夜を待つ
「とりあえずは、ここまでだな」
「運転ありがと」
「車は移動が楽だが体を動かさねぇのが難点だな」
といって運転席からクロが降りて背伸びをすると、ぱきぱきと小気味の良い音が聞こえる。いくら座っているとはいえ長時間同じ姿勢というのはそれだけで体には毒だ。逆に私やリョーのように後部座席の空いているスペースまでなら自由に動けるという部分ではあまり疲労はない。どちらかというと暇だった分の倦怠感があった。
クレハからの連絡があってから5日たった。
ケヴィンの隠れ家を出たのは3日前。さすがに【中央】へは徒歩で行くには時間が掛かるということで途中までを車で行くこととなり、夜以外はほとんど休憩無しにクロが運転し続けて今、車で進める範囲にたどり着いたということだった。
ちなみに桐峰とは現地で落ち合うということになっているけれど、意識的に集まるというよりは機会がめぐれば途中で会えて、最終的には目的階層である5階で会えるだろうということだった。
『今回はボクのナビゲートは出来ない。さすがに下手なことをすればこちらが補足されてしまうからね』とはケヴィン談。まぁクレハがいた研究所に向かうときも途中で彼は連絡がとれなくなったわけだから今回はそれが最初から無いと考えれば別段なんともない。
「とりあえずは装備をここで整えて、夜になったら移動しましょう」
「は~い」
車に積んできた多くの荷物。武器や防具はもちろんのこと、食料や飲料水はちゃんとある。車で近づける場所まで来たというだけで視界にはまだ【中央】らしき影は見当たらない。なんでもこの場所からなら徒歩で大体4日ほどらしいのだが、この近辺を明るい時間に動いている人間はまず普通ではないそうで、移動するのは基本的に夜にまぎれてということだった。ただ夜となると現れるのは野生動物だ。ほとんどが肉食であり、これらに襲われる可能性は十分にある。昼は行動できないのに夜は夜は移動に危険が伴うという厄介なものだった。
「火は使えねぇんだよな」
「そうね。獣よけには使えるんだけど、そうするとあっちには見つかるみたいで。だから小さめのホタルイシを服に忍ばせて足元を照らすというのが限度になるわ」
「でもそれすると獣に見つかりやすくなるんだよねぇ」
「火じゃないからなのか、ホタルイシの光には寄ってくるのよね……」
夜は本当に暗い。
昔は月があり、それが夜でも輝くからこそ夜は暗いながらも周囲を見ることができるぐらいには明るかったというけれど、今はそんなものはない。何も見えない真っ暗闇を、ひたすら進むしかない。しかしそれでは危険である故に、光源となるものが必要だった。しかし、火を扱えば【中央】に見つかり、ホタルイシを使えば獣に見つかる。リスクの面では進入するまでは絶対に【中央】に見つかりたくないため、獣に襲撃されるのは受け入れるしかなかった。
「一応、ケヴィンから臭い袋っているのは借りたんだけど」
「それ、すっっっごく臭いやつなんでしょ?」
「そうねぇ」
「ボクとしてはそれ使いたくないな~」
「私も嫌よ。臭い染み付くからこの一件終わるまではずっと臭い残るらしいもの」
「うぇ~」
獣避けように臭い袋というのをケヴィンに渡されていた。使うか使わないかはキミたち次第だけど、と言っており使うには封をあけるだけ。さすればたちまち周囲に悪臭が撒き散らされて臭いに敏感な獣たちは寄ってこれなくなるというものだった。ただ、私たちは【因子保持者】だ。普通の人間に比べて身体能力はもちろんのこと五感も優れている。つまり、嗅覚が優れており多少臭いには敏感なのだ。それでこの臭い袋である。開けたくないという気持ちは非常に大きかった。
「ひとまずは使わなくていいだろ。夜の移動にどれぐらい襲われるかなんてわかんねぇし。必要になったら使うって事で持っておけば」
「……それもそうね。一応は携帯しときましょう。幸い下手な衝撃じゃ封は開かないって言ってたし」
ひとまずは保険として持っておく。うん、使うことはないといいけど。
「それで、まだ明るいけどどうする?」
「とりあえずは体を解しときましょうか。クロだってずっと運転してたから動かしたいでしょ?」
「まぁそうだな。軽く動かしたら昼寝したいぜ」
「よ~し、じゃあ組み手だやろハクちゃんクロ君!」
「はいはい、わかったから。先に荷物をまとめてからね」
その後は少し体を動かして、暗くなり始めたところで早めの夕食をとって夜を待つことにした。