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(ほんまにそうや)
克也は異界ぽんちで早々に俺達が対処したから何とかなったのだ。もしこれが、別の場所別の相手だったとしたら、克也が無事にこちらへ戻れたかあやしいのは確かだった。
(きれいやしな、こいつ)
「そう…なのか?」
頼子は初めて動揺した。
「そんなこと……俺は聞かされてない…」
「そやろ。お前にこうしろと吹き込んだやつがいるはずや」
俺は手を開いて剣を消した。戸惑っている頼子の前でそっと膝を折ってしゃがみこむ。
(えげつない光景やで)
克也を間に、片方は黒紋付きの『闇舞妓』、もう片方は襦袢やら何やらの切れ端をかろうじて体にひっかけてる光る鬼とくる。
珍妙な問答をさっさと終わらせるべく、俺はことばを重ねた。
「ええんか…? そのままやったら、克也、死ぬで?」
「え」
「知らへんかったんやろうけどな、『闇舞妓』になってしもたら、恋しい男を手にいれることはもうかなわんのや。口をつけても、体を寄せても、それは相手の命を貪ることになってしまうのや」
「……そんな……」
白塗りのぽっちりとした小さな口が、震えてことばを押し出した。
「じゃあ、俺は……俺のしたことは」
微かな息を喘がせる克也に視線を落とし、やがてそっと吐いた。
「そうか…そうなんだな……俺は克也を……むさぼった……克也の命を食らったん、だな?」
「……ああ」
克也の呼吸は次第次第に弱くなる。焦りいら立つ気持ちを抑えつけて、俺はそっと相手を促した。
「そやし、お前にこんなこと、そそのかしたやつが悪い。そいつの名前を教えてくれへんか?」
頼子はそっと克也の体を降ろした。丁寧に地面に横たえて、うつむいたままつぶやいた。
「……克也を助けてくれるか?」
「ああ」
「……克也……ごめん」
何とかなりそうだと俺が息をついたそのとき、頼子はいきなり俺に飛びかかってきた。爪を曲げ、牙を向き、『針』を飛び回らせて襲ってくる。その白塗りの顔、あるはずのない瞳にいっぱいの涙、を見たような気がした。
「頼子…っ!」
そこから先は、とっさの動きだった。握りしめた手に剣を出現させ、最大出力に高め、次の一瞬『針』もろとも頼子の体をなぎ払う。
「がああああっ!」
たまぎるような悲鳴を上げて、黒紋付きが丸く縮み、次の一瞬四散した。
「く、そおおっ!」
まるで計算されたように、横たわっている克也に向かって流れていく切っ先、何とか剣の勢いを収めようともう片方の手で刃先を抑えたが、それで殺せる勢いではなく、逆に左手を派手に傷つけて血しぶきを散らしながら反り返る。
(克也っ)
自分の剣で大事な相手の命を奪っていく、頼子の気持ちそのままを再現してしまう恐怖に、剣を受け止めた左手に力を込める。防御を張り、皮一枚で衝撃をこらえて、進もうとする刃を食い止める。
だが、一度緩めた防御はすぐに戻ってくれなかった。これ以上は自分の身体で克也をかばうしかない。
「達夜…」
(かまへんわい!)
かすれた克也の声が耳に届いて、俺は覚悟を決めた。身体を入れ替え、克也を背中に、剣の勢いを握りつぶそうとする。指を切り落とされる激痛に顔をゆがめて倒れかけた俺を、どん、と思わぬ力強い手が支えた。
「っ……姉貴!」
「何してんの、こんなところで」
背後にいきなり出現したのは、まさかこちらへでばってくるとは思ってもいなかった、祭事方の長、光津子姉だった。
限界状態でなおも力を噴出し続けている俺の額をとん、とつつく。細く白い指先が白銀の光を放って、俺は眉をしかめ目を閉じた。意識が一気に暗くなる。
「あんたに命じたんは、もうちょっと大人しい仕事やったはずやけど、まあええわ、今回は大目に見る。去ぬえ、達夜」
柔らかな、けれど逆らいがたい光津子姉の声に、克也を何とかしたってくれ、そうつぶやいたのが俺の最後の記憶だった。




