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「おいしいだろ?」
「…うん」
「うんとあるから、しっかり食べて」
「……うん」
「体力戻して、それから」
「………う…ん」
(甘やかさんといてくれ)
にこにこ笑って俺の食べるのを見ている克也に思わずうつむく。
(どこへも行きとうなくなる)
克也もうまそうに握り飯を口に放り込んでいる。ひょっとすると、俺以上に空腹だったのかと思って、付き添っていてくれたことを思い出す。そらそうか、と思った俺は続いた克也のことばに、口の飯を一瞬喉に詰めかけた。
「夜まで待って、一緒に行こう」
「! …っ、ごふっ!」
「大丈夫かい?」
「おっ…お前…今……何言うてっ」
「え?」
克也は本当に不思議そうに俺を見た。
「夜まで待って、一緒に行こう、って」
「な、なんでそうなるねんっ!」
思わず怒鳴ってしまった。
「足手まといや、言うたやろうが!」
「知るかよ」
ふいにドスをきかせた声で克也が応じ、俺は口を閉じた。冷ややかで強い光を目に浮かべ、克也は俺をじっと見た。
「僕も決めてるんだ。達夜は、僕の、だ」
「!」
克也の視線がなぞったのは、俺の口から喉のライン、それは何のことない、昨夜克也の口でたどられたその線で、俺はことばがでなくなってしまった。
「他の男がうろうろしてるここで、達夜を一人にする気はないからね。ましてや」
すい、と目を逸らせた克也がわずかに赤くなる。
「……そんな頼りない顔して、無防備なんだよ。また『針』に引っ掛かったら? 倒れた達夜を他の奴が触るって思うだけで……それでなくても、気づいてないの、達夜、君、今咲き始めた花だ」
「…は?」
「花びらを開いて、こっちを誘ってる。どんな奴でもいいような顔だ。いいかげんにしろよな。君は僕のだって言ってるだろ」
「は…な…やて? は、そんなこと言われたの…初め……っ」
思ってもみなかったことばに笑いだしかけた口を、風みたいに擦り寄ってきた克也がふさいだ。開いていた唇に深く口づけられそうになってもがいたけれど離してくれない。そのまましばらく貪られて、それでも離す間際に音をたて、克也は名残惜しそうに俺を離した。くすくすいたずらっぽく笑いながら、
「あー、お握り分けてもらえばよかったな」
「へ……あっ…」
きょとんとしかけて不意に意味に気がついた。真っ赤になった俺を嬉しそうに眺め、克也は意地悪い笑い方をした。
「ほら、ね?」
「なんやねん」
「こんなにすぐに食われるんだ。気が気じゃない」
「あほっ……」
おまえやからやろうが、と口ごもったことばに克也はにやりとしたたかな笑みを浮かべて応じ、生真面目な顔になった。
「本当にもう少し回復してからだ。さっきだって、いつもの達夜なら振り払ってる」
言われてみればその通りで、俺は気まずくうつむいた。
「そやけど…」
自分でもわかった。俺の声が震えてる、甘えている、誘っている。克也に側に居てくれとねだっている。
「達夜?」
それを察しないぐらい鈍ければ、克也は俺と出会っていない。
ふいと体を寄せてきた克也は、怯む間もなく俺を抱き寄せた。自分がこんなに華奢だったかと思うほど、すっぽりと相手の懐に抱え込まれる。
「いい方法があるよ」
「え?」
ぬくぬくと克也の膝に抱き取られて、ぼうっとしていた俺は我に返った。
「何?」
「こっちには舞妓姿に装って京都の街をぶらぶらするというのがあってね」
克也は楽しそうに笑った。
「舞妓姿で夜うろうろしてみれば、余計にあれこれひっかかってきやすいんじゃない?」
「そら…そうかもしれんけど」
確かに『欲魂』も『闇舞妓』も着飾り周囲の目を魅きつけたいという気持ちには敏感に引き寄せられてくる。
「今みたいに殺気立ってたら、敵だって警戒してなかなか出てこないってこともない?」
「む…」
そうだ。向こうだって目的を達したかどうか、まだ中途半端ならば、何とかぎりぎりまで粘りたいだろう。一撃必殺状態でいらだった俺がこの辺りをうろついたところで、巧みにかわされ時間をとらされるだけかもしれない。
「だからさ、達夜も舞妓姿になってさ、僕と一緒に街を歩こう」
「…は?」
克也は目を細めて満面の笑みだ。
「僕、克也の舞妓姿見たいな」
「お、俺」
「きっときれいだよ? 模様は蝶かな? 桜、あやめ……色紙ちらし、雲どり……御所車もいいかもしれない」
「俺、そんなん、着られへんぞ」
「大丈夫、僕が着せてあげるから」
「……は…あ?」
今度こそ、あっけにとられて間近でほほ笑む克也を見上げる。
いくら京都が和装の街だとはいえ、高校生が舞妓姿を着付けられると聞いたことはない。




