15話:おじさんと謎の個室
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裏路地から裏路地へと移動し、狭く汚らしい小径を進み、それらしい場所に着く。
貧民街、といわれればそう見えるが、何せこちらの世界での一般的という街並みを知らないので今一つピンとこない。
大通りに面した街並みとの違いといえば、石造りの高い建物があまり見られないという点と住民の服装くらいだろうか。
木造の小さな家々と上等とは思えない衣装に身を包んだ住民、しかし、スラム街と呼ぶ程、貧しい様子とも思えない。
ニャルロッテも街並みを見て貧民街と呼べる程貧しい環境ではないものの、都市部のそれとは明らかに生活様式が異なる為、そう判断したと云う程度。地方や田舎では、ここより遙かに貧しい環境が日常的なので、ここは恵まれているとさえ語っている。
どうやらここ聖都は、この世界の常識的な範疇から考えてみた場合、かなり豊かな場所だと思われる。
確かに、城壁の外、堀の外側といった方が正しいのだが、バラック造りの家々が疎らに存在していた。あちらの方がスラム街と云えるのかも知れない。城壁の中での暮らしは、それだけでも十分恵まれている、という事なんだろう。
十分、ファンタジックな雰囲気の街並みなので、取り敢えず、宿屋的なものを探すものの、見当たらない。
洋風ファンタジー世界なら、宿屋の一つでもあって良さそうなのだが、どういう訳か見付からない。
ニャルロッテに訊ねてみると、宿屋のような宿泊施設は都市の中心部にしかないそうだ。それもそのはず、旅行者のような旅人が貧民街に訪れる訳もなく、特にこの聖都は巡礼者が多く訪れることもあり、教会などが簡易宿泊施設を提供しているのが専らだという。
云われてみれば、大聖堂に向かっている最中には、それらしい施設も何度か見掛けた。
わざわざ聖都にまで来て貧民街に訪れる者などいるはずもなく、宿屋的なものがないのも仕方がない、という事だろう。
居酒屋、というか、飲み屋のような建物はちらほら見掛ける。
もし、これがゲーム世界であったとしたら、情報収集がてらに飲み屋に立ち入るのは常套手段なのだが、何せ追われる身。
特に余の見てくれが派手なだけに、あまり人目につくのは宜しくない。
飲み屋のような明け透けに第三者との接触を図るより、もっとひっそりとした静かな場所がいい。
とは云え、そんな場所がここにあるのだろうか?
困った時は、――そう、攻略本。
建物の影に隠れるようにして本を開き、それらしいものがないかどうかを調べてみる。
ふむふむ、なになに?
個室千里眼――
……あやしい。
神視やThyTube、MD他、映像を視聴する機器が設置された狭い間仕切り部屋を貸してくれる簡易休憩所。
主にバックパッカーや日雇労働者、冒険者、亜人、乞食が利用する施設。まともな住人は利用しない、とある。
建物の影から顔を出し、辺りを見回すと確かに存在している、個室千里眼。
見るからに薄汚れた木造の建造物に、小汚い看板。実に胡散臭い。
とはいえ、貧民街を余所者、しかも余は肌色成分多め、そんな輩が長時間うろうろしていたら、それだけで怪しい。
追っ手とは無関係に、事件に巻き込まれる可能性すらある。
嫌そうな表情を浮かべるニャルロッテを半ば強引に引き連れ、個室千里眼の一室を借りる事にする。
無論、金はないので偽装貨幣の幻術を使い、誤魔化そう。
店番をしている若い女は、眼帯に包帯、ピアスまみれで痛々しく、見るからにメンヘラちっく。幻術を掛けた小石を、銅貨だと思い込み、丁寧に数え、数字の刻まれた木札のついた鍵を手渡してくる。
――ちょろい。
雑な説明を受け、その案内に従い、自ら部屋番号を探し、早速、中に。
建物に入った時から気になってはいたが、部屋に入るとより顕著。とにかく、臭い。なんとも云えない、不快な匂い――栗の花のような。
うーん――
異世界にやって来てまで、こんなところがあるなんて……異世界は読んで楽しむに限る。実際に来ちまうと絶望する、うん。
部屋の広さは一坪くらいか?
狭いっちゃ~狭いが、ニャルロッテは小柄、余も胸以外はでかい訳じゃないので特に問題ない。
奥には小さな机、その上には台座が設置され、そこに水晶球が置かれている。
手前にはキーボードに似たキーボードに似たインターフェイスが用意されており、壁には不透明な硝子が設置されている。
映像そのものは、水晶球を覗き込むか、あるいは水晶球から空中に照射されるホログラム、もしくは水晶球をプロジェクターのようにして硝子に当てて映し視聴するかのいずれか。
ThyTubeの視聴が可能ということは、当然、魔力波ネットワーク、別名BMINへのアクセスもできる。
つまり、配信もできる。
しかし、全く知識もなく徒手空拳でThyTubeにちゃんねるを開設しても上手くいくはずもない。
暫く、BMINを巡ってみて調べてみる事にした。
気付いたら、余はThyTubeの視聴に夢中になっていた――