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第一〇章 狼少女の嘘(前編)

 俺が目覚めたのは、血まみれの広場だった。

 目の前のスクリーンに、アリシアが大写しされている。

 そして、床を見ると、リウィアが血まみれのまま絶命していた。その傍らにデジレの剣が落ちている。

「俺、どうなったの?」

 俺が恐る恐る聞くと、ルイーゼの祈りが通じたことをアリシアが簡単に説明してくれた。そして、この遺跡に救命のための特殊な魔法設備があって、アリシアはそれを使って俺を治癒させたらしい。ただし、それは特別な場合にしか使えない方法と聞いた。

 頭ががんがん痛む。

 俺は、リウィアの側まで行って、屈んでデジレの剣を拾った。デジレの剣は血塗れだ。

 剣を持って立ち上がると、アリシアが俺を見つめて口を開いた。

『信二様。怪我をした方に対する手当はどういたしますか?』

「ルイーゼは亜人間の塔にいるんだよな? あっちも含めて全員治療をしてくれ。後遺症なんて起こさないよう、全部治療するんだ」

 アリシアは、俺の言葉に予想通りと言った満面の笑みで答えた。

『はい。信二様。万全を尽くします。ただ、これで治癒魔法のストックはほぼ使い切ると思います。時間がかかる場合もありますがご了解ください。それから――』

 俺はそれよりも先に確認したいことがあった。

「亜人間の塔の様子を見ることは出来る?」

『はい、信二様。もちろん出来ます。ディスプレイに投影しましょうか?』

 俺が頷くと、この部屋の壁に、ルイーゼの姿が映った。

「ルイーゼ!」

 ルイーゼは俺の呼びかけに答えて、こっちを向いた。

『そっちからもこっちが見えるのですか? 信二?』

「ああ。そっちは大丈夫か?」

『はい。さきほど変な光に包まれて、私のやけども、きれいに直りました。信二が命令してくれたんでしょう?』

「うん。治ってよかった。それに、最後に俺を助けてくれたんだよな? 俺って最後がしまらないよなぁ」

 ルイーゼは、俺をじっと見つめた。そして、両手を絡めながら、頬を赤く染めた。

『ううん。さっきの信二、とってもかっこよかったです。信二って、あんなに強かったんですね。あの火の玉を全部受け止めた時なんて、私震えるほど感動してしまいました』

 ルイーゼが熱い目で見ているのに気がついて、俺も真っ赤になった。ルイーゼのその目つきは、エレオノーラがよく俺を見つめていたときにそっくりだった。

「いや、あれは俺じゃなくて……」

 その言葉のすぐ後、リウィアはなんだか緑色の光に包まれた。俺はそれがなんだか全然分からなかったけど、その光が消えたとき、リウィアの胸に刻まれていたレイピアの傷が完全にふさがっていることに気付いた。治療の光らしい。

 確かに俺は全員治せって言った。

 たぶん俺とルイーゼも同じように治療されたんだろう。

 そして、担架のようなものが近くに寄ってきて、リウィアは宙に浮いてその上に乗せられた。そして、音もなく別な場所に運ばれていった。

 リウィアは大量に出血していたから、たぶん別な対処が必要なんだろう。

 一度死んだはずなのに、蘇生できるんだろうか?

 俺が、その様子を見ていると、アリシアの画像が俺に向けて口を開いた。

『信二様は、先ほどの戦いで行政組織を統括する機械(デウス・エクス・マキナ)に代表者として認められました。従って、私は信二様にお教えしなければなりません。それは私の義務だと考えます』

 アリシアが改まって言ってくるときにろくな話がない。俺はそれを知っていた。だけど、聞かないともっと酷いことになりそうだ。だから俺はアリシアに尋ねた。

「何だよ?」

『セカンダリーの縮退に関してです』

「え?」

『信二様がいらっしゃったセカンダリーの世界は、プライマリーの別な可能性です。換言すれば、セカンダリーは元々無かった世界なんです。プライマリーの世界との連結がセカンダリーの世界の不確定性を急激に増大させているんです』

「どういう意味だか分かんないよ」

『はい、信二様。信二様が元々いた世界は、崩壊の危機に瀕しています』

 アリシアはそう言ってから、画像を表示して俺に説明してきた。

 画像には大きな球が急速に収縮していく図が現れている。

『現在、ほぼ毎日一億光年のスピードでセカンダリーの宇宙が縮退しています。このまま放置すれば、信二様のいらっしゃった世界は、あと数十日でその存在を否定されることになるでしょう。それは多くの人間の方々の存在を消すことに他なりません。もちろんその中には、信二様の家族も含まれるでしょう』

 俺のいたセカンダリーの世界は、一万年前に作られた。

 最近まで、この世界と俺のいた世界は隔絶してた。二つの世界が切り離されていたから、それぞれの世界は続いてきたんだろう。

 だけど、エルフたちが再びそれを繋いだ。だから、いずれどっちかが消えるしかない。

 元々同じ世界だったんだから、同時に存続させられない。そう言うことだった。

 アリシアの説明を聞いて俺は呆然と呟いた。

「俺がいた世界は消えちゃうって言ってる?」

 アリシアは頷いてきっぱりと宣言した。

『はい、信二様。両方の世界を平行維持するための機構の殆どが破壊工作によって失われています。だから、信二様には辛い選択をしていただかなければなりません』 

 俺はアリシアの目が悲しみに覆われていることに気付いた。

「辛い選択?」

『はい、信二様。信二様は、この世界の代表者として選ばなくてはなりません。あなたが選んだパートナーであるルイーゼと、あなたの家族のどちらを残すかということを』

 アリシアは、過酷で衝撃的な選択を俺に迫ってきた。

『この世界(プライマリー)を残すか、信二様がいた世界(セカンダリー)を残すか、どちらかを選ぶ必要があるのです。それを信二様がしなければならないんです。そして選ばれなかった世界は消えることになるでしょう。もしどちらも選べなかった場合は、この世界が残ることになります』


 俺はこの世界を守りたいと願っていた。

 ルイーゼを守りたいと思っていた。

 だけど、それは俺がいた世界を滅ぼすことになるんだ。

 俺が選択しなければ、俺がいた世界は消える。妹も両親もいなくなる。たぶん人類は絶滅するだろう。だって、この世界は亜人間の物だから。

 俺は、亜人間の世界か、人間の世界かどちらかを選ばなきゃなんない。

 そんなこと出来るんだろうか。そんなことをしていいんだろうか。

「みんなを俺がいた世界に移動できないの? その逆でもいいけど」

『セカンダリーからこの世界に移動するのはきわめて困難です。全てを費やして後数人、確実なのはたぶん一人くらいでしょう。そして、この世界からセカンダリーに移動するのは比較的容易ですが、亜人間は移動をすると脳に不可逆的な障害を受けます。結論としては生きたまま移動することは出来ません』

 残酷な事実をアリシアは通知してきた。

 俺はその時理解した。

 俺はルイーゼと共に生きるか、それとも別な人生を歩むかを問われているんだと。

 俺は、全員を助けられない。俺がルイーゼと生きるためには、六〇億の人類を犠牲にしなければいけないんだ。その責任から逃げることは出来ない。

 俺は、それを決めなきゃいけないんだ。

 アリシアは微笑みながら俺を見つめた。

『人類を滅ぼすことは出来ません。それは世界の可能性をつぶすことです。ですから、私は、セカンダリーの世界を維持する命令をしていただくことを望みます。信二様と残された冷凍睡眠中のメアリー様はセカンダリーに移動することが可能ですし』

「アリシアは?」

『はい、信二様。私は皇都から移動できません。ですが、私は機械ですから――』

 俺は頭の中が沸騰した気がした。理由は分からない。

 だけど、そのとき俺は言わなきゃいけない気がした。

「ふざけるなっ。前も言ったけど、アリシアと俺に違いなんて無いだろ! 二度とそんなことを言ったら俺は許さないからな」

 アリシアはその言葉を聞いて背を向けた。肩が震えている。それが分かった。

 そして、小さく答える。

『はい、信二様。もう二度と言いません。絶対に』

「他の方法はないの? 両方が助かる方法は本当にないの?」

『はい、信二様。確実に助かる方法はありません。これは、一万年前から分かっていた選択なんです。私は人間の方がいなくなるという最悪の結果を防ぐために、今まで努力してきたのです。誰も選択することが出来なかった場合でも、こちらの世界に人間の方がいらっしゃれば、なんとか存続されると考えたんです』

 俺は絶句するしかなかった。どうすればいいのか分からなかった。

 そして俺はルイーゼを見ることが出来なかった。


『信二が選んでいいですよ』

 呆然とした俺にルイーゼの声が響いた。恐る恐るディスプレイのルイーゼを見る。

 ルイーゼはにっこり笑って続けた。

『そうですよね。信二がいなかったら虎族に襲われて、狼族も滅びていたかもしれませんから。ご両親のいる向こうの世界を選んで、戻った方がいいですよ。それに、それに、私たちは本当は人間のために生まれたんでしょう? 信二は人間ですから、やっぱり私たちと違うのかもしれません。私も本当は狼族の男の人の方が良かったですし』

「嘘だろ? ルイーゼ? 冗談は止めてくれよ――」

『本当に信二といられて楽しかったです。私、信二のこと絶対忘れません』

 なんだか、俺はすっごく聞きたくないことをルイーゼから聞いている気がする。ルイーゼは微笑みながら言葉を続けた。

『後で、ヴュルテンベルクに寄ってみんなと合流したら、私、他の狼族の仲間を探しに行くことにしますね。だって、私だって、この世界が消える前に一度は男の人と付き合いたいです。やはり人間より、狼族のほうがいいですから』

 俺はいたずらっぽく言うルイーゼをじっと見つめた。なんだか悔しくて涙が出そうだ。

 俺は、最初はルイーゼが嘘を言っているのかと思った。だけど、見たらルイーゼって後ろ手でこっちを見ながら、尻尾を振ってる。

 ルイーゼは尻尾を振っているんだ。

 ――なんでだよ? ルイーゼだって、俺が好きだってこと分かってるはずなのに――。

 俺は頭が真っ白になった。そして自分の口から出たのは、思っても見なかった言葉だ。

「そっか。分かった」

 俺は咽の奥からこみ上げてくる苦いものをこらえながら、何とかそれだけを口にした。

『私、ちょっとデジレを探してきます。アリシアに聞いてみたら、デジレは、あたしと一緒に転送されたみたいなんですが、別な部屋に送られたようです。私ちゃんとしておきますから心配しないでください。それでは、さようなら』

 ルイーゼは、そう言ってにっこり笑うと部屋から出て行った。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 あっけなかった。

 本当に簡単にルイーゼとお別れになっちゃった。

 ――あれが最後の言葉だったの? なんだかルイーゼってひどいなあ。

 もう、どうでもいいや。そんな投げやりな気持ちで俺の中がいっぱいになった。

「あんなにルイーゼのこと好きだって言ったのに……」

 アリシアはその様子を見て小さく言った。泣きそうな目をしている。

『はい、信二様。今のルイーゼの態度は、冷たいと思います。せっかくあの亜人間のために戦ったのに――、あんな風に突き放すなんて、信二様が可哀想です。ひどいと思います』

「もういいよ。セカンダリーの世界、あの日本につながる道を開いて……」

 俺が元の世界に戻るために命令をしかけたとき、突然俺の目の前に、大きな平べったいスクリーンの画像が現れた。其処に現れたのは碧眼の、俺に似た男だった。

 だが、その画像に驚いたのは、俺じゃなかった。


 * * *

ほぼ同時進行で、「天使が守るもの」も投稿しています。もしよろしければそちらもご覧いただければ幸いです。

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