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辻封じ  作者: segakiyui
12.闇越える

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2

「鳥辺野?」

「何度も聞かんといて」

 光津子姉は不愉快そうに眉を上げた。

「鳥辺野って……変があると封じられたて」

「その変の原因がわかったんや、今はあそこに止め置いてるけど、はよあんたにどうにかしてもらわんと」

「どういうことや?」

 祭事方に行ったとたんに、鳥辺野へ向かえと言われて、俺は戸惑った。

「行ったらわかる」

 無理にもそう押し付けられて、バスに乗り、鳥辺野へ向かう。

 バスの席でも物珍しそうに目を見張っていた克也の顔が思い出されて、胸が苦しくてつらかった。

 それでも意地と気合いでそんなのひとかけらも見せないままに、鳥辺野の異界の入り口へ向かうと、見張りで立っていたらしい祭事方の一人がほっとした顔で俺を見た。

「よかった、達夜さん」

「なんや、『針』が残ってるんか?」

 今の光津子姉なら意趣返しに、俺の体を『針』寄せ磁石にして使いかねないと思ったうえでの軽口だったが、相手は生真面目に首を振った。

「いや、それなら、私達で何とかなるんですけど、相手が達夜さんやないと、てこでも動かへんって言うし」

「相手? 何や、異界ぽんちか? またどこぞのあほが『辻封じ』でも壊したんか?」

 今回は俺はさすがにやってないと思いつつ、鳥居を潜って奥に進み、あっけに取られた。

「克也……」

「やっと、会えた」

 石灯籠の一つによりかかるようにして座り込んでいるのは、他ならぬ克也、どこか顔が青いと思ったら、その腕からだらだらと血を流している。

「なんや、これ、どうしたんや、いや、それより、ああ、もう!」

 急いでハンカチを取り出し縛りつけたが、それで済まないほど傷が深い。祭事方に頼んで用意し、傷の手当にかかる。

「何しとんのや、あほ!」

「眠れ、なくて」

 かすれた切なげな声でささやかれて、俺は固まった。膝をついて屈み込んだ俺の体に、ひたりと自分の体を寄せながら克也がつぶやく。出血のせいか、身体がひどく熱いのに弱々しくて不安になる。

「もう、全然眠れなくて。おかしくなりそうで。だから会いにきた」

「会いに、やて?」

 こちらから開けもしない扉を異界で見つけられるはずがない、そう言いかけて気がついた。

「お前、まさか」

「うん」

 ふわりと汗が浮かんだ額に危うい微笑を浮かべて克也がうなずく。

「こっちにも『京』から来た人っているんだよね? 花街にいることが多いんじゃないかって、浜野さんに教えてもらって。いろんな子と付き合って、いろんな話して。可能性のありそうな石を全部割って、血を垂らして」

「お前……」

(なんちゅうことを)

 そんなことで扉が開く可能性などないに等しい。俺と克也が出会ったのは、本当にたまたまのことだったのだ。

 なのに、あのときのことをひたすらに繰り返して。

 ただ、俺に会いたいがために。

「達夜、そんな怖い顔しないで」

「何を……考えとんのや……」

「会いたかったんだ……達夜に会いたかったんだ」

 中途半端にぼやけた声は血を流し過ぎたせいだろう、初めて見せる不安定な心細そうな笑みになって、

「でもごめん……達夜は会いたくなかったんだ……? 僕…」

 それ以上泣きそうな声を聞いてられずに、俺は克也を抱き締めた。

「あほぅ……会いたかったに決まってる……会いに行ったんやぞ」

 熱っぽい体が心配で、でも抱き締められるのが嬉しくて、思わず強く力を込めた。

「いつ…」

「お前は可愛らしい女とかんざし選んでたで」

「ああ……でも……あれ……男だよ?」

「はぁ?」

 思わず抱き締めた手を緩めて相手をのぞき込む。悪戯っぽく見上げる克也の目が嘘をついていないとわかって、二重に呆れた。

「節操ないやっちゃな、もうどっちでもええってことにしたんか?」

「うん。達夜に会えるならね……何をしても……いいやって……ごめん……なんかほっとしたら……僕……眠い……」

「克也。おい、克也」

 ぱたりと俺の肩に頭を乗せてくる。そのまま柔らかな呼吸を紡ぐ克也に吐息をついた。

「ほんまに……まいったなあ……とんだ異界ぽんちやで」

 あんな目に合いながら、また飛び込んでくるなどと。

(こいつは蝶や)

 『京』の女に貪られて命を失う花ではなくて、自ら闇を越えて舞い降りてくる、まばゆい光の蝶なのだ。

 そして、その蝶は今俺の掌の中に居る、まるでいつでも握りつぶしてくれと言うように。

 命全部を預け切る、それは『京』の女達とそっくり同じ強さ儚さで、俺はその鮮やかさに魅かれてる。

 どうしようもなくとめどなく。

 こいつの前では俺も一輪の花になるんや、とふいに思った。

 待ち受け開いて蜜を吸われ、受粉し次の種を宿す……甘い幻想に崩れた気持ちのまま囁いた。

「こんなことしたら二度と離さへんぞ。『京』の神女達夜は鬼や。お前、俺に骨まで食われてしまうんやで……それでもええんか…?」

「……うん……僕を、食って」

 いつから聞いてたのか、いきなり肩で克也がつぶやいた。

 跳ね上がった心臓と熱くなった頬に、顔を背けてそっとぼやく。

「ええかげんにせえ……すけべ」

 克也は小さく笑って、今度こそ本当に寝息をたてだした。            

                                       おわり

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