13話:おじさんと大脱出
モニタと化した宗教画の下、石碑には無数の、膨大な信徒の声が流れ、加速する。
その大半が余への賞賛。
救世主教徒向けの神聖配信、しかも聖都に限った放送、完全な敵地中継だと云うにも関わらず、大司教を打ちのめした余を褒めると云うのか。
まったく――
余の魅力に気付いちゃうとは、どいつもこいつも愛いヤツらよのぉ~♪
――しかし、だ……
このさっきからチャリチャリいうとるお布施機能。
まったく、けしからん。
なにがけしからんって、余にではなく、配信者、つまり、大司教の下に入る仕組みだろ?
ゆるさん!
余に寄越せ、余に!
なにせ、所持金0だからな、余。遅かれ早かれ、乞食暮らし突入じゃ困るんですよー。
そりゃまぁ当然、余への誹謗中傷も結構見られるが、それもそのはず。そもそも、大司教がその権限で始めた生放送。断罪実況とかいう悪趣味な私刑なのだから、端から奴の、いや、救世主教徒をターゲットにしたもの。
見知らぬ異教徒/邪教徒にしか過ぎない余と田舎娘のニャルロッテは、その見世物の対象でしかない。
この点を差し置いて尚、この余を推す声!
コレってもしかして、こっちので世界でも、余、イケるんじゃね?
適当にカメラ的な方を向き、
「汝ら、余の信者になれぃ!」
「なる!」
「なるよォー!」
「今なった」
「もうなってる」
「パカちゃん様ぁぁぁ」
「ちゃんねるはよ」
おぅ!
コメントの流れが更に加速。
こりゃ凄い。それにしても――ちゃんねる?
こっちにも、動画や生配信できるような、なにか、があるのかな?
「ニャルロッテ、今みたいに放送とかできるような魔法的なカラクリって、他にもあるの?」
「えっ!?あ、はい、あります」
「そなの?教えて教えて」
「今配信されていた放送そのものは基幹局と呼ばれる地上法力波神視ネットワークの一部です。信者さん達の声に見られるちゃんねるというのは、主に魔力波ネットワークによるストリーミングサービスを利用して個人で開設したものの事ですね。ThyTubeとか」
「ThyTube?なんか分からんけど、余、それヤル!」
「あっ、はい。でも、その前に……」
モニタ代わりの宗教画にノイズが入っている。
受発信の調子が悪いのか、映像や音声の様子がおかしい。
ブツ切れになり、コメントもカクカクとした動きになって挙動が変。
「聖都当局による放送規制が掛かり始めたみたいです、パカちゃん様!」
「規制?BANみたいなもんかな?」
「とにかく、この場から退去しましょう。大司教様に暴行を働いてしまったんですから、逮捕拘束されてしまいます」
「――あぁ~、そりゃまぁ……そーだよネ」
礼拝堂を見渡せば、黒頭巾を被った半裸の女性達が周囲を取り囲んでいる。
まぁ、あんな薬漬けの信徒なんて、蹴散らしちまえばいいんだけど、その後がなぁ~……
この大聖堂、聖都の大分中心地に近いところにあるだろ?
思想犯強制収容施設としての側面が強いだけに、領主からしたら完全に敵対行動を取っちゃった漢感じだからな~、まともに逃げるの難しそう。
――さて、と……
どーしよーかな?
無策過ぎて、なーんにも思い付かない。
攻略本、見れば載ってるかな?かな?
ピコンッ!
おッ!?
スマホに着信――SMSが。誰から?
<おじさん、元気でヤッてるみたいだね!いつもニヤニヤあなたの隣りに這い寄るぷりち~女神様でーす♪>
――コイツ!
この軽い感じ、確実にあのポンコツ女神!
SMS送ってこれるって、どっかで見ていやがったのか!?
なら、助けろ、ってんだ、まったく!
取り敢えず、返信、だ。
<見てたのなら、助けろYo!>
<ちなうんです、ちなうんです。そっちの原始宗教というかカルトというか邪教による毒電波のせいで一定地域、こっちから通信が届けられない事あるの。フリー女神Wi-Fi確認してみそ?届いてないところあるから>
<女神Wi-FiってなんだYo!初耳だ。そんな事より地味に窮地なんだが、どうすればいい?>
<普通の瞬間移動系魔術は、その手の建物だと魔力阻害されて脱出できないと思うんで、今から私が女神転送しまーす>
<リダイレクト?ドコに飛ばすつもりだ?>
<いいとこまんじゅう、くそまんじゅう>
<――なんだそりゃ???>
<そっちのコも連れて行くなら、手繋いで>
<お、おう>
ニャルロッテの手を握る。
周囲を、旋風を思わす光の波が包む。
<いっくよ~~~☆クルクルバビンチョ、パペッピポ!ヒヤヒヤドキッチョの女神《め~がみ》タン♪>
<なんだソレ?>
<呪文詠唱♪>
<SMSで声聞こえないんだから、ソレ、いらなくない?>
<ニュアンス、ニュアンス~>
余とニャルロッテが光の中に包まれる。
大凡、端から見れば光の集中線が二人に注ぎ、風景の飲み込まれ掻き消える、そんな印象だろう。
余たちはといえば、とっ捕まえようと押し寄せる信徒たちの罵詈雑言がハッキリと聞こえたまま。
およそ、聖職者というか、大聖堂に詰める敬虔な信者の発言とは思えない程の放送禁止用語が飛び交う。
なんとも――怖ろしいな、宗教って。
光のシャワーを浴びるかのように、心地良い雰囲気に包まれ、薄暗い礼拝堂の風景が幻であったかのように消えて行く。
光の霧が蛍のように辺りを舞い跳び、魔力、いや、暖かな神気の収束を感じる。
一瞬、ホワイトアウトして全ての感覚が識別不能に陥る。
それにしてもあのポンコツ女神、その力だけは本物っぽいな。っぽい、ってだけだけどな。
―――――
「……」
「…………」
「………………」
「……………………」
「…………………………」
「――って、ここ、ドコ???」