1-4 死神とレモネード、それと誰かが死ぬ話
「はぁ……」
「驚きで声も出せないかい。ふふ。そうだろう、そうだろう」
ドヤ顔を浮かべるルアネ。
「いやそりゃあ驚いたけど……死神ねぇ。本当に実在するんだな」
「勿論だとも、私という素晴らしい存在がなによりの証拠さ」
どこからくるんだ、その自信は。
とはいえ本人がそういってるんだから、本当なのだろう。
せっかくだし、もう少し詳細を聞いてみるか。
「死神ってのはレイスとか、リッチの親戚みたいなもんか?」
ダンジョンで遭遇したことがあるが、如何にも死神という風貌をしていたな。
ルアネは顔をしかめる。どうやら違うようだ。
「あんな偉ぶってる骨や、腐りものなんかと一緒にされるとは心外だね」
「あんなって……」
Aランク指定されてる化け物どもだぞ。
「強さの話じゃないのさ。格が違うんだよ。だいたい彼らは人を襲うだろう」
「まーそりゃあモンスターだしな。言われてみればお前からは襲う気配は感じないな」
「お前じゃあない。ルアネと呼びたまえ。……そういう気配も視れるのかい?」
「まぁな」
殺意は多かれ少なかれ黒い靄として見えるが、目の前のこいつ――ルアネからはさっきのを除けば全く靄を視ない。
くつくつとルネアが愉快そうに笑う。
「面白い人間だ。名前は?」
「キエルだ」
「キエルか。いい名だ。それでどこまで話したかな」
「死神は格が違うとか。人を襲わないとか」
「そうだった。続けよう。我々は死んだ人間の魂を導く存在さ」
「導く?」
「そうさ。魂が路頭に迷わないように、案内してあげるのさ」
それだけ聞くと、確かに人間を襲うモンスターとは違うな。
「なんというか天使みたいだな」
「そんな高尚な生き物じゃあないけどね」
「ふーん。なら俺たちの魂ってのは基本死神が取りにくるのか?」
「まぁ、基本的には死神のことが多いんじゃあないかな」
そこまで聞けば、当然次の疑問がわく。
「ならなんで、俺はルアネみたいな死神を今まで視てこなかったんだ?」
魂を持ってくのが死神なら、これまでも街にいたはずだ。
それなのに、今まで俺が視たことがないのはおかしいじゃないか。
「そんなこと言われても困るよ。だいたいキエルみたいな人間初めてだしさ。……ただ心当たりはあるね」
「へぇ…………教えてくれないのか?」
「教えてほしいのかい?」
にやにや。
そんな音が聞こえてきそうな顔だった。
こいつ!
俺に教えてくださいって言わせたいらしい。
「もったいぶる奴って、いやな奴多いよな」
思惑通りに動くのも悔しいので、少し嫌味を言ってみた。
するとルアネはプルプルと震え……震え?
「ぐす……そ、そんなこと言わなくたって」
泣く一歩手前になっていた。
豆腐メンタルだった。
「って泣くな泣くな。うわー聞きたいなー。知っている人はきっと高貴で、美しくて、賢いんだろうなー!」
慌てて、褒めちぎる。
いちいち泣かれてはかなわない。
「本当?」
「本当本当!!」
どうやらおだてる作戦は上手くいったようだ。
涙がスッと引っ込む。
「そうだろう、そうだろう。くく、気分がいい。しょうがないから教えてあげようじゃあないか」
「随分あっさり教えてくれるんだな」
「ふふ、なんたって私は高貴で、美しくて、賢いからな」
「はいはい、で?」
誉め言葉を気に入ってくれたようでなにより。
「相槌がテキトー過ぎないか。まぁいい。今まで死神を視なかったのはだね。きっと弱小な死神どもと違い、私が高貴で、存在感があったからだろうさ」
「あー、なるほどな」
そりゃあ裸でいるような奴は存在感があるだろうよ。
絶対出まかせだろ。
期待して損した。
聞いてもないのに、ルアネの自慢は続く。
「我がシュバルツ家は、代々戦死を司る一族。歴史がある由緒正しき一族なのだ」
ん? 一族?
「なんだ、他にも死神がいるのか?」
「勿論。それぞれの死神が死因ごとに魂を回収しているのさ」
「へー。そんなかでもあんたは戦死の死神ということなんだな」
「理解が速くて助かるよ」
冒険者の縄張り争いみたいで、世知辛い。
それにしても戦死か……。
「じゃあ今は仕事帰りってところか?」
荒くれ者の冒険者がいるからと言え、ここは街だ。
戦闘による死者は滅多に出ない。
恐らくどこか遠方で回収をした後に、街まで流れてきたのだろう。
「いいや。お仕事はこれからさ」
しかし、俺の予想は外れたようだ。
ルアネがにたりと笑う。
「は? じゃあさっさと仕事に向かえよ。だってここ街だ……し」
“実はギルド職員数名が襲われているんですよぉ”
カリオトさんの話を嫌なタイミングで思い出す。
だがおかげで、今ここにルアネがいることに納得がつく。
ついてしまう。
問いただす俺の声は、震えていた。
「もしかして、誰か、殺されるのか」
「ん? よくわかったね。そうだとも」
あっけからんとルアネは頷く。
「な!?」
「噂をすれば何とやらだ。ちょうど出てきた。ほら彼女だ。彼女」
まるで待ち人が来たかのように、俺の後ろを指さす。
確かめるべく、振り返る。
すると、そこには二階の会議室から出てきたカリオトさんがいた。
頭が真っ白になる。
は?
「カリオトさんが?」
死ぬっていうのか?
「ふぅん。彼女はカリオトというのか。そうとも彼女は今日の夜、戦って死ぬのさ」
ルアネは大したことがないかのように言うと、手元のレモネードを一気に飲み干した。
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