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「せい、どどいつせい?」
「違うよ。性同一性障害。身体的には女性だけど、なんていうのかな、中身は男性なんだ。ずっと前は違和感があったけど、女の子として暮らそうと努力していてね、舞妓さんになってもいいかなって。そういうのになれば、『仕事としての女をやる』というところで納得できると思ってたみたいだよ。けれど、もうだめだなってわかったっていって、これからは男として生きる道を選ぶからって、それで最後のお別れに京都の舞妓を見に来たんだよ」
「外が女で……中が男…?」
俺にはよくわからないが、ふいにすとんと落ちるものがあった。
「そうか、そやから、闇舞妓が見えたんか」
「僕は昔っから中身としか付き合えない人間みたいで、頼子には男しか感じたことがないんだ。向こうもそうだよ、頼子は男としてノーマルだから。で…そやから、って?」
「ああ、闇舞妓が普通の舞妓に見えてた、言うたやろ? さっきも言うたみたいに、闇舞妓は異界の男を誘い込むための形代みたいなもんやから、女には白塗りの顔しか見えへんのに、どうして頼子、には見えたんかなあと思てたんや」
「ああ、なるほど」
「そやろ? そやけど、頼子、いう人が、中身として男やったんなら、なるほどあり得るかもなあ」
(まてや。それなら、なんで、克也に闇舞妓は白塗りに見えた?)
「僕は男だよ」
俺の考えを読んだように、克也が言った。
「たぶん、僕は『中身』に反応するからじゃないのかな」
「ああ…なるほど…」
中身に反応するから、闇舞妓の本質が見えた。顔のない、女としての形を備えた人形の本質が。
なるほど、こいつは本当にたいした異界ぽんちなのかもしれない。
「そんなこと……わかってもらえたと思ったんだけど」
克也が笑みを含みながらことばをついだ。
「え?」
「さっきのことで」
「…え?」
「あんなふうに、かわいらしくすねられたり、弁解されたら……理性がもつわけないよね、男としてさ」
くす、とまた悪戯っぽく笑われて、
「かわ…っ」
ばふっと体が火を吹いた気がした。
「何なら、僕は何度でも、試していいけど?」
「克也っっ!!」
(あああ、どうしよう、ほんまにどうしよう)
俺、こいつが好きになってる。
ほんまにほんまに好きになってる。
そやけど。
俺は今度ははっきりと意識して体を抱えた。急激に熱が冷めていくのがわかった。
(そやけど)
それは、ならぬ話だ。
ましてや、今みたいに『京』が危機にさらされているときに、俺が、神女達夜が男と浮かれていられるものじゃない。
「達夜?」
俺が急に静かになってしまったのを不審に思ったのだろう、克也は笑みを消して俺をのぞき込んだ。
「事情はわかった。どっちにせよ、一度異界に行かなあかんな」
ことさら感情を消して応じ、俺は克也の視線から目を逸らせた。
「お前にもついてきてもらわなあかん。まあ、なんやったら、そこでお前だけ異界に戻ったままでもええかもしれへん」
「達夜?」
克也が不安そうな顔になった。
「闇舞妓が関わっている以上、ことはそれほど簡単に進まへん。そやけど、大丈夫や、俺が関わった以上、ちゃんと頼子さんはお前の世界に戻す、それは安心してくれてええ」
「達夜」
「とりあえず、お前はもう少し家にいたらええ。俺は祭事方に『異界詣で』の申請だしてくるわ」
立ち上がりかけた俺の手首を、克也が唐突に握った。
「達夜」
「…なんや?」
続くことばは想像がついた。自分に経験はなくても、光津子姉きと男達のやりとりには幾度となく立ち会っている。だから、必死に冷たい顔を作って、俺を引き留めた克也を見下ろした。
「僕はさ、達夜が好きだって告白したんだけど」
「…ああ、そやな」
「達夜は?」
「俺?」
どくん、どくん、と胸の奥で熱い音が鳴り響く。真剣な顔で見上げる克也は、さっきのどの顔とも違っていて、どこか不安そうで優しげで、ああ、この顔も好きだなんて思ってしまう自分がいて。
「俺は……お前のことを……どう思ってるか、て言うんか?」
こくんとうなずく克也の顔に、俺は冷ややかに吐き捨てた。
「自分勝手に人を襲うやつなんて、好きになるわけ、ないやろう」
克也がすうっと青くなるのがわかった。




