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されど暗澹は変わらず

 藍山あいざん明篠(あけしの)郡、鳶分とびわけ郡に跨り、翠森すいしん府にも峰々を連ねる北羽きたはね山脈。下方の藍山府静漓(しずり)郡へ伸びる南羽みなはね山脈や、碧原へきげん府との境に連なる青羽あおはね山脈と合わせて鵬ノ峰(おおとりのみね)とも呼ばれる大山脈に、黒い影が二つ立ち入っていた。片方は山を行く僧形の支度をしていたが、もう片方はひらひら布を遊ばせるほどの衣を纏い、軽やかに先陣を切っている。

 深山には二人以外の人影など無く、そもそも修行者が踏み入れ開いたような場所を歩いてさえいない。足を止めれば忍び寄る畏怖の静寂も意に介さず、ひたすらに前を行く二人組は、鬼――雷雅と風晶だった。


「ふふふ。だんだん懐かしくなってきたなぁ。あともうちょっとで志乃を拾った場所の近くに出られるんだよねー」


 時おり、雷雅は声を発していたが、風晶が応じないためことごとく独り言になっていた。もちろん風晶は意図して無視を貫いていたのだが、ふと気にかかって雷雅の背を見る。


「そういえば何故、あれに『しの』と名付けた。明篠郡で拾ったからか」

「そーだよー? 明の部分から付けるのでも良かったかもだけどー、篠の方は竹だからさ。長生きしてほしいなぁって思ったから、そっちから取ったんだー」


 人間が語っているなら温かい理由だが、雷雅が語っては悪寒しか走らない。風晶自身がその「長生き」を証明するような存在なのだから、なおさら。

 げんなりして口を閉ざす風晶に対して、応じてもらった雷雅は途端に上機嫌となる。自分の美貌など物ともしない相手と久々に話せた他、思った以上のお気に入りができてしまったせいで、容易く機嫌が良くなる状態から抜け切れていなかった。


「いつかまた来るだろうなーって思ってたけどー、地理の情報は足掛かりが一番掴みづらかったもんねぇ。でも、一つ見つければし崩し。利毒りどくのおまけにも感謝しなくっちゃー」


 舞うように歩いていく雷雅へ、そのままどっかつまづいてすっ転んで頭打ち付けろという念を送りつつ、風晶は利毒がおまけで提出してきた情報を思い起こしていた。龍爪亭りゅうそうていの最上階にて提出されたそれもまた、こうして雷雅の足を進ませる一因となったのだから。


「あの子……木下喜千代も、ずーっと不思議だったもんねぇ。いくら実力主義の境田家だからって、当主になるような人間の傍に、身元が不鮮明な副官を抜擢するなんて。まあ、何か動きを見せる奴がいないかっていうえさなことは分かるしー、兼昌も兼久も警戒はしているみたいだけどさぁ」


 弾む声の中で唯一、距離を感じ取れる縁取りで発せられた名前。境田兼久の副官扱いとなっている木下喜千代こそ、雷雅を藍山府へ進ませた理由の一つ。利毒がつけたおまけというのも、棚盤山たなざらやまで彼女が自ら明かした出身地のことだった。藍山府は朋河ともかわ郡の片田舎、と。


「でも。藍山府の出身者に、()()()実力者がたーっくさんいるっていうことについてはー、色護衆も長らく探りを入れてるからねぇ。忠彦と寿々乃だって、藍山府で拾われたんだし」


 稀代の守遣兵、人妖兵と謳われた二人組を気安く呼びつつ、後ろ歩きに切り替えながら振り返った雷雅は、黄金の双眸を繊月にする。ただ純粋に、知りたいことを調べているだけの鬼は、それだけなのに恐ろしい。


「ぁはは。これから何が見られるのかー、楽しみだねぇ、風晶」


 ろくでもないことしか待っていないと分かり切っているのに、何が楽しいのか。などという返事は無かったが、雷雅は満足と言わんばかりに前へ向き直った。分からなかったことが分かる楽しみが、雷雅の空虚をとっくに埋め尽くしていたので。

 舞いなびく黒と黙し続く墨染が、鬱蒼の中へ暗んでいく。奥部に未だ明かりは入らず、ただ踏み入る者を呑み込んでいる。

 やがて、森閑の帳が降ろされた秘境は押し黙った。風も消える深山には、ただ暗澹が凝るばかりとなった。




〈友士灯―ともしび― 探求編 了〉

〈継承編に続く〉


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