投稿者をぬか喜びさせる会
「絶対に、“投稿者をぬか喜びさせる会”があるんだよ!」
抜田君がそう訴えている。ちょっと涙ぐんでいる感じで。「いや、考え過ぎだって」とそれに僕は言う。
僕と彼は、今、民俗文化研究会のサークル室の前にまで来ている。それにはちょっとした事情があった。
――僕らは文系サークルに所属していて、まぁ、だから小説も書いていて、それを小説投稿サイトに投稿なんかもしている。ところがどっこい、これがなかなか厳しくて、同じ文芸サークルに所属している仲間達がくれるポイント以外はほとんど入らない。
僕なんかは、まぁ、「これが現実だよね」と半ば諦めているのだけど、抜田君は違っていて、「この程度の作品でも上位に入れるのだから、僕だっていけるはずだ!」と中々の野心を燃やしている。それで色々と工夫をしているようだ。
その投稿サイトで人気のあるジャンルをリサーチしたりとか、タイトルをそれっぽくしたりだとか……
タイトルについては説明しないと分からないかもしれない。
その投稿サイトでは、点数が入り易い傾向にある特徴的なタイプの小説タイトルがあるのだけど、彼はそんなような感じのタイトルを自分の小説に付けているのだ。
「多分、無駄だと思うけどなぁ……」
と、僕は彼のそんな試みをそんな風に思っていたのだけど、ある時、彼はこんな報告をして来たのだった。
「凄いぞ! 僕の作品に、ポイントが入りまくっている!」
まさか、と僕は思って、彼が投稿した作品を見てみたのだけど、彼の言う通り、本当に点数が入っていた。既に300ポイント以上もゲットしている。
“虚仮の一念” と言うけど、大したものだと僕はそれに関心した。
が、それは一瞬の事だった。何故か次の日、そのポイントのほとんどは消えてしまっていたのだ。
抜田君がそれに大いに落ち込んだのは言うまでもない。
「こんなの絶対におかしいよ! 誰かが嫌がらせをしているんだ」
彼は僕にそう訴えた。そして、ショックの所為か「“投稿者をぬか喜びさせる会”があるんだよ!」とか、よく分からない事を言い始めたのだった。
まぁ、ニュアンスは分からなくもないけど。
彼があまりにそう何度も繰り返して、「犯人捜しをする!」とまで言い始めたので、僕は彼を落ち着かせようとこんな提案をした。
「そうだ。それなら、民俗文化研究会の鈴谷さんに相談をしてみないか? 彼女なら、その犯人を見つけてくれるかもしれない」
民俗文化研究会に所属している鈴谷さんは、勘が鋭くて色々な事件を今までに解決していると聞いた。なんと、つい先日、うちの文芸サークルの女生徒達もお世話になったのだという。
もっとも、僕は彼を落ち着かせる為にそう言っただけで、本当にその鈴谷さんが犯人を見つけてくれるとは思っていなかったのだけど……
「なるほど。変な話ね」
僕らの話を聞き終えると、鈴谷さんはそう言って持っていたカップのコーヒーを一口すすってから机の上に置いた。
先日のお礼も込みで持って来たケーキのお土産が効いたのか、それとも単に機嫌が良かったのか、彼女は比較的すんなりと僕らの相談に乗ってくれた。
「抜田君には恨まれる覚えなんてないのよね?」
鈴谷さんがそう質問をすると、「もちろん」と言って、抜田君は胸を張った。ここまで自信満々だと逆に疑いたくなる。
「ポイントが入ったのは、やっぱりタイトルを流行りのものにしたのが良かったのじゃないかと思ったんだ」
「ふーん」と、それに鈴谷さん。
その後で、彼女は何故か「その小説投稿サイトって、検索機能があるのよね? それなら、ちょっとそのタイトルで検索をかけてみたら?」とそう提案して来たのだった。
「どうして? 僕らはURLを知っているから、直で飛べるんだよ」
不思議に思ったから、そう言ってみると、彼女は含みのある顔で、「そうね。でも、他の人達は知らないわ」とそう返して来る。
彼女の意図は分からなかったけど、僕らはその場で彼女のノートパソコンを使って投稿サイトにアクセスをすると、言われた通りにタイトルで検索をかけてみた。すると、かなり長いタイトルなのに、2件ヒットしてしまった。完全に同じではないけど、よく似ている。凄い偶然もあったものだ。
「どちらがあなたの小説?」
それを見て、鈴谷さんはそう訊いて来た。抜田君が指で示したのに、彼女はそっちではなくもう一つの方をクリックする。そして、投稿日を確認した。
「この投稿日、抜田君の作品にポイントが入ったのと同じ日じゃない?」
それに彼が「え? うん。そうだけど……」とそう言うのを受けると、彼女はそれからその作品のポイントを確認した。既に300ポイントを超えている。
「やっぱりね」
と、それを見て彼女は言った。
「“やっぱり”って?」と、それに抜田君。
鈴谷さんはそれからこう説明した。
「簡単よ。この人の作品にポイントを入れてくれって頼まれた人達が、タイトルが似ているから間違えて抜田君の方にポイントを入れちゃったのよ」
それに抜田君は目を大きくする。
「そんなの不正じゃないか!」
そしてそう言った。ただ、その後で、自分も似たような事をやっていると気が付いたのか、ばつの悪そうな顔になる。
鈴谷さんはこう言った。
「私はこのサイトの事は詳しくは知らないけど、仲間にポイントを入れてもらうのって不正なの? でも、それって良い作品だからポイントを入れたかどうかなんて判別不可能じゃない?」
抜田君はそれに何も返さなかった。
つまり、不正は防げないという話だ。
「よく分からないけど、そんな不正し放題のランキングで上位を目指す事に拘るよりも、自分の書くべき小説を書く事に集中した方が良いと、少なくとも私はそう思うわよ?
あなたは何かしら小説を書く理由があって、小説を書いているのでしょう? ランキングで上位になる事が目的じゃないわ」
そう言われて、抜田君はなんだか物凄く恥ずかしそうな顔になった。