魔王に平和を求めるのは間違っている
勇者のパーティは、無数に湧く魔物たちを倒し、魔王の城の最上階へと辿り着いた。
強大な魔王の力の前に、一度は惜しくも敗北してしまった彼らだが、今度はレベルも80を超えており、回復魔法やアイテムの準備も万端だった。
「今度こそ、魔王を倒して平和な世の中を取り返して見せる…!」
強い決意を胸に、魔王と対峙した勇者たちだったが、数ターンを経て、ふと違和感を覚えた。
「あれ、なんか魔王…強くなってないか?俺たちはレベルが上がっているのに、前よりも与えられるダメージが低い気がするぞ」
勇者の呟きに、僧侶が応じた。
「おかしいですね…まさか、魔王のレベルも我々に比例して上がっているのでは…?」
魔法使いと武道家も、事態を察してうろたえ始めた。
そこへ、魔王が新しい呪文を繰り出し、勇者以外の3人は、あっけなく倒れてしまった。
勇者は残り少ない体力となり、回復も攻撃もままならず、地に膝を付いて叫んだ。
「こんなのは間違っている!俺たちは強くなったのに、なぜお前を倒せないんだ!お前は俺たちに殺されるべきだろ!」
情けない姿の勇者を見下ろしながら、魔王は傷ひとつないローブを翻し、得意気にのたまった。
「そんなこと、誰が決めたんだ?」
予想外の言葉に勇者は一瞬怯んだが、すぐに言い返した。
「この国の民だよ!みんなお前がいなくなることを望んでるんだ!」
「それは意外だな。国民が全員、お前にそんなことを言っていたか?」
勇者は思わず息を呑んだ。
確かに、明確に自分に「魔王を殺せ」と言ったのは、国王だけだ。
だが、旅をして来た村の民は皆、増える魔物に困っている、と言っていたし、「王の命令で魔王を倒すために旅をしている」というと、あたたかく応援して、物資を分けてくれたりした。
それで、魔王を殺すべき理由は十分ではないのか。
勇者から目線を外し、魔王は自分の黒く伸びた爪を眺めながら、独り言のようにごちた。
「私がいなくなったら、世界が良くなるとでも思っているのかね?愚かなことだねぇ」
魔王の爪の先に、ぽっと青白い炎が点った。
「お前たちが私に負けたあと、わざわざ最寄りの教会まで戻されて復活させられ、のんびりレベルあげをしている間に、私はいつでも国を潰せたんだが、なぜやらなかったと思う?」
青白い炎は、周りの空気を吸い込むように渦を巻きながら、少しずつ大きくなっていく。
「私は今の世の中を『平和に保って』いるんだ。
魔物は人を襲って殺すが、それは別に私が指示していることではない。
魔物が人間を主食にしているからだ。
奴らは、村の中には入ってこないだろう。
ただの野性動物と同じで、自分の縄張りで狩りをして生きているだけだ」
「とはいえ、人間にとっては生活の邪魔になっている。できれば排除したい存在だ。
おかげで、魔物を狩る職業が生まれた。
武器を作る技術も、魔法という能力も、魔物を狩るために人間が生み出したものだ」
「さて、ここで問題だが、その魔物を生み出している私を殺したら、魔物はやがて狩り尽くされていなくなり、人間は…どうなると思う?」
勇者は憎しみのこもった目で魔王を睨みながら答えた。
「魔物がいなくなれば、人々は武器や魔法を捨てて暮らせる。
村の外に出る家族が、いつ魔物に殺されるかと怯えなくて済む。それが本当の平和だ」
魔王は残念そうに首を横に振った。
「いや、そうはならない。お前たちが本当は一番分かるんじゃないのか?
今まで魔物と戦うことで重宝されてきた人間には、存在価値が無くなるんだ。
お前はその歳で、何の知識もない農業でも始められるかね?
魔法使いはどうする?炎や氷で簡単に魔物を殺す女を、怖がらずに妻にできる男はそうはいないだろうな」
勇者は歯噛みした。
「屁理屈だ!そんなのどうとでもなる!俺は国王に頼んで王立騎士団に入れてもらえばいいし、魔法使いはいざとなれば俺が妻にするさ!」
「そうかもしれない、うまくいくかも。お前たちは、な。でも、他の戦士たちは?
国中に、魔物狩りを生業にしている人間はたくさんいるぞ。
彼らは何をして食べていこうとするだろう?
戦いの腕を活かして、闘技場で見世物になりながら殺し合うか。
あるいは、力で他人を脅したり殺して金を奪うようになるかも」
勇者は膨らんでいく炎を横目に、必死で反論した。
「金に困った人間には、国王が手を差し伸べるさ!魔物がいなくなれば、物流も良くなって国が潤うし!」
魔王は鼻で笑った。
「やはりお前は剣術一筋の愚か者だな。
物流が良くなるということは、モノの値段が下がるということだ。
そして、生産者はもちろん、物流に携わっていた人々の賃金も下がる。そうそう、言うまでもないが、武器屋はほとんど廃業だな」
「でも…でも、魔物に食われて死ぬ人はいなくなるんだぞ!」
「あぁ。働かない若者や、迷惑な人間を村から追い出して、魔物に食わせて合法的に処分することもできなくなるな」
それを聞いた勇者は、長い長い溜め息をついて、押し黙った。
「今でも、村の外に追い出された人間は、必ず死ぬ訳じゃないだろう?
ある子供は剣ひとつで村から放り出され、魔物と戦って強くなり、それを認められて、王から大きな使命を負うことになったしな。
そして、魔王を倒すと決意した彼の活躍で、多くの人が救われている」
魔王は力なく項垂れた勇者に向かって、2メートルほどに膨れ上がった炎の球を打ち込んだ。
勇者は青白い炎に包まれて、一瞬で炭化した。
「お前はつらいかもしれないな。
何度も何度も、こうして殺されては甦らされ、決して倒せない相手に立ち向かう運命。
たとえ倒したとしても、求めていた平和とは違う世界が待っている。
それを分かった上で、次の勇者が現れるまで、何度も何度も戦わなくてはならない。
でも、そんなお前の姿が、この国の人々には最高の娯楽なんだよ」
魔王は軽やかに両腕を上げて呪文を唱えると、勇者たちの死体を最寄りの教会に送った。
教会では、魔王の配下が扮した神父が、すぐさま彼らを甦らせた。
朦朧としている勇者に、笑顔の人々が群がる。
「おぉ、何たる勇敢な人!あの魔王に挑みに行くとは!」
「負けた?ははは、気にすることはないさ。そうそう、前よりもっといい武器が入ったから、買っていかないか?」
「ちょうど良かった、隣の村に作物を売りに行きたいのよ。でも魔物が多くて…用心棒をしてくださらない?」
勇者には、死ぬ前の魔王とのやりとりの記憶がしっかりと残っていた。
彼は揺らぐ決意を口にできないまま、仲間と共に再び、レベルを上げる旅に出るのだった。
こういう穿ったモノの考え方が好きなひねくれものです。