忘れえぬ花
自分の存在は、殴られて認識する。自分の情報は、金切り声で思い出す。
ある時は男で、ある時は女で。ある時は慈愛の対象で、ある時は憎悪の対象で。ワタクシは随分いろんな姿を持っていたらしいので、憶えるのが大変だったけど、いつの間にかどうでも良くなりました。
■の笑顔が好き、■の苦しそうな顔が好き、■と談笑するのが好き、■の悲鳴が好き、■の世話をするのが好き、■の体に触れるのが好き。全部、自分に贈ってもらったものだから。知らないうちに出ていった奴にも、一人ひとり姿を消していった奴にも渡されない、ワタクシだけの宝物。
身の回りが荒れていっても、ワタクシを殴りあるいは撫でても、■はずっと綺麗なまま。……何て名称でしたっけ。忘れてしまいましたが、アア、でも。葎の茂る囲いの中で、ずっと美しいままだったので、徐々に萎れて枯れていったので、きっと花だったのでしょう。今だってワタクシ、花が大好きですから。
もう一度、あの花が咲くところを見たい。笑って、泣いて、喜んで、叫んで、恨んで、狂って、傷ついて、名もなき雑草の中で咲く姿を見たい。だからワタクシ、たくさん学んだのです。花以外に何も無かったけれど、数百年でこの通り、蟲にも呪詛にも詳しくなれました!
ですがやっぱり、知識はあって作り出せても、響くものは現れてくれず。そもそも、色護衆に目を付けられていたので、大々的なこともできず。どうしたものかと燻っておりましたそこへ、差し伸べられた手があったのです。
「へぇー、君の構想、面白そうだねー。俺も見たいなぁ、それ」
ワタクシがひっそり過ごしていた所へ、蹴破るが如く乱暴な来訪をなさった雷雅殿。あの方の協力が無ければ、ワタクシの夢は叶うことなく終わっていたでしょう。
舞台と計画が整ったところで、念願の花となる方探しにも乗り出したのですが、エェ。こちらはすぐ、アナタを見つけ出すことができて幸運でした。結果的に、妥協を求める形となってしまったことだけが残念ではありますが……ンフフフ、大輪を咲かすこと、アナタの悲願を叶えることは可能となりました。
ああ、あァ、アア、本当に。本当に本当に、ワタクシ嬉しくてたまらないんですよォ? かつての花は勝手に狂っていきましたけれど、今の花は育てるという喜びを、新たに与えてくださいました。それの何と甘美なこと、愛おしくてならないことか!
こほん、失敬。落ち着きました。
かくして、ワタクシの研究を実らせる最後の欠片として嵌まったアナタ。今なお衰えぬ復讐心を抱くアナタ。利害の一致で手を組んだ仕事仲間、互いが互いの客とも言える関係ではありますけれどね? ワタクシ、アナタのことは気に入っております。まア元々無いようなものだった心を踊らせてくださる存在ですので気に入らないわけがないのですけれど改めて、ンフフ。
ですのでねェ、ちょっと勿体無いことをしたとも思っているのです。アナタ、色んなことを忘れてしまわれるので。それに関してはワタクシもそうではありますし、幽世へ来た時点で定まってしまうことですし、後のことを考えればそちらの方が良いと相談でも決めましたし間違いないのですけれど。
どうせ全て忘れてしまう定めではあれ、ワタクシはアナタに手を伸ばし、アナタはワタクシの手を取った。そのことはどうか、最期まで忘れないでいただきたいなァと。久しく感じなかった幸いを感じられるかもしれませんので、えぇ。
……おや、眠っておられる。どの辺りから眠ってしまわれたので? ンフフでも仕方ありませんねェそうなるのは想定済みですしワタクシの発言も最初から独り言のつもりでしたし何より、アナタはただ座してくださるだけでよろしい。開花までの雑事を片付けることこそ、ワタクシの仕事ですものねェ。
アアアァこうしてはいられません! 計画も大詰め、昂ぶったせいで台無しなんてことにならないよう、気を引き締めていかなければ。
ね、我が麗しの女主人様。ワタクシとっても頑張りますので、どうかどうか、曼珠沙華のごとく咲き誇ってくださいまし。




