹿村は逆に質問するのだった。
「それで、スギ、オマエは今日の試合で、打たれた原因は何やと考えてるんや?」
「それは、右打者の外角のボールゾーンに逃げるスライダーやカーブをことごとく見送られた事だと思います。それで、カウントが悪くなったところストライクを取りにいったストレートを痛打されて……」
「ほう。それやったら、4回のスリーランホームランはどういうふうに考えとるんや?」
「あれは、完全に読まれていたんだと思います。それまで外角の球ばかり続けていたので、打者は決め球に内角の球が来るとヤマを張ってたんでしょう」
「ちゃうな」
誠の見解を鹿村は明確に否定する。
「あの打席、あの打者は最後まで外角に的を絞っとった。それでも打たれたんは、ただ単にオマエのストレートにチカラがないからや。オマエの内角のストレートを打つのに『読み』なんかいらん『反応』だけで充分なんや。
ついでに言えば、さっき言っていた右打者に対しての外に逃げる変化球をことごとく見送られた理由もそこにある。オマエの内角のストレートは怖くない。そやから、安心して外角のみにヤマを張れる。外角のみに標準を絞っとったら、外に逃げるボール球を見送るんも容易い。ピッチングちゅうんは、コンビネーションや。高めの球があるから低めの球が活き、緩い球があるから速球が活きる。右打者の内角を突くことができへんオマエは片肺飛行のエアプレーン。高校生レベルまでしか通用せえへん半人前ちゅうことや」
「それじゃあ、どうすればいいんですか?」
鹿村の答えを聞き、誠は絶望する。
誠のストレートにはチカラがない。だから内角にストレートを投げる事ができずに、結果として外の変化球も見極められてしまう──その因果関係は理解できる。しかし、だからと言って速いストレートを投げることができれば、誠はとっくの昔に速いストレートを投げている。鹿村の見解は、投手・杉浦誠に対しての死刑宣告に近い。今まで目指していた高みに通じる道が、とつぜん断崖絶壁になっていたような気分になるのだった。
「速いストレートを投げることができる筋力・運動神経……総じて『才能』がないから俺は必死になってコントロールを磨いて、曲げて落としてタイミングをはずして、低めに変化球を集めるピッチャーになったんです。鹿村さんは俺に投手をやめろっていうんですか?」
「まあ、待て。結論を急ぐな。たしかに速い球を投げられるっちゅんは才能や。誰にでもできるんもんちゃう。そやからオマエみたいな凡人が内角に投げるためには、速いストレートの代わりになる変化球を覚えればええ」
「ストレートの代わりになる変化球とは、何ですか?」
「シュートや。シュートを覚えればオマエのピッチングはもっと幅が広がる」
「シュートですか……」
鹿村の言葉を聞いた誠は露骨に顔を曇らせるのだった。シュートと呼ばれる変化球は、右投手である誠が投げれば、三塁方向に曲がる変化球なのでたしかに右打者の内角を突くのにはうってつけの球種だ。今の誠の持ち球はカーブとスライダー。共に一塁方向に変化する球種なので、効果的なコンビネーションにもなる。
しかし、誠はその変化球を覚えるのには気が進まなかった。
「なんや不満か?」
誠の懸念を読み取った鹿村が眉を顰める。
「シュートはひねって投げるでしょう。ヒジに負担がかかりそうだからあんまり投げたくないんですよ」
誠がそう呟くと、鹿村は大仰なため息をつくのだった。
「それは偏見や。本当のシュートいうんは、極端にヒジをひねらずにほんの少し人差し指を利かせて投げるもんなんや。ええか『固定観念は悪で先入観は罪』や。シュートは投げればヒジを故障するっちゅう固定観念はいますぐに捨てろ!」
それでもなお、明快な返答を言うことができない誠に対して鹿村は続ける。
「ええか。このままいったら、必ずオマエは投手としてジリ貧になる。それは確実や。それに人生ちゅうもんは、何かにチャレンジして後悔したことよりも何もしなくて後悔した経験のほうが圧倒的に多いはずや。『断じて敢行すれば、鬼神も之を退く』──決意を持って臨めば、鬼神も怖れて避ける。勇気を持ってチャレンジせえへんかったら、何も得られへんし成長もできへん。違うか?」
その言葉にようやく誠は決意を固くする。
そして、それから今日までの一週間。通常なら肩とヒジを休めなければならない時期にもかかわらず、シュートをマスターするために特訓にあけくれたのだった。




