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異世界は発展したようです  作者: Talioata
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ほんへいご

蝶番が外れかかったぼろい不格好な扉を肩で押しひらく

ボロいし毎回位置が変わるソファもやる気のない受付も

ただ最近常に一緒だったトカゲはその日は姿が見えなかった

起きた時はいたが昼頃になると姿を消していた

ソファにどっかりと座った顔見知りに声を掛ける

「なぁ、うちのトカゲ見なかったか?どっか言っちゃて探してんだけど」

「あぁ?!そんなん俺が食っちまったわ!」

アルコールで頬を染めた飲酒中毒者が怒気を孕んだ罵声を唾とともに飛ばしてくる

「お前ずっとここにいたの?」

「酒場が空いてないからなぁ!クソが!」

「広場にはいなかった?見てない?」

「見てねぇって言ってんだよ!」

「そう、ありがと」

「うっせんっだよ!」


ここにくるやつは本当にろくなのがいない

毎回怒鳴り散らすのは彼らの流行りなんだろうか

朝っぱらから酒飲んで馬鹿しかいないのか


この街には金に困った人間は掃いて捨てるほどいる

ドラゴンの幼体なんて金の生る木だ

ましてそれが保護者なしにほっつき歩いているんだ、鴨がネギ背負ってんのと変わりがない

それもこの街には訳ありの金持ち連中が多いし、たいてい奴らは性格が悪い

街の馬鹿より頭はいいからさらにたちが悪い、目をつけられたら酷い目にあうかもしれない

そう思える程度には一緒にいて愛着が湧いていた




雨がポツポツと降り始めるとすぐにバケツをひっくり返すような量になった

日はもう落ち切って街を照らす街頭は酷く頼りないものだった

探し始めはゆっくりだった歩みも今はもう駆け出していた。

角に差し掛かるたびに首を回し、家と家の隙間すら気になってしまう。

いないであろう場所にも目が吸い寄せられ、居ないとわかると心の影が濃くなっていく。

広場には居なかった

箱周りも雑貨屋にもいなかった

港も

斡旋所にも

何処にもいない


街灯が消えた

町は静まりかえり月明かりが照らすのみの人気のない町はとてつもなく無機質で物寂しい

客引きうるさい屋台や罵り合う男も姦しい女も、普段の喧騒が蘇り一層寂しさを引き立たせる。

もうとっくのとうに諦めていた

惰性で探しているだけで既に手グセの悪い連中にさらわれたあとなのは理解できた

ただ自分がここまでやってるんだからやめたらそれが無意味になる

それだけがただ嫌なだけな、自分のためだけ

足は家のほうに動いている


十字路を抜ける

斡旋所を左に曲がり右手に見える広場を抜ければ家に着く

着いてしまう。

人に起こる不幸の大半は他意的なもので自分ではどうしようもないのがほとんどだ。

そしてそのほとんどを人は忘れるか割り切ることで生きていく。理由をつけていたらキリがないからだ。

しょうがなかった

仕方なかった

この街には腐った連中は沢山いる

割り切って、忘れて、また明日起きて、斡旋所のファインダーを眺める

それで終わり


広場が見えて来た

月明かりが照らす積まれた物資と申し訳程度のベンチ

そして蹲み込んだ少女と濃緑色の大きなトカゲ

自然と足が速度を上げ、吸い込まれるように駆け寄っていく

足音で気づいた少女がふっとこちらを見る

トカゲもこちらに気づき翼をバタつかせて全力で走ってくる

衝突点でだきあげつよく、つよく抱きしめる


「やっと!見つけたっ!はっ、よかった、っは、心配したんだぞ!」

突然姿を消した事への怒りと再会の嬉しさと安心感とで心がぐちゃぐちゃになる

「あぁ、よかった。本当に、よかった。」

溢れ出る気持ちが言葉にならずに口から吐き出された


「あなたの子ですか?」

しばらく間を置いてから寄って来た少女が声をかけて来た

「ああ、そうなんだ。朝、起きたときはいたのに、気づくといなくて、どうしようって、探して、それで」

やはり言葉にならない嗚咽まじりの声が静かに広場に広がる

少女が腕の中に丸まるトカゲの毛を優しく上品に撫でながら問う


「この子の名前はなんて言うんですか?」


目を細めて微笑む少女はとても綺麗で、薄暗く静まり返った広場の中で彼女だけが輝いて見えるような感覚に陥る

それほど可憐な少女に言葉を詰まらせ、絞り出すように声を、言葉を吐き出す


「まだ、名前は、ないんだ」


柔らかな微笑みがパッと花開き無邪気な笑顔に変化した

天真爛漫に口角を上げたその好奇心を体現した顔で提案した


「ならっ、わたしがつけてもっ?」


両手を握り胸の前で揃えこちらを見上げてくる仕草があざといと理解していてもどうしようもなくかわいい、そしてなにも言えない雰囲気がある

例えるなら美術館の奥まったところにある展示品のような崇高で力強い、そんなふうな空気に気圧されてうまく言葉が繋がらない


「ぜひ、お願いします」


「そうですねー、なんで名前がいいでしょうか…」


抱いたトカゲを眉間にシワを寄せ凝視し、んーっとうなって腕を組む

その一挙手一投足が芸術品のような美しさがありこの子が二十世紀のパリにいれば幾多の画家が彼女を絵に残しただろう

芸術品が目線を合わせパッと晴天の笑みを浮かべた


「そうだ!フェルなんてどうですか?フェルナー・フォン・シュタットベルク、私の曾祖父の名前です!これでフェルは私の家族ですっ!」


口の中で名付けられた名を定着させるように反芻する

フェル…フェル….いい名前だと思う

なんだか今まで宙に浮いていたものがつなぎとめられた気がした


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