9話:おじさんと牢獄
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唐突で恐縮なんですけど~、余は今ぁ~、――
――牢獄の中にいる。
なんでやッ!
事の顛末は~……なんもかんも、あの宴が悪い!
大聖堂、っつーか、この思想犯強制収容施設は完全にトラップだった。
余たちは、いとも容易く、このネズミ取りに引っ掛かってしまった。
聖都の城門入り口から大聖堂までは、大人の足で歩いて優に半日はかかる。
そりゃもう、疲れるわな。疲労困憊、当然、だ。
大聖堂に到着すると、美形な男女の聖職者、聖職者とは云っても、やたら俗世間的な恰好、端的に“性的な”恰好をしとる。例えるなら、ホストとキャバ嬢、そんな感じ。
こいつらが、これでもかッ、ってくらい、もてなしてくれるんだ。
酒に食事に温泉、寝床、ついでに演劇やら演奏、あらゆる娯楽まで。
そりゃ~もう、夢見心地。亀を助けるまでもなく、こんな大宴会をしてくれるんなら、そりゃ~身も心も絆されるわな。
聖都への巡礼、大聖堂への来訪ともなれば、大体誰も彼もが遠方からやって来る。そして、そういう連中は、特に信仰が篤い。
この大聖堂って場所は、そういう純真無垢な信徒を掻き集めて隷属させる為の撒き餌。
最初に飴を、後に鞭をもって、洗脳する。
美男美女なら接待役として、体が丈夫なら兵士として、無能であれば奴隷として、一生従属させられる。
全ては、大領主“英雄騎士”グレックザッカーハーグ卿の支配を完成させる為の巨大な思想システム。
大司教ゼノグラシアラザボス曰く、
「聖都ソドムは、魔王ニコニコムーンによる侵攻に晒されている。
全ての救世主教徒の力を結集し、大神メディアの申し子グレックザッカーハーグ卿の下、魔王を退け、真の平和を取り戻し、千年王国ソドミアを築こう」、と。
ま、こんな与太話、余にとってみればどうでもいい!
とにかく、疲れた。やたら疲れた。圧倒的、悪魔的、疲れた。歩き疲れて草臥れきったところで大聖堂に着いた。
そりゃ~、禍々しいし、邪悪な雰囲気だし、不気味な建物だし、違和感は半端なかったが、出迎えてくれた聖職者のおねーちゃんたちが、まぁ~、キレイ!
“うきうきデカパイ大魔王モード”で見た目はおっぱいぷるんぷるんの美少女だが、何せ中身はおじさん。そりゃ~、テンション爆上げ。
イケメン聖職者もやってきたが、そっちは無視しておねーちゃんたちの接待を受けたわけ。
ニャルロッテはすぐにでも大司教と接見したいと云っておったが、そんなんはいつでも会えるんだから取り敢えず休もうと説得し、食事の席についた。
余って、見掛けによらず~――あっ、うきうきデカパイ大魔王モードじゃない普段の小太りうすらハゲもっさいおっさんモードの話ね――酒に弱いのよ。
ぴっかぴかのグラスに注がれた酒を一杯飲んだだけで、顔真っ赤。
出された豪華な食事は、松屋やすき家の味付けで慣れさせられた余にとって、どれもこれも薄味で、多分、シラフで食べていたら全然美味しくないんだと思うんだけど、酔っ払ってるんでどれもこれも大満足。
ニャルロッテが、余を大天使と紹介してくれたせいもあって、聖職者たちが皆、余を持て囃してくれるの。
そりゃもう、気分良くて、乱れるよね?
「パンツ見せろや~、パンツ見せろや~!」
いつの間にか、余はパンツ見せろやおじさん、外見的にはどスケベおっぱい痴女と化し、キレイな女僧侶のパンツを覗きまくるゲェジになっていた。
ニャルロッテもお酒に弱いらしく、先に寝てしまっていたので、余の乱れっぷりを見られていないのが唯一の救いだったが、ともかく、朝方近くまで、余の狂乱パーティーは続いた。
――そして、
気付いてみたら、
鉄格子のついたきったねー牢屋の中で寝ていた――
スマホで確認したら、もう3日もここに閉じ込められていた。
ラッキーだったのは、ニャルロッテも一緒の部屋に閉じ込められている、って事。
流石に独りっきりだったら、ガクブルしちゃって精神が保たない。
彼女がいるから、大天使、というか、大魔王テイストをかろうじて保っていられる。
食事は日に2度、看守が持ってきてくれる。
とは云え、きったねー上、くっせースープとかっちかちのパンのようなものだけなので、とても喰えない。
そこは大魔王。魔術で飯を生み出して、ニャルロッテと二人で喰う。
正直な話、魔法を使ってここから脱出することくらい、多分、造作もないはず。
ただ、それをしないのは、ニャルロッテがどうしても大司教に会いたい、と譲らない為。
彼女が肌身離さず持っている聖板を大司教に渡すんだと。
聖遺物、みたいなもんらしく、突如、彼女の前に現れたとか。
故郷の教会の司祭では手に負えない程の神聖なモノらしく、聖都の大司教であれば分かるはず、と旅に出たのが切っ掛けらしい。
まぁ、なんというか――今、こんな目に遭ってる原因って、ほぼ確実に、その板切れのせい、だと余は思うんだけどね。
ただ、余も引っ掛かるところがある。
だからこそ、留まるのを了承しとるんだけど。
どういうことかと云うと、だ。
ニャルロッテの持ってる石版から余のスマホに通信ができたってのがまず、引っ掛かる。
それに、ニャルロッテを襲っていた野盗ども。彼女の話を聞く限り、明らかにニャルロッテを知った上で追い掛けていたっぽい。
何者かに引き渡す、野盗どもはそう語っていた、と。
引き渡すってのが、ニャルロッテ自身なのか、あるいは、その石版なのかまでは分からない。
しかし、確実にニャルロッテをターゲットにしていたのは事実。
ついでに、彼女は余の到来を知っていた。
古い言い伝えってのはどうでもいいが、空から降ってくる半裸おっぱいってのは、ほぼ確実に余の到来を当て込んだ話。
つまり、あのポンコツ女神が裏で手を回している証拠。
こりゃ~、なにかあるわけですよ、はい。
神通の攻略本には、この辺り、何も書いてない。
ストーリーとかシナリオ関係は、一切ノータッチ。
まったく、筋書きのないドラマ、とかいりません!
攻略本なら攻略本らしく、ネタばらししろ、ってんだ。
まぁ、それはそうと、ちょっとこの辺りの謎解きがてらに、もう暫くこのきったねー牢獄の中にいてやりましょ。
なぁ~に、余は大魔王。
いざとなったら、キャンいわしたるわ!