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「あ、でも」
克也は俺の視線に気づいた様子もなく、眉をひそめて首をかしげた。
「頼子は女だよ? それって理屈に合わないよね?」
「……お前はかわいいやっちゃなぁ、克也」
あまりの無邪気さに俺は思わずからかった。
「女なんて、知らへんのやろ?」
「え」
克也が一瞬凍りつく。
(ええわい、どうせ、問題外なんやし、どう思われたかて、かまへんし)
年ごろの娘ならしないような下卑た笑いをあえて浮かべて、
「俺は男を知ってるんやで。男はな、きれいでかわいくて若い女が好きなんや。十人おったら、八人までそうやな。残りの二人かて、嫌いなことなんてあらへん、据え膳やったら食うやろうで」
「達夜」
真っ赤になって照れるかと思った克也は、妙に白々と真剣な顔になっている。
「そやけどな、女が男を欲しなるときに、もうそういう色気がのうなってしもてたら、どうする? 惚れた男に声さえかけられへんほど、色香に離れてしもてたら? それでも、男が欲しかったら?」
「達夜」
「わかるやろ、別の女に誘てもらうのや、それでも一夜の夢なら何とかなったりするさかい」
「達夜」
克也はどんどん厳しい顔になってくる。目付きも鋭く険しくなってくる。きっと頼子の運命を悟ったからだろう。それを案じて怒っている。
(それだけ頼子が大事やということや、なあ)
また胸を風が吹き抜けた。
(そうか、きっとそういうことや)
話しながら、俺は『辻封じ』が壊された理由の一つに思い至った。
(なるほど、それなら、壊すのが得策)
「そやけど、これはご法度や。この『京』では、そうそう間を取り持って、しかも自分は花を望まへん蝶なんてみつからへん。そやから、そういう手合いは往々、異界で女も狩ってくるんや。自分らに花を届けてくれる、顔のない、幻のようなきれいな女を。きれいであればあるほどに、男は引っかけてきやすいさかいな。ましてや、男連れなら、女は十分自分の色香に気づいてる、そういう女を狙うやろ」
きっと頼子もきれいな娘なのだ。克也が胸を開くほどに。闇舞妓が標的に見定めて選んでいくほどに。
「そやから……」
ずきずきずきずき。体中が痛い。なぜ、こんな話がこれほどつらい気持ちにさせるのだろう。
(さっさと終わらせてしまお)
「その頼子、さん、なあ。きれいなお人やったんやと思うな、そやし、狙われたんや。その人に舞妓が怪しく見えへんかったんは、たぶん……」
(あれ?)
そこで、ふいに俺は思考を止めてしまった。
(なんか、おかしい…)
なぜ、頼子は闇舞妓のおかしさに気づかなかったのだろう。
確かに、闇舞妓の一群は女も狩る。しかし、それは側についてる男衆がことば巧みに誘うのが常で、今回の一件はどうにも形が違う。第一、闇舞妓というのは…。
「達夜!」
焦れたように、克也が叫んで俺はふいに両肩を捕まれ、振り向かされた。
「あ、あ、ごめん、その、頼子さん、助ける手立てがないっちゅうんとちごて、それはこれから考えるいうことで」
てっきり、そっけない言い草に克也が怒ったのだと思って、俺は急いで弁解した。
「ごめん、ごめんな、俺、お前の恋人、悪う言うつもりなんかなかったんや、あの」
克也はぎらぎらした見たことのないような目で、俺をにらみつけている。
「あの、そやし、あ、あのな、『辻封じ』壊したやつらの意図も、何となくわかってきたで。たぶん、闇舞妓をたくさん異界に送り込もうと考えよったやつらがいるんや。そいつらにとって『辻封じ』は邪魔やし、一つ二つを壊して祭事方に介入されるより、一時に事を起こして、祭事方も混乱させとこうっちゅう腹やったんやで、きっと。そやし、そいつらの場所さえつかめば、きっと頼子さんのことかて」
克也はまだ無言でにらんでいる。肩をつかんだ手から力が抜けない、ばかりかますます押しつけられていく。
「ごめん。ごめんて、謝ってるやんか、何で、そんなに怒るんや、そら、巻き込んだのは俺やし、頼子さんかて、俺が『辻封じ』壊さへんかったら、こっちに巻き込まれへんかったと思うで、思うけど、俺かて、何も壊しとうて壊したわけやなくて」
(ああ、そうなんやろな)
俺はしみじみと情けなくなった。
克也はきっと、頼子を襲った運命と、俺の果たした役割の両方に怒っているのだ。そしてまた、こんな造りの『京』と関わった事を怒っているのだ。けれど、それだって。
(俺かて)
「あ…」
あんまり強く押されて、さすがに俺もバランスを崩した。どん、と勢いをつけて畳の上に押し倒されてしまい、衝撃に一瞬目を閉じる。と、閉じた視界にふいにじわりと熱くにじんだものがあった。
(俺かて)
こんな言い訳などしたくない。
克也の大事な人を探すのに、うろうろとみっともなく動き回りたくはない。
(ああ…俺…)
ふいにぽうんとその理解がわいた。
(俺は、こいつが、好きなんか)
胸が見る間に締めつけられる。息が止まってくらくらする。
色気なしやな祭事方、中でも達夜はピカ一で、惚れる女は後を断たねど、華やぐ姉とは一線画し、異界ものとて気にはせぬ……。
幼いころにからかわれた戯れ歌が耳元で弾けた。
(俺が……? 神女達夜が…?)
そんな、あほらしいこと。




