【 偽装隠蔽の魔術師 】
何も無い。
何も無い道をただただ進む。
聴こえてくるのは、彼女たちの楽しそうな歌声だけ。
「「みーぎみぎみー♪」」
変な歌詞だ。
ひたすら「みぎみぎ」言っている。
それなのに、一度も右に曲がらないのは何かのボケだろうか?
突っ込むべきだろうか?
と、楽しそうな二人を見ながら思う。
そのおかげか、先ほどまでの緊張や不安は薄れていた。
「着いたぞー」
紅い方がそう言ったと同時だった。
少し広い空間に出る。
天井の照明が静かに灯ると、その灯りが眩しくて目を細める。
ようやく着いたか。と、安堵していると、曖昧な視界の中、彼女たちでは無い誰かの声が聞こえてきた。
『やれやれ、また鼠が増えたか』
気怠そうに言い放つその言葉には、異様な圧迫感が込もっていて、ズシンと身体が重くなる。
視界の回復を待っていられず、手で灯りを遮り、指の隙間から覗く。
巨大な扉の前に腰掛けて、退屈そうに頬杖をつく声の主。
声質からして男だと思ったが、そこには幼い少女がいた。
「また、女の子...?」
『男だ』
口も動かさずそう断言する彼女は、不機嫌に目蓋を落とす。
いったいどこから声が聞こえてくるのだろうか?
彼女が僕等に向けて話しているのは状況的に理解出来た。
声が直接脳に伝わってくるこの感じは、テレパスというやつかもしれない。
眼が回復し、視界がひらける。
特殊な形状をした黒ずくめの礼装に手袋、男にしては少し長めの黒い髪に華奢な身体、そして綺麗な顔立ち。
確かに男だと言われればそうかと納得出来なくはないが、僕はこの違和感を拭いきれない。
本能が、細胞が、彼を、彼女を、その存在を、断固として男だと認めない。
彼女を女の子だと認識してしまう。
しかしここは、深く突っ込まずにその言葉を飲み込んだ。
まずは状況を確認する必要がある。
「彼は何者なの?」
「...彼は門番代行人」
「トイレットローズさんだ!」
「トイレット...ローズ...」
まるでトイレの紙みたいな名前だ。
彼の表情からは連想出来ない。
意味不明な理由で警戒心を解きかけたが、一拍おいて彼女は訂正する。
『エリエット=ローゼス』
「全然違うじゃん...」
『ロゼと呼べ』
愛称を指定されてしまった。
ロゼは腰掛けたまま左手を伸ばす。
何事かと構えていると、目の前に魔法陣が浮かび上がり、一体のマリオネットが召喚された。
「...マズい...!!」
「兄ちゃん逃げろ!!」