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第六章 死を運ぶ皇都の使者

 扉を抜けた先には、広い空間があった。そこは全面が発光する壁に覆われていて、たくさんの四角い箱のような物が転がっていた。そのうちの一つに座っている女性がいた。その女性が俺を見る。そしてにこやかに微笑もうとしたその女性の顔が、途中で凍りついたように思えた。

「――っ!」

 そして驚きの息遣いがあった。それは無言だったけど、確かに驚愕の空気だと思う。

 微妙な雰囲気の中、俺がその女性を見つめたとき、今度は俺が息を呑んだ。

 その人は、長身の女の人だ。髪の色はルイーゼと同じ金色だけど、腰くらいまでの長髪だ。それがどこからか漏れる光に反射している。まるで透き通るような金色だ。薄い半透明のブラウスを着ていて、うっすら下着が見えている。そして長いスカートを穿いていた。

 俺はルイーゼはキレイで、デジレも可愛いと思っていた。こんな美人は他にはいないって信じてた。だけど違った。もう一人いた。そしてこの人は、二人と違う。

 この人は何だか人間離れした美しさだ。例えてみれば、人間すべてのキレイな所だけを集めたらこうなるだろう。触れるのも怖いくらいだ。俺が触れたら、この人の美しさを穢してしまうような気がする。

 俺は、その女性をまじまじと見つめることしか出来なかった。

 そして出し抜けに俺はあることに気がついた。夢で見たネコミミをつけたメイドさんにとっても似ている。瓜二つといっていい。

 なんで?

 そしてこの人は優雅に立ち上がると、深々と頭を下げる。

 俺も軽く頭を下げた後、口を開こうとした。だけど、この女性は機先を制した。

「あの、大変恐縮ですが、あなたの名前を確認させていただけませんでしょうか? 不躾だと存じますが、知りたいのです」その女性は丁寧に頭を下げた後、そう聞いてきた。

 俺は一瞬躊躇ったけど、別に隠す必要もないから答えることにした。

「俺は水川信二」

 俺の名前を聞いたときに、その人から戸惑うような息遣いがあった。

「信二様。シン様という名前にお聞き覚えはございますか?」

「シン? 聞いたことないけど……?」

 俺が答えると、仮面のような顔で、その人は再び深々と頭を下げた。

「はい、信二様。大変失礼いたしました。私はアリシア・シルヴァーストーンと申します。アリシアとお呼び下さい」

 俺がアリシアと名乗る女性に近寄って、手を出したとき気が付いた。

 アリシアは立体映像だ。すぐ側まで近づいてみても映像だとは分からないほど精緻なものだったけど、手がすり抜けたときに気が付いた。どう考えたってそれは映像だ。

 俺が戸惑っていると、またアリシアは頭を下げてから言った。

「信二様。映像のままで大変失礼をいたします。そして大変申し訳ございません。信二様を、緊急に皇都ヴェストファーレンにお連れする必要があるのです」

「なんでだよ? と言うか、俺ってアリシアのこと何にも知らないんだけど、一体キミは誰なんだよ? この世界に人間ってほとんど居ないんでしょ?」

 俺の言葉を聞いて、アリシアはふっと寂しそうな表情を一瞬見せた。だけどすぐに、にこやかに微笑んだ。

「はい、信二様。ご説明申し上げます。ですが、私のことを説明するためには、この世界のことを説明しなければならないと思います。そして、同時にあなたの世界のことも説明しなければならないでしょう」

「え? 俺が居た世界のことを知ってるの?」

「はい、信二様。この世界はプライマリーと言われています。信二様、あなたが元々いらっしゃった世界はセカンダリーの世界なんです」

「セカンダリー? どういう意味?」

「はい、信二様。お話いたします。その説明のためには、この世界の元々の成り立ちを説明しなければなりません。太古の世界では、元々信二様がいらっしゃったセカンダリーの世界は存在していませんでした。信二様がいらっしゃった世界は、実を申しますと、ほぼ一万年前に、プライマリーから作り出された世界なのです」


 アリシアは信じられないことを言い出してきた。

 一万年前? なに言ってるんだ?

「どういう意味だよ? 世界が一万年前に作られたなんてありえないだろ?」

「はい、信二様。ですが、これは私が知らされている、真実と歴史なのです。そして、人間の方々は、自分たちの身の回りの世話をさせるために、いろいろな機械を作り出しました。しかし、最終的に人間の方々が好んだものは、自分たちに似せた生きている存在としての亜人間でした。今この世界にいるのは彼らの子孫です」

 ――ルイーゼたちが? 作られた存在だったって?

 俺は返す言葉がなかった。アリシアが話す言葉は圧倒的な説得力と真実に満ちていた。

「元来、その優れた技術を持つ人間の方々は、いくつかの理由から別な世界の構築を試みました。そして、幾度かの失敗の後、自分たちの存在しない世界を一つのありえる可能性として構築し、固定化することに成功したのです。それが信二様がいらっしゃったセカンダリーの世界です。セカンダリーの世界は、本来この世界に収束して消え去った可能性の一つを、特殊な方法で発散させ、もう一つの可能性として現実化させたものなんです。不安定だったセカンダリーの世界を安定させるために、この世界から膨大なエネルギーを費やしました。幸い、セカンダリーの世界にはクオリアが存在していませんでしたから、安定化させることは比較的容易だったと聞いています」

 アイシアの説明を聞いて、俺は浮かんだ疑問を発した。

「何のためにそんな世界を作ったんだよ?」

「はい。信二様。それは人間を人類として存続させるためです」

「どういう意味?」

「はい。信二様。つまり、人類に精神面、肉体面での悪影響を防ぐ目的でした。順に説明させていただきます」

 アイシアはそういって、ゆっくりと説明を始めた。

「私たちは、プライマリーの世界とセカンダリーの世界の間を膨大なエネルギーで連絡し、多数の人間の方々を移送しました。ただ、その途中で世界全体を巻き込む事故があり、連絡を途絶させたのです。そうしなければ、どちらの世界も危機的な状況になったでしょう。そして、二つの世界の連絡は、この世界から失われてしまいました。その途絶は、つい最近まで継続していたんです。

 セカンダリーの世界には一定の制約がありました。それは、亜人間を連れて行けないことです。亜人間は神経構造に人間と異なる脆弱性(ベルナビリティ)があり、それがセカンダリーへの移動に際して障害となるのです。ですが、それが目的でもありました。セカンダリーの世界を作った目的の一つは、亜人間のいない世界を作ることでしたから」

「亜人間のいない世界? それが目的?」

 俺はアリシアの言葉に微妙な違和感を覚えた。アリシアは俺の言葉に小さく頷く。

「はい。信二様」

 ――なんで? 何のために?

 俺がその疑問を口に出す前に、アリシアは説明を続けた。

「優れた身体能力を与えられ、独立した判断も可能な亜人間たちは、人間の方々に反抗しないように一定の制約を加えられていました。それは、ほとんどの亜人間は先天的に人間の方々に対して好意を持つように作られたことと、女性の亜人間に対してはさらに人間の方々と交わることで強化される遺伝子構造を付与したことです。

 男性の亜人間に人間の方々と交わることの出来る遺伝子構造を作らなかったのは、人間の方々の人口を減らさないための制限でした。もし、男女とも亜人間と人間が交わることが出来れば、人間の方々の夫婦が激減する懸念が予想されたからです。人間の方々が出産する際のリスクはほとんど女性が負っています。人間の女性がそのリスクを出来るだけ無駄に消費しないように、そのような決定がなされました」

 俺は、その瞬間に、ルイーゼが俺に好意を持ったのはそのせいだったんだと理解して、頭をがんと殴られたような衝撃を受けた。

 ――ルイーゼは、俺のことが好きだったわけじゃない? 単にそういう風に作られていただけだったっていうのか? そんなっ!

「ですが、人間の女性の方々もリスクを負って子供を作ることをそれほど希望しませんでした。ほとんどの亜人間の女は、子孫に人間の血の割合を増やすことを熱望し、切望し、そして人間の男性の方々に尽くし続けました。人間の男性の方々は命をかけて尽くす亜人間を愛し、そして、面倒な人間の女性から離れていく傾向が顕著に現れていったのです」

 俺はその言葉で、デジレのことを想像した。確かに、あんな子が若い男の回りに現れたら、普通の女の子なんてすっ飛んでしまうだろう。ネコミミだし。

 俺がそんなことを考えていると、アリシアは少しだけ待ってから言葉を継いだ。

「一〇〇〇年後、人間の方々の人口は一万分の一に減少していました。プライマリーの世界の総人口が一万人を割り込んだとき、人間の方々は政令七一一に基づいて、巨大なコンピュータに行政事務のすべてをゆだねて、世界は徐々に亜人間のものになっていったのです」

「亜人間がいると、彼らに心を引かれて人間は滅亡する。だから、亜人間のいない世界が必要だったっていうのか?」

「はい。信二様。そのためにセカンダリーの世界を利用しました。まだ亜人間とあまり接触のなかった方々を、セカンダリーにお送りしたのです」

 アリシアは俺を優しい目で見つめてから説明を続けた。

「ですが、私たちはこの世界のことをあきらめませんでした。私たちは、セカンダリーと連絡を取って再び人間の方々と出会い、そして、この世界を復興させ、ご命令いただくことだけを願っていたのです。そのために、私たちはたくさんの準備を長い時間をかけて行って参りました。今回がほぼ最後のチャンスだったと言ってもいいでしょう。

 二つの世界の隔絶を解除されたため、私たちには時間がありませんでした。あらかじめ決められた基準に基づき行政組織を統括する機械(デウス・エクス・マキナ)が信二様を選定しました。そして、最も早く信二様をお呼びできる施設は、残念ながら皇都から離れた場所でした。ご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでした。転送に際して言語野に追加情報を設定させていただくと共に、使者を差し向けたのですが、間に合いませんでした。でも、今、人間の方とやっとお話することが叶ったのです」

「待ってくれよ。君は亜人間じゃないだろ? なんでそんな言い方をするんだよ?」

「はい、信二様。たしかに、今の私は亜人間ではありません。ですが、私は信二様のような人間ではないのです。私は一万年前から人間の方々にお仕えしていたのです。私は人間にご奉仕するために作られた生体機械なのですから」

 俺はその言葉に絶句した。

 ――機械? この(アリシア)が?

 信じられない事実が次々に明かされて、俺の頭の中はパニックだ。

 ルイーゼはホントは俺のことなんて好きじゃなかった。単にそういう風に決められていただけだった。デジレもそうだ。酷いと思う。俺が大切に思っていた気持ちを根こそぎ否定された気がする。俺はそんな話聞きたくなかった。

 そして、アリシアは生体機械って言った。

 ――もう人間なんて、どこにもいないんだろうか?

 そこで俺は突然気が付いた。俺はアリシアを見つめた。

「俺をなんで皇都に連れて行こうとするの?」

 俺の問いに、アリシアはにっこり笑って衝撃の言葉を発した。

「この世界の亜人間を滅ぼすためです」


 俺は慌ててアリシアに叫んだ。

「な、なんで? なぜ、この世界の人たちを殺そうとしているの?」

「はい、信二様。ですが、今この世界にいる人は、信二様だけです。私は信二様を殺そうなどとはしておりません。この世界で人間の方々に増えていただく予定なんです。人間の方々がこの世界に再び満ち溢れる、素敵な世界が待っているんです。でも、亜人間がこの世界に居座り続けたら、また、昔と同じように人間の方々の数が減ってしまいます。同じ過ちを繰り返さないために、亜人間は存在してはならないんです」

 アリシアはうっとりした目で空を仰いだ。俺は慌ててアリシアに叫んだ。

「彼らだって人間と同じだよっ。そんなことしたらダメだよ」

「はい、信二様。でも、彼らは亜人間です。私と同じように人間の方々のお世話をするために作られた生き物です。ですから、明らかに人間の方々に悪影響を及ぼすなら、殺すことも止むを得ないと考えます」

 アリシアの美しい唇から、とんでもない言葉が出てきた。

 俺は、アリシアに拳を握って説得しようとしていた。

「ダメだよ! ルイーゼとかデジレとか、殺しちゃうって言ってるんだろ? アリシアが人間のために行動するって言うなら、俺の言うこと聞いてくれるでしょ? そんなことやめてよ!」

 俺はアリシアを睨むように叫んだ。だけど、アリシアはにこりと笑ってから答える。

「はい、信二様。ですが、私の行動規範の中には、人類に対し被害を与える場合は、人間の方々の命令に従ってはいけないことも規定されているんです。

 亜人間は人間ではございません。私は愛しい人間の方々をお守りしたいのです」

「ダメだっ! そんなことやめてくれ! 亜人間を殺さないですむ方法を一緒に考えようよっ」

 俺がそう言うと、なぜだかアリシアがパアッと明るい表情になった。

「はい、信二様。一緒にいい方法を考えることにしましょう」

 俺は、アリシアが何がなんでも亜人間を滅ぼそうとしているわけではないことを知って、ちょっぴり安心した。だけど、まだ油断出来ない。

「それで、皇都に行く理由だけど?」

「はい、信二様。私は、人間の女性から、人間の男性が現れた場合、皇都にお連れすることを求められていたのです」

「え? 人間? やっぱりいるの?」

 俺はアリシアを見つめて聞いた。アリシアはほんのり頬を染めて答える。その様子は人間の女の子にしか見えない。

「はい、信二様。最後の一人となった方が、いらっしゃいました。メアリー様と言います」

 俺は慌ててアリシアの言葉を遮った。

「まてよ。何だよそれ? 何で過去形なんだよ?」

「その方は、現在冷凍されて保存されているのです」

「え!」俺は今日何度目かの驚きの声を上げた。「れ、冷凍睡眠ってこと?」

「はい、信二様。最後の人間の男性が世界を去ったとき、冷凍睡眠に入りました。そして私は、再び人間の男性が現れたとき、起こすことを命ぜられています。そして、起こす前にある病気を蔓延させて亜人間を滅ぼすよう命令されています」

 俺は息を呑んだ。自分の心臓がドキドキ高鳴るのを感じる。

 それはきっと禁断の塔でルイーゼとデジレ達が罹ったというあの病気だろう。

 ――そんなこと許せるはずがない!

 だけど、俺が口を開く前に、アリシアは言葉を継いだ。

「そして、亜人間が居なくなった世界で再び人間と出会いたいと言われました。もしこの機会を逃したら、私は再び人間の方々の世界を見ることが出来ないかもしれません」

「俺のいた世界から人間を連れてくる――って言うわけにもいかないか」

「はい、信二様。そうすることも考えました。でも、それほどたくさんの魔力は、もはやこの世界に残されていないのです」

 一瞬俺はアリシアの言葉を聞き違えたかと思った。

「今、魔力って言った?」

「はい、信二様。魔力です。魔法は、元々人間の方々が持つ意識(クオリア)そのものです。少なくともそのはずでした。ですから、人間の方々が多くなればなるほど魔力は強まります。ただ、不思議なことに、魔力が存在できるのはプライマリーの世界だけでした」

 確かに、俺のいた世界に魔法なんてない。というか、あるほうが変なんじゃないだろうか。

 アリシアは俺の不思議そうな顔を見て微笑んだ。

「魔法が使えることで、人類は大きく進歩したともいえるでしょう。ですが、この世界にはもう人間がいません。過去の滞留エネルギーを何とか纏めて、信二様をお呼び出来たのです」

 俺の想像の範囲を超えてる。だけど、何とかしなきゃいけない。ルイーゼやデジレは俺の命を助けてくれた。それがそうするよう仕向けられたものであっても、そんな二人を見捨てたり出来ない。俺は、どうすればいいのか一生懸命考えた。

 どうすれば、亜人間を助けることが出来るだろう。アリシアを説得する方法は?

 だけど、うまい結論はぜんぜん思いつかなかった。結局、俺は一番やりたくない提案をするしかなかった。それは、俺が唯一できることだった。

 アリシアは俺の提案に驚愕の表情を見せた。

 そして、初めて自分の行おうとしていたことを後悔する様子を見せた。


 王家の部屋に戻ると、ヘンドリックが俺とルイーゼに近寄ってきた。

「お分かりいただけたかな? この人間の方は、サントジョージでお守り申し上げ、そして、皇都ヴェストファーレンにお運びさせていただく」

「イヤです。信二は私と一緒に行くのですからっ」

 ルイーゼが叫んだ。俺はその言葉にちょっぴりうれしくなったけど、俺の脳裏にアリシアが言った言葉がこびりついていた。

『ほとんどの亜人間は先天的に人間の方々に対して好意を持つように作られたのです』

 アリシアの言葉は俺の心に予想外の衝撃を与えていた。俺が落ち込んでいると、ルイーゼはそれに気が付いて顔を覗き込んできた。

「どうしたのですか?」

 俺が首を横に振ると、ヘンドリックが言葉を続けた。

「分かっておろう。人間はこの世界ではたとえようもない宝なのじゃ。このまま死地にも等しい危険な場所に向かわせるわけにはいかぬ」

 その言葉に、俺は突然現実を知った。ルイーゼもデジレも、命をかけている。

 ルイーゼは家族のために命をかけていた。デジレは俺のために命をかけているんだ。

 ――俺はどうだったんだろう? 俺は何のためにここにいるんだろう?

 城を出るとき、俺はルイーゼと行くことを全然迷わなかった気がする。

 ――なぜだろう?

 たぶん……、俺は不安だったんだ。ルイーゼが俺のそばからいなくなることが不安だったんだ。俺は何で不安になったんだろう?

 しばらく考えて、俺はその理由に思い当たった。

 俺はルイーゼが戻ってこないような気がしたんだ。だから一人で行かせたくなかったんだ。俺はルイーゼと一緒にいたかったんだ。

 ルイーゼは、俺が困っているときに、いられる場所を作ってくれた。

 俺がここにいるのは、ルイーゼがいてくれたからなんだ。

 ルイーゼは俺の方を不安げに見ていた。そして弱々しく言った。

「信二は、私が守ります。でも、そばにいないと守ってあげられないから――」

 そんなルイーゼは、弱々しいただの女の子に見えた。

 俺は、そんなルイーゼを助けたいと心から願った。

「我らは信二殿を守れる――」

「俺はルイーゼと一緒に行く」俺はヘンドリックを遮った。

 それは言わなきゃいけなかった。俺はそのとき初めて自分の気持ちに気が付いたんだ。

 俺は今までこの子に守られていたんだ。この子は必死で俺を護ってくれていた。何で今まで気がつかなかったんだろう。俺は今まで子供のように守られていた。俺はバカだった。

「俺だってルイーゼを守るんだ。俺は守られるだけの存在じゃない。俺もルイーゼと一緒にいたいんだ」俺は自分でもびっくりするくらいはっきり言った。

 ルイーゼの大きな瞳が潤むのを俺は見た。それで十分だ。尻尾なんて見る必要もない。

 アリシアの言葉を疑うわけじゃない。だけど、あんなに俺に平手打ちをしてきた子が、先天的に人間に好意を持つように作られただって?

 ありえない。絶対、何かの間違いだ。

 ヘンドリックは俺の言葉を聞いて、ため息をついた。

「信二殿。人間の方を強制することなどもとより出来ぬことじゃ。じゃが、使者に対してどのようにされるのじゃ?」

「皇都の使者なら、納得してくれたよ」

「なんと! では、王族を助けに行こうとされるのじゃな?」

 ヘンドリックの言葉に俺は不満を覚えた。

「あのさ、ヘンドリックはなんで王族を助けに行かないの?」

「サントジョージにおいては、王族に対しては不可侵じゃが、同時に手助けも禁じられておる。この町では王族は自らの危機を自らで払う義務を負っておるのじゃ」

 俺が納得できない顔をしていると、ルイーゼが俺の耳を引っ張って小声で説明した。

「昔、犬系の王族同士の戦いになったとき、その主戦場がこの町だったのです。だから、巻き込まれないように、この町ではそういうことになっています」

 そう言ってから、ルイーゼは椅子に馬乗りに座ってヘンドリックを向いた。

「私たちはヴュルテンベルクに行く。信二は私と一緒に行くから、邪魔しないでくださいっ」

 ヘンドリックは躊躇いながらも頷いた。

 そして、ルイーゼがすくっと立ち上がると、俺の方を振り返ってにこりと笑った。俺が微笑み返すと、突然、平手が一発やってきた。俺は抗議の大声を上げた。

「な、なんだよ!」

 ルイーゼは俺に背を向けて尻尾を見せたまま、ちょっぴり振り返った。

 尻尾がぴんと立っている。

「今のは、私を不安にさせたからです。戻ってきたらあなたを叩こうと決めていましたから」

 ルイーゼは俺がいない間不安だったらしい。

 そういえば、俺が扉をくぐるとき、涙ぐんでいたっけ。

 平手でジンジン痛む頬はその証明だ。

 それは、ルイーゼの好意が作られたものではないことを、明確に示していた。


 ルイーゼはいたずらっぽい笑顔で俺を見た。

「早く執政室に戻らないと、デジレは今頃不安で泣きそうになってるかもしれません」

 俺は軽く笑って、「そうだな」と頷いた。

 だけど、執政室に戻ったら、泣きそうになるどころか、細身の(レイピア)を構えたデジレが怖い顔で今にも部屋を飛び出そうとしていた。俺が部屋に入った瞬間、デジレは一瞬でふにゃっとした顔になった。そして大切そうにレイピアをしまうと、デジレは俺に抱きついてきた。デジレの柔らかい胸が俺の身体に触れる。

 それはとっても気持ちよかったけど、デジレの様子をみたルイーゼに後頭部を痛撃されて、俺は慌てて離れた。デジレは人差し指をくわえながら、俺の方を見つめていた。

「なにすんだよっ」

 ルイーゼは俺の胸元をつかんで言い放った。

「尻尾が軽い人には罰が必要でしょう?」

「お前なあ。尻尾が軽いって、どういう意味だよ? 俺に尻尾なんてないぞ?」

 俺の突っ込みはルイーゼに軽く一喝された。

「へぇ? だからそんなに女好きなんですね? それも、犬猫を問わないなど、なんというか、見境ないですっ!」

 俺はその言葉にかなりムカついてルイーゼに言い返した。

「俺はルイーゼもデジレも同じ人間だと思ってるんだけど? 犬とか猫と関係ないっ!」

 その言葉は、俺が思った以上にルイーゼに衝撃を与えたようだった。

「し、信二って、私のことそんな風に思ってくれているのですか?」

 何だか、ルイーゼの顔が夕焼けみたいに真っ赤になってる。

「なんだよ? 当たり前だろ?」

「そそそそそ、そうです。もとより信二と私はそういう関係でしたね――」

 ルイーゼがそう言って背中を向けた。俺の目の前で、ルイーゼの尻尾はくるくる回っていた。そして、エルンストは相変わらずそれを不愉快そうに見ていた。

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