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「……すまん……」
俺は両手のこぶしをひざに押しつけて、震えそうになる体を必死に押さえつけた。
(嫌われるんや、て覚悟したはずや)
俺は『京』の護り手として『闇舞妓』を狩る。『欲魂』を始末する。
それは他でもない、さらわれて巻き込まれた頼子も『闇舞妓』の一人として片づけなくてはならないことも意味している。
(『欲魂』さえあらへんかったら)
せめて、『闇舞妓』しか動いていなかったら、頼子を捕らえて祭事方のあれこれで記憶を奪い、意識をごまかし、こちらの世界に戻せもした。けれど『欲魂』を操っているということは、『闇舞妓』として、自分の願いのうちに人を引き付け『京』へ連れ去り貪ることに納得しているということだ。
そうまで変わった『闇舞妓』はもう人には戻せない。
ただ引っ掛かるのは、頼子という女はもともと気性が男のはずで、ならばなぜ『闇舞妓』達とつるむことに納得できたのかということだ。
誰か恋しい相手でもいたのだろうか。気性が男ならば、相手は女……外見上は頼子も女で、双方女同士だからこちらでは通じにくい思いだろう。
それで実らぬ恋に身を捧げる女達の気持ちに同化できたということなんだろうか。
「達夜……知ってた? 最初から?」
克也がゆらゆらするような声でつぶやいて、俺は唇を噛んだ。
「……」
「頼子を戻せないこと、知ってたの?」
違う、と言いたかった。
(そやけど)
今となっては同じことだ。『闇舞妓』のことも、『辻封じ』のことも、いや『京』の成り立つ不安定さもよくよくわかってのことだったのに、そこまで予測して手を打てなかったのは俺の責任、克也に甘えて我を失った、俺の責任、それに尽きる。
「……そや」
(嫌われるんや)
嫌われてしまえば、闇に沈むのも怖くない。一人で消えるのもつらくない。
しょせんは、はなから実ることのない気持ちだった、異界の相手に気持ちを捧げてしまった愚かさゆえ。
ふいと『闇舞妓』の、そして『闇舞妓』にすがるしかない女達の気持ちが胸に染みとおってきた。
恋しい相手は闇の彼方、もう一生涯会えずに自分はここで一人で朽ち果てる。異界に渡れば暮らせるかもと思っては見ても、それはそれで祭事方の介入があり、狩人がやってくれば安住の地などない。
ならば、帰るしかない、戻るしかない、あの『京』へ。
わかる。
今なら墜ちるところまで墜ちてやる、その気持ちも痛いほどわかる。
けれど、それでも、そうやって異界と『京』の境をたびたび崩してしまうなら、崩壊するのは『京』だけではなくて、その恋しい相手の住む異界もろともなのだ。
(こんなことなら……)
体に無理してでも抱いてもらっとくんだったなあ、とふいに胸が詰まった。
(あかん、俺…)
やっぱり寂しい、やっぱりつらい。克也に嫌われると思っただけで、これほど体が竦んでしまう。視界があっけなく潤んできて、俺は無言で立ち上がった。
「達夜」
呼びかけてくる克也を背中に言い捨てる。
「足手まといや、来るな」
「達夜!」
「……そやから……」
(これが最後)
目一杯不愉快そうな顔を作って振り返る。
(こいつ……きれいな、やつやなあ)
光の中できらきらした瞳をこちらに向けて見上げている克也を見下ろした。最後の時に思い出せるように、何度でも味わえるように、食い入るように見ほれてから、冷たく言った。
「異界ぽんちに関わるとろくなことない。もう、俺に手間かけさせんなよ」
座敷にいる浜野さんに少し頭を下げて、俺は克也に背を向け、玄関へ向かって歩きだした。
背後で少し言い合う声が響いて、すぐに足音が追ってきた。腕をつかまれ振り向かされかけたのを粘ったつもりだったが、一週間眠っていて、しかも飲まず食わずというのは足にくる。情けなくふらついて他愛なく克也に引き寄せられてしまう。
「達夜」
「ほうっといてくれ」
きれいに立ち去ることもできない自分が悔しくて顔を背ける。耳元に克也が顔を寄せて来る。体が熱くなる。
「お腹、空かない? 浜野さん、お握り作ってくれてるよ?」
予想外のことばをささやかれて、一瞬ぽかんとした。と同時に、正直なもので腹が大きな音で鳴り、俺は顔に血が昇った。
「よかった、浜野さんのお握りおいしいんだ。一緒に食べよう」
克也は硬直した俺の腕をいそいそと引っ張った。




