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敗戦。そして……

 結局──


 なんとか完投こそは果たした誠だったが、9回オモテにもさらに1点を失い、合計8失点。ノーヒットノーランで実力を示すどころか、その力の差を完膚なきまで見せ付けられる結果となってしまった。打撃陣もアントラーズの投手陣に抑えこまれての完封負け。なに一つ良いところがなかったオーシャンズの戦いぶりに、来シーズンの逆襲を期待した応援団は肩を落として家路につくのだった。


「来週にも練習試合はあるな」

「そやな……」

「来週は勝てるんかな?」

「来週は神戸のブルーサンダーズ……今シーズン2位のチームやぞ。5位のチームの相手にこんな調子やのに、勝てると思うか?」

「……………」


この1週間後には、兵庫県にある神戸ブルーサンダーズと練習試合がおこなわれるが、誰もが次の試合への期待を抱くことはできなかった。


 試合後、誠は球場内にあるロッカールームで座り込み、誰とも言葉を交わそうとしなかった。


 試合終了から1時間以上の時が経過して、すでに他のナインたちは着替えを済ませてロッカールームから立ち去っている。だが、それでも誠はその場から動けなかった。もはや悔しさを通り越し、己の投球の不甲斐なさに惨めさすらも感じていた。


 ここ1番という試合や場面で打たれた時には、悔しさで涙をこぼす事もあったのだったが、この日の誠に涙はなかった。涙すらも出ないほど無残な結果だったのだ。


 当初、独立リーグのチームを、プロ野球にも社会人の企業チームにも入ることができなかった寄せ集め集団だと軽んじており、湖万里にノーヒットノーランを約束した誠。


 しかし、アントラーズの選手の実力は、想像以上だった。とくに誠を驚かせたのは、選球眼の良さである。近畿独立リーグでは高校野球とは違い、金属バットではなく木製バットを使用する。それ故に投手の誠にとっては攻めやすくなると考えていたのだが、実際には違った。芯に当たらなければ飛ばない木製バットを使用している分、打者は追い込まれるまでなかなかボール球に手を出してくれなかった。とくに、イニングが進めば進むほど、ストライクゾーンからボールゾーンに変化するスライダーやカーブにまったくと言っていいほど反応してくれなかったのだ。ボール球を有効的に取り入れて配球を組み立てる誠にとっては、この打者の選球眼のよさが想像以上に堪えたのだった。


〝なにやってたんだろうな、俺は……〟

〝煽てられて、持ち上げられて、自分の実力を過信して……〟


 冷静に考えれば、いくらプロや企業チームからオファーがなかったとはいえ、独立リーグの選手たちは名門と呼ばれる高校や大学などで実力を磨いてきた猛者の集まりなのだ。つい数ヶ月前にやっと高校の野球部でレギュラーを掴んだばかりの誠よりも格上なのは当然である。


 それを……実力ある先輩たちに恵まれたおかげでほんの少し甲子園で活躍して、海鹿内市の人たちから救世主扱いされたせいですっかりのぼせ上がり、高森高校で打撃投手に明け暮れていた日々のひたむきさを忘れ、いつのまにかアントラーズの選手を見下していた。


 もちろん、誠は海鹿内市に来てからもいつも全力で野球に取り組んできた。妥協や手抜きなどしたつもりはない。しかし、いま思えば、周りからチヤホヤされるたびに、その『一生懸命』の基準が少しずつおかしくなっていた。そして、人はそれを『慢心』と呼ぶ。


5回にはノックアウト。持ったとしても7回までやろな──


鹿村の言葉が脳裏をよぎる。誰もがノーヒットノーランやら完封やらと言って誠を持ち上げる中で、結局は鹿村だけが真実を見抜いていたのだ。


人生というのはいつもそうだ。耳障りのいい言葉は、いつも最後には自分を裏切っていく。そして、最後まで残っているのは、最初は存在を無視して聞きたがらなかった不愉快な言葉なのだ。


「鹿村さん、そこにいてるんでしょ?」


「なんや、気づいとったんか」


「そりゃあ、西本や立花と一緒になって何十分もこっちを見られたら、いくら物影に隠れてたって気づきますよ」


「そうか。それで何の用や?」


 鹿村は唇の端を持ち上げながら誠に質問する。その笑みは、素直な喜びにも、冷笑にも、思い通りに事が進んでいる満足にも見える笑みだった。


 最初から誠は鹿村の手の中で泳がされていたに過ぎない。鹿村はどういうタイミングで忠告をすれば、鼻柱の強い誠が最も耳を傾けるのを理解していたのだ。


 正直に言って、誠は未だにこの野球人の人間性は好きになれない。顔すらも見たくない、というのが本音だ。


 しかし、誠は次の行動を起こすのには迷いはなかった。


「教えてください。鹿村さん」


「なにをや?」


「試合前に言っていた、俺のピッチャーとしての決定的な欠陥って一体なんなんですか? どうすれば俺はもっと高いレベルのピッチャーになれますか?」


 誠は鹿村の前で深々と頭を下げるのだった。


 その様子を見届けた鹿村は、『及第点』とでも言いたげな笑みを浮かべる。


「それなら、グラウンドへ出ようか? 今から教えたるわ」


 キャッチャーミットをはめて、グラウンドへ向かおうとする鹿村の後を誠はついていく。

「ちょっとまこっちゃん! カムさん!」


 鹿村の後ろで優輝が抗議の声をあげる。今日の試合、誠は150以上の球数を投げ、すでにクールダウンとアイシングをやり終えているのだ。コンディショニングコーチの優輝の立場からすれば、「べつに今じゃなくても……」と抗議したくなる気もちも分かる。

 しかし──


「悪い立花。今じゃなけりゃあダメなんだ。完膚なきまでに打たれて、悔しさが風化していない〝今〟じゃなけりゃあ」


 そして、誠は鹿村の後をついていくのだった。





 それから6日後、神戸ブルーサンダーズの練習試合の前日。


 鹿村は先発投手を誠にする事を選手やコーチ陣の前で発表した。


 もちろん、オーシャンズのナインたちは動揺を隠せない。誠はオーシャンズの投手陣の中で最も注目されている選手だが、オーシャンズは誠のためにチームではない。なにより練習試合とは勝ち負けを競うよりも戦力を見極めることのほうが重要なのだ。オーシャンズには誠以外にも投手はたくさんいる。それなのに、アントラーズ戦ですでに実力の程を知ることができ、しかも通用しないと断が下されている投手を再び登板させる意味を見出せなかった。


 しかし、鹿村は動じない。そんな選手たちのざわめきを封殺するかのように、そのしわがれた声で、明瞭に宣言する。


「あしたの試合は、スギを先発させる。これはもうワシが決めたことや」





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