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「は? 何ですて?」
「で、浜野さん、そっちの方でも何も引っ掛からない?」
俺のことばを聞きとがめた浜野を、克也は強引に遮った。
「それが……なあ」
浜野は奇妙な笑みを浮かべた。
「人、の形はしてへんのどすけど、ここしばらく、妙なもんは漂うてますえ」
「妙なもの?」
「どういうたらええんどっしゃろなあ。風船みたいな、そうそう、ほれ、年越しに舞妓がもらう福玉みたいなもん、というたら、一番似てますやろか。白や桃色のまあるい玉に細いひものようなものがまきついていて、それが舞妓や芸妓の帯のあたりにふうわり浮いてくっついていきますのん」
俺は喉を締めつけられたような気がした。胃の辺りに重くて冷たいしこりが塊になって、またたくまに成長する。
「それって人魂?」
無邪気な克也の声が胸に突き刺さる。
「ひとだま、言うほどはっきりしたもんやないんどす。あれ、何か見えたような、思てじっと目を凝らしてるとな、胸の奥がねじれるような気持ちになって、その福玉をひきむしってやりたいような気持ちになりますの」
「……『欲魂』や」
「え?」
俺の声がよほどかすれて殺気だっていたのだろう、克也が振り向いて目を見開いた。
「達夜…」
「それは……『京』の女達の成れの果てや……男と契りたいいう『欲』だけになるように絞られ削られた魂や」
そうなのだ。『闇舞妓』ばかりがうろうろしては目立ち過ぎる。既に相手は男を欲しがる女達の幾たりかを『欲魂』にまで絞り抜いて、それを『闇舞妓』にしょわせて歩かせ、引き付けられてきた男も女も引きさらうように『京』へ連れ帰っているのだろう。
「一週間も……寝てたからや」
視界が潤んで崩れ落ち、俺は唇を噛んだ。
『欲魂』になってしまった女達は『京』にはもう戻せない。『京』をその絞り抜かれて飢えた魂に引き込み腐らせてしまうだからだ。
「神女達夜とも……あろうもんが」
何が『京』の護り人、恋しい男に添われて寝過ごし、本来の役目を果たせなかった。
『欲魂』は葬るしかない。穢れとして次元の裂け目へ切り沈めるしかない。
きっと本当は俺と同じに、ただただ恋しい男に再会したいがために口車に乗せられ利用された哀れな女達なのだ。
ついさっき、ひょっとしたら俺だって、克也に一目会うためならば、闇の海をも渡ってくるかもしれないと、そう女達と同じ気持ちを感じ取ったばかりだから、この衝撃はきつかった。
「達夜…」
心配そうな克也の声がにじむ視界に拍車をかける。
「最低や……」
「え?」
「俺は……最低や」
陰気につぶやく俺に、克也もことばを失った。




