【 覚醒 】
時間が動き出す。
彼女はすでにそこにはいない。
「兄ちゃん!!」
「...逃げてッ」
振り下ろされた拳を視界に捉える。
フィルターが入ったかのように世界が赤く染まっていくと、音が遠退いて静まる。
「......なんだ...これ」
攻撃の軌道が感覚的に分かる。
次の一手を選ぶ余裕がある。
静かな水中の中にいるような息苦しさを感じつつも、フル回転する思考が反射速度とリンクして、僕の世界が加速する。
けど、戦った事のない僕には選択肢がほとんど無く、何をすべきか分からない。
まずはこの攻撃を躱さないと。
『ほぉ』
必死に頭を振って躱す。
通過していく攻撃に髪が強くなびき、抑えていた恐怖心が顔を出す。
こんなの喰らったら、確実に死ぬ。
それでも___と、恐怖心を再び抑え込み、息を無理やり吸い込んだ。
次は、次は何をしたらいい?
「上出来だ」
再び時間が静止する。
彼女はまた現れると、僕の肩に肘を乗せて、同じ視点でマリオネットを見つめる。
「初めての戦闘に何をしたらいいのか分からないってところでしょ?大丈夫、そんなに難しくない」
彼女は、手が届く所にあるその隙だらけの脇腹を指差すと、ただ一言、
「思いっきり撃ち込め」
そう言って消えた。
と同時に自由になる身体は、自然と一歩を踏み出していて、僕はこの空っぽで真っ白な思考に命令する。
"全力で撃ち込め"と。
そうして、彼女の言う通りにただ信じて振り抜く。
「あ...れ...?」
当たった感触はあった。
全力で振り抜いたせいで、視線は別方向へ流れていたから視えていなかった。
正直手応えは無い。
多分掠めただけだと思う。
駄目だ、失敗してしまった___
と、思ったと同時に、全身の血の気が引いていったのがわかった。
無防備すぎる。
このままじゃマズイ。
そう思い、慌てて視線を戻すと、
『何が、起きた?』
そんな戸惑いの声とともに、真っ二つに割れたマリオネットの上半身が地面を転がっていくのが見えた。
「うおー!」
「...すごい」
驚く彼女たちと一緒に自分も驚く。
本当に倒せてしまった。
「今のうちに!」
彼女たちに声をかけ再び出口へと走る。
戸惑っている暇はない。
マリオネットなら倒せるみたいだけど、だからといってロゼを倒せるという判断にはならない。
一旦引くのが正しい。
『だから、逃さないと言っている』
だが、消失する出口。
壁が僕たちの行く場を阻み、呆れたロゼの言葉が脳に届く。
『代行とは言え、この"館"の番人を舐め過ぎだお前ら』
ロゼを見ると、そう言葉を伝えながらも、口は止めどなく動いていた。
別の誰かと話している?
ただの独り言?
「_______ 詠...唱...?」
『 エンドレス・デス・リコシェット 』
無数の魔力の弾が出現し、壁を跳弾しながら加速して向かってくる。
僕たちの所に来る頃には速すぎて点は線となりつつあったが、なんとか目では追えた。
今の僕なら避けられる。
けど、彼女たちには無理だ。
僕は彼女たちを庇うように前へ立つ。
「何してんだ兄ちゃん!」
「...私たちは気にしないで」
「嫌だ、そんな事出来ない!」
僕には視えている。
目で追えている。
ならば、全て庇いきるだけ。
『血迷ったか?』
「至って正常だよ」
そう笑って答える。
恐怖で声が震えていた。
確かに血迷っている。
正しい判断とは言えないかもしれない。
それでも、後悔はしていない。
結果僕が死んだって構わない。
彼女たちは死なせない。
『消えろ』
対峙する無数の攻撃。
覚悟を決める。
が、直撃する直前に僕は見た。
「え?」
視線を通過するソレを。
降ってきたソレを。
雨でもなく、雪でもなく、雹でもなく、霰でもなく、雷でもなく、石でもない、普通ならあり得ないソレを、
「 エターナルミーク 」
無数に降り注ぐナイフを、メイド姿の彼女とともに、僕は見た。