世界の始まりのエピローグ
俺が現れた場所は、閉鎖された見知らぬ薄暗い部屋だ。
足下には鈍く光る二メートルほどの輪があった。
「ここが元の世界?」
もしここが、プライマリーの世界に来たときの塔と同じように辺境なら、俺の家まで戻るのにはとっても苦労するに違いない。
だが、そんなことより、俺は最初にしなければならないことがあった。
アリシアから教えられて持ってきた遠隔操作用の小さな棒を握る。この棒に付いたボタンを押せば、二つの世界は隔絶する。アリシアはそう教えてくれた。そして早い時期に隔絶した方が、世界は安定しやすいと聞いた。
ルイーゼ――。
俺は大好きなルイーゼのことを思い出して、そして、目を閉じた。涙が滲む。
このボタンを押せばもう二度とルイーゼと会えなくなる。
だけど、そうすれば俺の世界も、ルイーゼたちの世界も、少なくともしばらくの間は生き延びることが出来るだろう。
ルイーゼの世界と人間の世界を両方とも守るためにはそれしかないんだ。
俺は思いきって、そのボタンを押した。
そして恐る恐る目を開くと、俺の目の前にディスプレイが現れていた。
「え? こんなこと聞いてなかったけど、スイッチ入れるだけじゃないの?」
当惑する俺の前に、例の碧眼の男が現れた。たしかアリシアはシンと言ってた。
『もし俺の予想が正しければ君と会うのは二度目だね』
その男は微笑みながら、言葉を継いだ。
『俺はフレデリカを悲しませることしかできなかった。この世界を守ることしかできなかった。だから、彼女に同じ思いをさせないよう、選択できるようにしたんだ。これはフレデリカへの俺の最後のプレゼントだ』
そして突然、床にもう一つの強い光を放つ輪が現れた。
それは世界を移動するための魔法輪に違いない。なぜだかそれが確信できた。
シンは含み笑いをしながら説明を続けた。
『俺はプライマリーとセカンダリーを隔絶する機能に時間差をもうける修正をした。プライマリーの世界から誰かが隔絶を解きはなったときにその修正が適用される。
ここで操作してから三〇秒後に隔絶が開始されるんだ。そしてその間、プライマリーの世界に移動するための魔法輪が維持される。つまり、君は向こうの世界に戻ることが出来るんだ。だけど、もし戻ったら、君はもう二度とこの世界に来ることは出来ないよ』
シンは目つきを幾分厳しくして言葉を継いだ。
『君が選択するんだ。どちらの世界で生きるのか。誰を悲しませるのか。そして、誰と共に生きるのか。それは世界のことじゃなくて、君自身が自分の未来を選ぶということだよ。ただ、それは辛いものになるだろう。自分の意思で選ぶわけだから』
それは一つの選択だ。
シンは、後悔してきただけじゃなかった。
自分の後悔の連鎖を防ぐために、自分の出来ることをしていたんだ。
二つの世界の隔絶はセカンダリーからしかできない。逆に、隔絶を解き放てるのはプライマリーからだけなんだろう。
シンは誰かが隔絶を解き放つことを予想していた。そして、その時に修正が適用されるようにしていたんだ。俺が選べるようにしてくれていた。
だけど――。
俺は、ほんの少し笑ってから、小さく「そんなの決まってるよ」と囁いた。
その言葉はシンの言葉と重なった。シンは同じセリフを言っていた。
『だろ? だからフレデリカへのプレゼントなのさ』
俺は躊躇せずに、その魔法輪に向かう。そんなの決まり切ってる。
俺はまた、ヴィルヘルミナ・フレデリカ・アレクサンドリーネ・アンナ・ルイーゼに会うことが出来るんだ。
* * *
俺は、ルイーゼを抱きしめた後、二人でゆっくりと人間の塔を眺めていた。
「この後、もっとすごいことをしてくれるって約束を思い出したんで、戻ってきたんだ」
俺が軽口を言うと、ルイーゼは真っ赤になった。
そして、ルイーゼが言葉を発する前に、背後から声が聞こえた。
「信二様は、あたしをずっと抱いててくれるって約束したよね?」
俺はその声に聞き覚えがあった。
ルイーゼも信じられない顔をしていた。二人で顔を見合わせた後ゆっくりと振り返る。
そこにいたのは……。赤みがかった茶色のショートのきれいな女の子だった。大きな胸と、とらじま模様のネコミミが、俺の目を引いた。
つまり、それは――。
そこには、間違いなくデジレ・クラリーがいた。
「「デジレっ!」」
二人で声を合わせて言うと、デジレはにっこりとした。そして、俺の胸に飛び込んできて、いつものうっとりとした顔になった。
今日ばかりはルイーゼも文句が言えそうになかった。
「な、何でデジレはここにいるの? か、体は大丈夫なの?」
俺の言葉に、デジレは首をちょっとだけ傾げた。
「もう体は全然平気だよ。なんだか、光に包まれた場所で目が覚めたんだよ? もう少しで蘇生できないところだったって声が聞こえたけど、なんだったんだろう? 出口を探して、今やっと出られたところなの」
アリシアは俺の命令を忠実に守ったんだろう。亜人間の塔でデジレの蘇生を試みて成功したんだ。俺は目頭を熱くしてデジレの腰に手を回した。
デジレは俺の首筋に顔を埋めた。
「よかった」俺は、デジレを力いっぱい抱きしめた後、ふと気がついて、背中のほうを見てみた。デジレにはちゃんと尻尾があった。「尻尾付いてるね?」
俺の質問に、デジレは不思議そうに答えた。
「うん。当たり前でしょ? あの時はあんまり感覚がなかったから、またデジレの尻尾触ってね?」
「え? あ? ちょっと……」
俺が口ごもってると、ルイーゼがニコニコしながらデジレに尋ねた。ルイーゼの尻尾は反り返っている気がする。
「デジレも尻尾触ってもらったの?」
「うん。車で信二様を守ったとき、触ってもらったの。その時、信二様と約束したの。これからずっと抱きしめてくれるって。尻尾もずっと触ってくれるんだって」
「い、いや、それは……」
俺が再び言葉に詰まると、ルイーゼは、微笑みながらデジレに宣言した。
「それ嘘だって知ってましたよね? デジレってば尻尾触られてなかったですよね? だいたい、私は信二とキスしたんですから」
「だ、だけど、デジレは胸触ってもらったし、キスも今度してもらうもん」
「信二は、私のこと大好きって言いましたし」
「デジレなんて、信二様と一つになったことだってあるんだもん。それに、ルイーゼってば、あたしに謝っていた気がするよっ。あたしの邪魔をして、酷かったって」
あー、なんだか、とっても泥沼度が上がった気がする。
俺は、二人が口げんかっぽいことをしているのを見て、かなり不安になった。
特にニコニコしているルイーゼがすごく不気味だ。絶対怪しい。
「あ、そうだ。デジレにレイピア返すよ」
俺は話を反らそうとして二人に割り込んだ。
そして、俺がレイピアを腰から外そうとすると、デジレはそれを止めた。
「あのね、信二様がレイピアを返すときに、お願いしたいことがあるんだけど――」
その言葉で、ルイーゼはボルテージが二段階くらい上がったようだ。
何で?
俺の当惑をよそに、ルイーゼは笑顔のままデジレを睨みつけるように尋ねた。
「まさか、レイピアを肩に当てさせたりしませんよね?」
デジレはルイーゼの言葉にビックリしたようだ。目をぱちくりさせていた。
「な、なんで虎族の儀式のこと知ってるの?」
ルイーゼは迫力のある笑顔のまま「秘密です」と言い放った。
そして、当たり前のように言い争いが再開する。俺の不安は倍増するしかなかった。
でも、これが俺の日常になったんだよね?
しばらくして、俺は、言い合いしているルイーゼとデジレの頭とミミを両手で優しくなでて聞いたんだ。
「俺たち、仲間だよな?」
二人は一瞬だけ言い合いをやめて、キョトンとした。でも、その後、二人ともにっこりして頷いてくれた。ネコミミとイヌミミが揺れる。それは幸せな光景に違いない。
「仲間? そう言えば誰かを忘れているような気が……。まあいいか」
俺は、ルイーゼとデジレの二人と手をつないで、皇都に向かうことにした。
空は真っ青で、俺たちの未来を祝福しているようだった。
まあ、それが気のせいだって言うのは皇都ですぐ分かったんだけどね。
そして、新しい物語が始まる。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
これでルイーゼ編は完となりますが、是非評価をお願いします。
続編「魔法少女と猫耳少女の夢物語」を投稿開始しています。
こちらは短い文章の投稿を継続的に行うことになると思いますが、もしよろしければこちらもご覧ください。
https://ncode.syosetu.com/n0819fx/
それと、ほぼ同時進行で、「天使が守るもの」も投稿しています。もしよろしければそちらもご覧いただければ幸いです。
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