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友士灯―ともしび― 探求編  作者: 葉霜雁景
第十章 きゅうを経てかなう
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絶糸

結/救

 九重ここのえの威容も、花が咲き匂う絢爛けんらんの内装も、亡骸なきがらと化した楼閣の底。暖かな燭光しょっこうに浮かぶ柔らかな光景は消え、冴えた月光に荒廃の風景が現れている。


「…………利、毒?」


 静謐な瓦礫がれきの山に、ひとひらの声が落ちた。

 鬼の名を呼ぶのは、もう間もなく果てる花の声。利毒は答えず、視線を夜空から花に移した。崩落から守り切り、今は膝上で仰向けになっている花に。

 曼珠沙華まんじゅしゃげを冠する墓守の花は、音もなく咲いて、音もなく消えるけれど。利毒が世話していたのは物言う花だったため、消える前にも音が聞こえる。それでも、枯れる間際の声はか細いが故に、鬼はただ微笑を返した。


「……わた、し……やり遂げ、た?」

「もちろん。アナタの夢は、他ならぬアナタご自身の手によって叶えられ、実を結びました。おめでとうございます、珠花様」


 ぷつりと途切れてしまわないよう、利毒は穏やかな声で応じる。たおやかな白魚の手で、利毒が垂らした蜘蛛の糸を登りきった彼女は、天上の花として咲き誇った。その身に宿す色は、諦観と悲嘆に満ちた血の池の赤から、悲願を叶えた花のあかに変わった。

 そ、と。吐息と判別が付かない相槌を打って、少女もまた微笑む。満ち足りた笑みは、面影に幼さを残していた。


「……わたし、の、体……あなた、の、役に、立ち、そう?」

「ええ、そのためにもお守り致しましたからねェ。これまでの記録も大いに役立っておりますから、引き続き活用させていただきます」


 そういう約束だったので、少女は笑ったままだった。笑ったまま、目を閉じた。

 ゆっくり、ゆっくり。しとしと降り注ぐ雨に溶け、末枯うらがれていくように。少女の意識は深く沈み込んでいく。熱が徐々に弱まっても、少女が身に宿し、身を包んだ紅は鮮やかなまま。燃え立つ墓守の花を(とど)めたように、美しいまま。


「――――」


 泡が、呼び声をむすんだ。あんまりにも脆い響きだったので、久しぶりにその名で呼ばれても、鬼は声を返さなかった。


「あり、が、とう――」


 返さなくて、正解だった。零れた音は、自己満足の独り言だったので。

 救ってくれたとでも、思っていたのだろうか。鬼は、巣食っていただけなのに。もしそうなら、愚かだけれど、少女は己の暗愚など熟知していた。

 かなしくて、あわれで、いたましくて。仇討あだうちの愚かを知りながら、極致へ踏み入り往き果ててしまった、どうしようもない女の子。自分のことも、親しき他人のことも捨て去った、救いようのない一死いしの花。


「ああ……莫迦ばかなお方ですこと」


 嘲笑あざわらう余地はあったけれど、それでも利毒は、彼女をわらう気にならなかった。

 葉を見ることなく、独り死の傍らに立つ花は、良くも悪くも一途。漆黒の暗闇でも、己が篝火かがりびを忘れることなく咲き誇っていた。それを嘲弄ちょうろうできようか。できてしまうくらいには外れたはずだが、やっぱり、嗤う気にはなれなかった。


 アナタは莫迦な花でしたけれど、ワタクシにとっては、一番美しい花だったのです。

 観る者なんて邪魔なだけの舞台で、舞い咲き誇った曼珠沙華。その晴れ姿を見られて、ワタクシは満足いたしました。


 言葉にする必要はなく、故に、それらは利毒の中で泡となる。瓦礫に埋もれた枯野、夢を成していた望楼の墓で、鬼は死の傍らに寄り添う。夢幻の春も、現世うつしよの夏も及ばない。今だけここは沈黙の秋。いずれ秋も行ってしまえば、死という冬が残るだけ。

 柔らかな肢体したいは硬く、熱もほとんど失われている。たたえられていた微笑みも消え、花はついに枯れ果てた。されど土には還ることなく、鬼に抱えられ幽闇ゆうあんに消える。


 最後の花も舞台を降りて、無色無音の幕が下りる。忘れられぬと傷ついて、忘れるなかれと傷つけて、怒苦どくの劇は終わりを告げた。報いはあれども救いはいまま、落ちて砕け、沈んでおりと絶え果てていった。


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