7話:おじさんと聖都
※ ※ ※ ※ ※
「見えてきたぞぃ!アレ、だよネ?」
「――はい、たぶん……」
自分で羽ばたくのは面倒なので、自動飛行モードで、且つ、ニャルロッテが振り飛ばされない程度の速度で飛行を続けてきた。
流石に空を飛行しての移動はやたらと早く、まともに旅したら長大な時間がかかるところを、わずか数時間で到着。
到着、とはいっても、見えてきらその街、いや、城塞都市が本当に聖都なのかどうかは不明。
なにせ、その見た目、やけにおどろどろしい。
聖都というより、魔都、と形容した方がよほどしっくりくる。
空を飛んまま街中に降りるのは色々と問題がありそうなので、その城塞都市から少し離れた人目につきにくい場所に着地。
そもそも、この“うきうきデカパイ大魔王モード”の姿のまま、街中に入ろうとしていること自体アウトな気もするが、会って間もないニャルロッテの前でいきなり別の姿になるのも時期尚早。
しばらくは、この姿のままがいいだろう、たぶん。
さて――
それにしても、やたらと厳つく不気味な城塞都市。
街をぐるりと囲む壁はごつごつとし、有刺鉄線による鉄条網が取り付けられ、無骨な凶器が至るところに掲げられている。
城壁の手前には堀が巡らされ、薄汚れた水には動物の死骸や白骨が浮いている。
巨大な城門は頑強そうな鉄扉がしっかりと下りており、乾いた血糊がべったりと付着している。
おそらく街そのものは丘のような高台を中心にして広がっているのだろう。壁の向こうは段々と高くなり、町外れからもその様子が見てとれる。
街の上空には、蝙蝠、いや、トカゲのような姿をした羽の生えた生き物がぐるぐると飛んでいる。
どう繕っても、聖なる都、とは到底思えない。
「えーと……ニャルロッテ。聖都で間違いないんだよネ、アレ?」
「……はい、場所は、――合ってます」
「なんと云うか、魔窟、って感じなんですけどぉ~……」
「そ、そうですね……巨大な監獄、みたいな印象です」
「――取り敢えず、城門まで行ってみる?」
「……はい」
城門までは舗装された大きな道が続いている。
大きな道にも関わらず、人の往来は皆無。
そもそも、この世界の街ってのを見たことがないんで、今、目の前に広がっているその光景が普通なのか不自然なのかさえ、判断がつかない。
とは云え、ニャルロッテの様子を見る限り、やはりそれが異様な光景に映っているであろうことが容易に想像できる。
城門まで近付くと、ますますその異様さがハッキリする。
併設された潜り戸脇には見張窓がついており、鉄格子で固く閉ざされている。
その下には鉄板がぶら下げており、文字が刻まれている。
なんて書いてあるのかサッパリ分からなかったので、攻略本で調べる。
スマホの翻訳機能を使えばOKらしいので、タップ。
すると――
<ソドムへの立ち入りを希望する者は一人当たり金貨1枚を喜んで差し出すこと。金を払えぬ者で立ち入りを望むのであれば、我らの大領主様への忠誠を誓え>
――うーん、あやしい。
だけど、まぁ、金さえ払えば街に入れるってんだから、そこまで理不尽ってわけでもないのかな?
「ニャルロッテ、お金ある?金貨2枚」
「すみません、パカちゃんさま。路銀は野盗に奪われてしまって持ち合わせがありません。それに――」
「それに?」
「金貨1枚ともなれば、半年暮らせるほどの金額です。かなりの暴利といえます」
あらら。
そーいや、野盗どもはどっかに吹っ飛ばしちまったんで、彼女の物を盗んでいたって知ってても、どうにもならんかったな~。
ついでに、金貨1枚って、そんな高額だったのか。
攻略本に載ってたアイテムとかって、大体金貨で値段表示してたから大した額じゃないのかと思ってた。
もっとも、余の力パワーはカンストしているはず。
ともすれば、お金もいっぱいあるはず。
EMIを展開して所持金をチェック!
アレ?
所持金――『0』。
ウソ……だろ?
魔想貨幣、ってのもちょっと違うっぽい。投資目的、って書いてある。
あっ!このアプリは?――マジカルPay。マジカルコード決済アプリ。これで支払える!
――ない。
見張窓周辺にそれらしいものは1つもない。
む~、現金払いオンリーか、くそうくそう。
なにか打開策を。
見たことも会ったこともない大領主とやらに忠誠誓うとか、そんなのヤダ!
そもそも、余は大魔王。どこの馬の骨とも分からん輩に忠誠を誓っとる場合じゃあない。
それになんとなく、忠誠を誓う、みたいな抽象的なアクションの方がヤバイ気がする。
ニャルロッテを信者にした経緯から鑑みて、言霊を口する、ってのは結構マズイ。本当に、そうなっちまう、恐れがある。
攻略本――
なにか載ってないか?打開策。どうすればいい?
おっ!?
こんな便利な魔法、あるのか!
幻術系の魔術“偽装貨幣”。
有機物、無機物問わず、一定時間、貨幣と思い込ませるロクでもない魔術。
よし、コレを使う。
そこいらの石を2つ摘まみ上げ、定型の魔法を投じる……が、特に変化は見られない。
これ、大丈夫か?かかってんの?
形状変化をもたらす魔術の方が良かったのかも?
ま、試してみるか。
石ころを見張窓の鉄格子の間に滑り込ませる。
間もなく、中からその石ころを奪い取るように手が伸び、やがて、潜り戸からガチャリと錠が外される音が聞こえる。
そして、入れ、とだけ声が響く。
どうやら、幻術はうまく働いていたようだ。
ともかく、バレないうちに中へ。
さあ、入ろう、聖都へ――
―――――
そこは、絵に描いたような地獄、だった。
分限者や上流階級の市民が隷民たちをあちらこちらで虐げている。
皮膚に直接縫い付けられた金具から延びた綱を握り、お輿を牽かせ、街を練り歩く者。四肢を切り落とされた奴隷を馬に吊るす者。獣の体を下手な外科手術で無理矢理縫合し、見世物にする者。只々、使用人に暴力を振るう者。
生々しく原始的な暴力と横暴さがナチュラルに浸透している街。一言、悍ましい。
おそらく、地球上で例えるのであれば中世の早い時期、そんな感じだろうか?
古代と呼ぶには文化的で、近世と呼ぶには無法過ぎる。とは云え、歴史の知識があるわけではないので、よく分からない。
しかし、どちらにしても野蛮。ほぼ確実に、俺の、いや、余の常識は通じなさそう。
「こんな殺伐とした街が聖都ってマジなの?」
「ここで間違いないはずです……」
「なんとなく長居するのはヤバイ気がするぞぃ」
「……そうですね、早く大司教様に会いに行きましょう」
取り敢えず、大司教の居るという大聖堂を目指すことになった。
どうにも嫌な予感がするんだが、まさか、な?