1-1 役立たずの追放者
「キエル、役立たずに金を払う必要ってあると思うか?」
「えっ?」
「俺は払う必要もないし、むしろいなくなってほしいと思ってんだ。だからなキエル、お前は今回限りで抜けてもらうことにした」
「…………へ?」
クエスト達成後、話があるからとパーティーリーダーのザフールに呼び出された俺は、想定外の発言に棒立ちになる。
てっきり報酬の山分けの話かと思っていたら、まさかの戦力外通告だった。
「冗談……だよな?」
信じられなかった。
だって俺たち、立ち上げから一人も欠けずにやってきたんだぜ?
だがザフールや、後ろに立つ他のメンバーたちの眼は冷たかった。
どうやら本当の話のようだ。
「なんでだよ!?」
訳が分からない。俺だってみんなのために尽くしてきたはずだ。
それなのに、なんで追い出されることになるのか。
「あんたそんなこともわからないの? 呆れた。さっきから言ってるじゃない。あんたが、役立たずだからよ!」
もう我慢できないとでも言わんばかりに、魔法使いのマギシアが口を出してきた。
その勢いは得意とする【烈火の魔法】のように強い。
普段だったら気圧されていただろう。
でも今回ばかりは黙るわけにはいかない。
「役立たずってどういうことだよ!? 俺だって罠の解除とかしてるだろ!」
俺はシーフだ。罠の解除や、情報収集が役目だ。
今までそれらの手を抜いたことは一度もなかった。
なのに役立たずと言われるのは訳が分からない。
「罠の解除?」
「そんなんで報酬をもらえると思ってんのかよ」
「戦闘じゃいつも隠れてばかりじゃない。魔法使いの後ろに隠れるなんて恥ずかしくないのかしら」
「ということだ。キエル、俺たちのパーティーにお前を評価する奴はいない」
だが彼らにはその重要性が分かっていないようだ。
納得いかない。
俺たちはAランクパーティーだ。
戦闘要員である彼らの戦いぶりは凄まじい。
それと比べたら俺の戦闘力なんてゴミも当然だ。
それは認める。
でもだからといって、俺の存在価値がないわけじゃないだろ。
「俺がいなくなったら、罠はどうするんだよ」
「罠なんてそんなにありませんし、だいたい貴方がいても罠にかかることはあったじゃないですか」
僧侶のポペが淡々と言う。なじりたくて仕方がないのだろう。
馬鹿にするように、口元がゆがんでいる。
はらわたが煮えくり返りそうだった。
(それはお前らが俺の制止を無視して、勝手に歩くからだろうが!)
(俺が注意しているのに、聞く耳を持たないのが悪いだろ!)
そう反論したくなるが、ぐっと我慢する。
いまここで言い合ったら、それこそよくない。
パーティーから追放されないようにするのが先だ。
いくらでも挽回はできる。
「次から……次からは絶対に罠を解除していくから。頼む。パーティーに残してくれ」
頭を下げ、精いっぱいの誠意を込めてお願いする。
「絶対とか無理に決まってんだろ。てめぇバカか?」
戦士のトルエンがあざ笑う。それにつられて他の三人も馬鹿にするように笑う。
全員、絶対罠を解除することなど無理だと思っているのだ。
確かに、普通なら到底不可能だろう。
だが俺なら――、
「できる。俺の眼に誓って言う」
出来るのだ、この特別な眼を使えば。
「ハッ! お前がいつもほら吹いてるその眼のことか?」
ザフールが整った顔を歪めながら、鼻で笑う。
明らかに信じていない。
だが、本当に力があるのだ。
俺の眼は死を視ることができる。
死を招くものがあると、黒い靄として視えるのだ。
だからこれまでどれだけ巧妙に隠された罠でも、靄として見つけることができ、解除をすることができていた。
「本当だって! 信じてくれよ!」
「キエル! 見苦しいわよ! そんな眼あるわけないじゃない!」
何度目かの告白。
秘密にする必要もなかったから、俺は事あるたびに伝えてきた。
だが俺の眼を信じてもらえたことは一度もない。
今回もそれは変わらなかった。
「信じられるかよ。だいたいおかしくねぇか? もし本当に視えてんなら、戦うことも余裕じゃねぇか。なのにてめえは戦おうともしねぇ」
「そ、それは……」
トルエンが傷だらけの指でさしながら、疑問を投げかけてくる。
俺は言い淀む。
言っていることはもっともだからだ。
死を視ることはできる。
だから罠はもちろんのこと、モンスターの攻撃だって、黒い靄として視ることはできるのだ。
だが視えるのと、避けられるのは別問題。
俺にはできなかった。身体が思うように動かないのだ。
だから戦うことができない。
それを伝えればいいだけなのに、今までうまくいかなかった。
以前、ありのままを伝えたら、死にたくないから嘘をついていると言われたのだ。
それ以降、何も言えなかった。
納得させる方法を思いつかなかったのだ。
「キエル。あなたはどうしてすぐ嘘をつくのですか。もういいでしょ。諦めてください」
ポペがやれやれという雰囲気で、馬鹿にしてくる。
俺の沈黙を嘘が見破られて動揺していると受け取ったらしい。
「嘘じゃないんだ! 戦うことはできない! ただ本当に視えるんだ! 戦えないとしてもかなら……」
「いい加減にしろよ!」
戦えないとしても必ず役に立つから。
そう言おうと思ったが、ザフールの怒鳴り声に遮られ、叶わなかった。
シンと部屋が静かになる。
「うざいんだよ」
ぽつりとザフールの口から出た言葉は、とても冷たかった。
「死が視える? んな話あるはずがない。お前は嘘ばかり言う。本当にそういうところが嫌いだ」
そういいつつ、彼は左腰に下げられた剣の柄に手を添えた。
ギョッとする。
ザフールから黒い靄がにじみ出ていた。
「本当にそんな眼がついてんならよぉ。これ、視えてんのか?」
心臓がきゅっと締め付けられる気がした。
こいつ…………本当に殺そうとしてるのか。
汗がとめどなくあふれる。
殺される!
「わ、わかった。お、俺はパーティーを抜ける」
喉がカラカラになりながらもそういうと、脱兎のごとく部屋から逃げだした。
あまりの変わり身の早さが滑稽だったのか、背後からは仲間――元仲間たちの嘲笑が聞こえる。
「くそ……なんでだよ!」
俺の叫びは誰にも答えてもらえることなく、虚空に消えていった。
こうして俺はパーティーから追放されたのだ。